「い、潔世一くん…かな」
好きな人は、と聞かれそう言えば周りからは「きゃー」とか「そうだったんだ!」とかはしゃいだ声があがる。
この年頃の女の子といえば、こういった恋バナが大好きで、みんな誰が良いとか格好いいとかそんな話題ばっかり。好きな人はいないなんて言えば場をシラけさせて波風立てるのが嫌で、とっさに主人公である彼の名前をあげた。
サッカーをしている姿が格好いいとか、何度か見かけた優しいところとか、大して話したこともないのにツラツラとあげられるのは彼の活躍を前世から知っていたからに他ならない。
潔世一は私の前世ではスポーツ漫画の主人公であり、そしていま現在のクラスメイトでもある。
なぜか漫画の世界に転生してしまった私はもう一度高校生をしている。最初は混乱もしたし、主人公がクラスメイトでビビったりもしたが、特に接触もないので所謂モブ転生なんだろう。グループの子達の好きな人ともかぶらないので安パイが彼だったというのもあるが、漫画通りならもうすぐ原作が始まって、彼は有名人。
彼に憧れる女の子なんてごまんと出来るだろうから、こう言っていてもさしたる問題も起こらないから軽い気持ちで答えたのだ。
そしてそれは予想通り、青い監獄から帰ってきた彼はモテ期に突入していた。
彼が女の子に囲まれていたり、アプローチをかけられている場面を見かけるたびにグループの子達から気遣わしげな視線を向けられることにやや悪い気もした──が、それだけだったはずなのに。
「みょうじさん、俺、君のことが好きです。つ、付き合ってください…!」
「……えっ?」
目の前で交際を申し込んでいるのは、主人公である潔くんに間違いない。
驚きのあまりしばらく固まり、おそるおそる理由を聞いてみる。
本当に私は彼と接点なんてないのだ。
クラスメイトでも日直や委員会、班行動や体育祭の種目さえ何も一緒になったことはない。
ここまで接点がないのも珍しいくらいだ。
わたしの疑問に潔くんは申し訳なさそうに打ち明ける。
「実は前に俺の事が好きだって言ってたの聞いちゃって……」
「……え!?」
「ご、ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだけど、偶々…!!」
わたわたと手を振る彼の顔は真っ赤になっていて、視線をさまよわせながらも精一杯気持ちを伝えてくる。
「それを聞いてからずっと気になってて…。目で追ううちに…いつの間にか俺も好きになってて。単純だって思われるかもだけど、ほ、本当に好きだから!」
俺と付き合ってください、ともう一度告げる潔くんは小さく頭を下げて私の返事を待っている。
そのとても真摯な姿に罪悪感が沸き上がるが、私は潔くんがそういう意味で好きではないし、とてもではないが私では役不足だ。
「ご、ごめんなさい…」
「えっ、どうしてっ…?」
途端に顔を上げ、泣きそうに顔を歪めた潔くんに、慌ててフォローを入れる。
ここで馬鹿正直に答えたら傷つけるだけなので、主人公でもある彼とは穏便に関わらないでいきたい。
「ほ、ほら! この前のブルーロックだって大活躍してたから。わ、わたしじゃ、潔くんには釣り合わないと思うし、大事な時期に彼女とか邪魔かなって…ね?」
「そんなことない! 俺、いつもみょうじさんが応援してくれてるって思ってたら、すごく頑張れたから。だからっ…」
………どうしよう、このままでは流されて主人公との交際がはじまってしまう。わたしにスポーツ漫画のヒロインは無理である。
「いや、でも、周りの子も認めないと思うし、私は平凡だし、潔くんは注目選手で……えっと、だから」
ぐるぐると上手い言い訳を考えるが、しどろもどろで良い感じに切り抜ける言葉が見つからない。
潔くんはそんな私をじっと見つめてくるだけで何も言わないが、私が言葉を重ねるたびに、何故かだんだんと真顔になっていく。
それに伴って空気が重くなっていき、耐えきれず小さく謝ってその場を逃げ去ろうとした私の腕がグッと信じられないくらい強い力で引き戻された。
「……関係ないだろ」
唸るような低い声が鼓膜に響く。
振り向けば、驚くほど近くに迫る顔に仰け反ろうとしても、すぐさま両手で頬を包まれた。
「なまえは俺のことが好きなんだから、俺以外の意見なんて聞くな」
鼻先が触れそうなほど近寄せられた潔くんの瞳に息を呑む。
ギラギラとした瞳は逃がさないという意思をはっきりと伝えていた。
「ずっと俺だけを見てろ」
固まって動けない私の唇に、少しかさついた潔君の親指がふれる。
それにビクリと震えた私を嗤って、そうして、まるで言い聞かせるように何度も下唇がなぞられる。
「だから早く、その口で俺に好きって言って」
その言葉以外は許さないというように囁く。
高まる熱と背筋が震える感覚に、ぎゅっと目をつぶる。
「ほら、早く」
私が口を開くより先に、その熱がすべてを奪うように重なった。
口は禍いのもと