※ストーリーに関わるネタバレがございますのでご注意ください。
いつもジッとこちらを見つめてくる人がいた。
ジーン・オータス。
その名を聞いたのはその視線に気付いてから実に数ヶ月後の事だった。
気がつくと向けられている、その強い視線はどう考えても気のせいの部類には入らなくて耐えきれず、たまたまムギマギで居合わせた時に思い切って聞いたのだ。
「ごめん。じろじろと不躾だったよね。なんというか……えっと妹、みたいで危なっかしくて見ていたというか……本当にごめん」
恥ずかしそうに謝罪した彼の頬は赤く色づいて、私の方が恥ずかしくなってしまった。
勘違い、してしまったから。
ACCA局員の制服に身をつつんだ彼が怪しい人だなんて微塵も思っていなかった。むしろ異国人に見える私の方が怪しまれているのかと思ったのだ。実際、私はこの国どころかこの世界の人間でもないのだから。職質とか連行されてしまうのではないかとビクビクしていたので、あからさまにほっとした。その様子に私を気遣ったジーンさんがまた謝って「私の方こそ…」と謝罪合戦がはじまり、そこから彼と知り合った。
それからも時折会う彼とするのは本当に他愛ない話ばかりで、だけど私はその時間が密かに好きになっていた。といっても未だ知り合い以上、友達未満みたいな感じだれど。
その日も通りで会った際に挨拶しようとしたが、通り過ぎる人にぶつかりそうになり彼に手を引かれた。その勢いで私が軽く抱きついたような体勢になってしまいすぐに離れたが、その時ふと思ったことをそのまま口にしたのだ。
「ジーンさんの制服、全然タバコ臭くないですね」
「……えっと?」
「ほら、普通タバコ吸われる方って服に匂いが染みついているじゃないですか」
「あぁ、ロッタが毎日消臭剤をかけるよう口をすっぱくするから。最近は特に」
「本当にしっかりされてますよね、ロッタちゃん」
度々、話を聞く限りでは私とは全然似てなさそうだ。どこを見てジーンさんは私と似てるなんて思ったんだろう、とちょっとした疑問だ。
「それは俺がなまえの事をロッタに……。いやそれよりさ、なんでそんな事分かったの?」
「えっ?」
「タバコを吸うやつの普通なんて知り合いでもいなきゃ分かんないよね。……いるの? タバコの匂いが服に染み付いてるような知り合い」
追求するような口調にドキリとする。ACCAの中でも監察課に所属する彼はこういう時、妙な迫力が出る。下手な嘘はつかない方がいいだろうと素直に肯定した。
「ふーん、タバコ吸ってる知り合いがいたんだ。しかも服の匂いがわかる距離に入るぐらい親しいやつ」
知り合いというより、元の世界で朝の満員電車にでも乗ればよくある事だ。タバコ以外にもきつい香水とか。思えばこの国ではタバコは超高額課税品なので普通なら富裕層でもないと吸えない。この世界の電車で臭う事なんて皆無なので、常識ではなかったのだろう。
はたと気付いて「まあ、ちょっと」と曖昧に濁す。へぇ、と気のなさそうな返事をした彼に誤魔化すように話題を変えようとした。
「それよりムギマギでまた新作の味が…「ねぇ、なまえ」」
ジーンさんが強引に私の言葉を遮った。彼はそんな事を滅多にしない、というより初めてだ。私は少し驚きながら彼の言葉を待った。
けれど、彼は眉根を寄せたまま沈黙している。
怒っているようにも、困っているようにも、戸惑っているようにも見えて、少し不安になる。そしてようやく、口を開いた彼が一言。
「今度、一緒に出かけよう」
予想外の台詞にきょとん、としてしまう。
なんでこの流れで急に…と首を傾げながらも了承すると、彼は嬉しそうに笑った。
それにどこかほっとしながらも、まただ、と思った。
また、彼が私を強く見つめる。
視線に力があるなら、射貫くように。はたまた熱があるような。とろけるような甘さを伴って。
私は彼にとって妹に似ているような存在でしかないのに。
締め付けるような想いにふたをして、私も笑った。
―― きっとまた勘違いだから。
※※※
俺は臆病だ。
自分の認識よりもそうだった事はなまえと出会ってから自覚した。
好きなのに自分から話しかけられもしなかった。積もる想いは燻るばかりで、行動に移せずただ見つめ続けた。
それがとうとう彼女に知られてムギマギで直接理由を問われた。
その時の俺は話しかけられた事に舞い上がるような嬉しさと、彼女に悪い印象を与えないようにする焦りで、つい妹みたいだなんて出任せを言ってしまった。ロッタとなまえは全然似てないのに。
けれど、彼女はその答えに納得したみたいで、ひっそり安堵した。
思えばニーノみたいに悟られずなんて器用な真似もできないのに、ずっと見てるって完全に不審者だよな。それをアイツに言ったら「そりゃそうだろ」と笑われてしまった。
―― だって余裕なんて、なかったんだ。
いや、今だってない。
彼女の周りに男っ気がなかったから油断していたけど、彼女には抱きしめられる距離に入ることを許す相手がいたんだ。しかもタバコを吸うやつ。
瞬間沸き上がった、どす黒くとぐろを巻くような感情にらしくもなくイライラした。こんな感情、モーヴ本部長とグロッシュラー長官を見ても感じたことはなかった。でもその怒りにも似た感情を彼女に向けるのはお門違いで、だからこそ彼女を誘うきっかけになったのだが、複雑な心境だ。後からニーノに話してみれば「嫉妬でもしないと誘えないとかどれだけ奥手なんだよ」とまた呆れられた。
自分だって、そう思う。
どうやら彼女が関わってくると俺は自分で考えるよりも、気にするらしい。自分の生まれ、彼女の反応、そして取り巻くしがらみを。
何よりこの臆病な想いを受け入れてもらえるだろうか、なまえにも、周りにも。
「ほんと、どうすればいいんだろうな」
でも、もし彼女と想いが通じ合ったなら。
きっと何があっても放さない。王族の血が流れているって事を秘密にしてでも。周りに反対されても結婚する。
甘い想像に、ジーンは少し自嘲気味に笑った。
きっと、俺は彼女が完全に逃げられなくなる確証がないと、言えないだろう。
彼女に関して極端に臆病になる自分には。
臆病な僕らの恋模様