※新宿のアサシンについて真名などのネタバレがございますので、ご注意ください。
「はははっ、あいつらってほんと面白いよな〜」
ケラケラと楽しそうに笑うアサシン。
最近、カルデアに加わった彼は朗らかで気の良い兄貴分といった人だった。
新宿幻霊事件では一悶着あった所為で召喚の際には藤丸君モンペ勢から多大な警戒をされていた彼だが、気さくで明るい上に人の輪に入るのも場を盛り上げるのも上手く、来てすぐに周りと馴染んだ。
その気軽さゆえにサンタオルタと初合わせの時には「そのサンタの恰好って罰ゲームか?」と悪意なく云ってのけ、カルデア内で聖剣がきらめくことになってしまったのが。
事態を収束させるのに駆り出されたことを思い出して、ふぅと溜息をついていると、アサシンがじーっとこちらを見つめていた。
「えっと、……どうか、した?」
「んー? ただ可愛いなァって」
彼の傾げた首に伴って、墨を流したような漆黒の髪がさらりと揺れた。
足を組んで椅子の背に頬杖をつく彼はお世辞にも行儀が良いとは云えないのにそれすらサマになっていて格好良い。
思えばそんな人に初対面時、口説かれていたのだ。
だが、すぐに誰かが茶々を入れて、彼も「いや〜悪いな。可愛かったからついつい」と軽口を叩き、それ以降そんな素振りもなかった。その行動もあって藤丸君を愛する者による藤丸君を愛する者の為の審議では安全パイと見做された。だから場を和ませる完全な冗談、だときっと誰しも思ったはずだ。
何故かわたしは初めて目が合った瞬間の、砂糖をどろりと溶かしたような眼差しがしばらく頭にこびりついていたけれど、それもその後の彼の朗らかな人柄に払拭されていた。
「もう、またそんな冗談云って。……もしかしてオルタと喧嘩でもして仲裁してほしいの?」
「そんなわけないだろ〜。本音だぜ、俺の」
細まる翡翠の瞳はどきりとする艶がある。
意図せず高鳴る胸を誤魔化すように話題を変える。
「それより資料整理手伝ってくれてありがとう。本当に助かった」
魔術協会から視察が来るのでスタッフはみんな忙しい。
追いつかない雑事の作業を頼まれて、資料室に来たものの、その量に途方に暮れていた。
こういう時に限ってマーリンは藤丸君と長期間のレイシフトに行っているのだ。
出掛ける時も出掛ける時でどこかのアーチャーの真似をして「寂しいだろうマイガール! いってらっしゃいのチューをしてくれないかい?」と云って隣のアルトリアオルタに剣の柄で殴られていた。本当にぶれない男である。
たまたま通りかかったアサシンが声を掛けてくれたおかげで、作業もあらかた片付き、今は資料室の一角にあるテーブルでお茶をしていたのだ。
「構わねえよ。さて、作業もあと少しだし、ぱぱっと終わらせちまおうぜ」
そう云って立ち上がったアサシンと作業が残る資料室の奥に向かった。
この資料室からしか入れない小さな奥の部屋はあまり使われていないせいで少し埃っぽい。改めて中に入ると、それが目立ち、掃除もした方がいいかもしれない、と考えているとアサシンが唐突に云った。
「ところでさ、ふたりっきりになるよう謀るの苦労したぜえ」
何の含みもないような、にこぉとした顔が告げる。
意味がわからず問いかける前にはすでに背中は壁だった。追い詰められたと気づくのには遅すぎた。もっとも、すぐに気づいたとしてもこの狭い部屋で彼からは逃げられないだろうが。
またからかっているのかとアサシンを見上げれば、ゾゾゾと背筋が震えた。
薄く細められた瞳と弧を描くだけの口元。
「本当、すげー大変だった。あの胡散臭い魔術師は見張るみてえにいるしよ」
なまえも最初俺を避けてただろぉ〜、と責めるような言葉を否定すればどうでも良さそうに「ふぅん」と相槌を打つ。壁についていた手を私の髪へと伸ばし、指先でくるくると器用に絡めとり手遊びをはじめた。わざとらしく耳元に近い位置でされるそれにぞわぞわして落ち着かない。
「アサシン、やめ……」
止める為に彼の手首をそっと掴もうとすると待ってましたとばかりに逆に手を取られ、頭上で壁に縫い付けられるように押さえられる。
ぱらりと彼の長い髪が顔にかかり、さらに囲うように私の視界を狭める。彼の顔しか見えない暗がりで細まる瞳だけが浮き上がったように私を捕らえた。
「まあ、いいか! 逃げられないもんな、今は」
愉しそうな目。猫が逃げられない獲物を嬲るような愉悦を孕んでいた。
「誤解がないよう云っておくけどさ、初めて会った時に口説いたのはなまえに近づくために冗談にみせただけで、本気だ」
彼のカタチのいい唇からこぼれる吐息は灼けるほど熱く感じるのに、芯から冷えるような心地がして固まる。ぶるりと震えた身体から絞り出すように「っはなし、て」と消え入りそうな声を出せば、アサシンは愛おしむように笑んだ。
「誰がいい?」
「……えっ?」
「誰にだって化けてやるよ。委細教えてもらえればアンタの元の世界の、家族でも友人でも、好きな奴の誰にだってなれるぜ」
そうすりゃ俺からは逃げようとしないだろ、と明るく笑った彼がひどく歪に思えて、急に胸が締め付けられるように悲しかった。
なんと云ったらいいのか考えられなくて、「どうして……」とだけ呟いた。
「此処、外はマスターの世界とそんな変わんないんだろ?
だったら此処から抜け出して、化けた俺と二人で暮らせばアンタは元の日常に戻れる。そう、思い込むことだって出来る」
―― 酷い、言葉だ。
踏み躙られたような痛みと怒り、悲しみが綯い交ぜになってぼろりと涙が噴き出した。ごちゃごちゃになって、何を言葉にすればいいのか分からない。けれど、これだけは云わなくてはと嗚咽を呑み込んだ。
「…っ誰も、このカルデアにいる誰のことも、きらってなんか、いない!」
「でも苦しそうだ。なまえはいつでも。あの魔術師にだって怯えてるだろ」
宥めるような優しい声が響く。
「なまえを見てて思ったんだ。
アンタが一番幸せそうなのは元の世界の話をしてる時だってな。
それって、このカルデアにいる誰も嫌ってなくても特別に好きな奴もいないんだろ」
沈黙を、してしまった。
虚を突かれた衝撃と、咄嗟に反論できなかった自己嫌悪。
一気に罪悪感が責め立てて溢れる涙が、自分の不義を隠すようで、ひどく汚らわしく感じる。ここで謝ればさらに認めてしまうようで、謝ることもできずに泣き止もうと必死で感情を抑えつけようとした。
「だから俺はなまえに特別に好かれたい。
その為なら誰にだってなってやるし、何処にだっていってやるから」
俯いたわたしの頬を両手で包むように掬い上げて、慈しむように親指の腹で涙をはらう。先程までの酷薄さが嘘のように優しくあやすような仕草。
「ただ……笑ってほしいんだ。誰でもなく、俺にだけ。それが“俺”じゃなくても」
ねっとりとした、悪魔のような囁き。
異常と矛盾を煮詰めたような言葉。それをまるで唯一の救いのように投げかける。
「なまえが好きなモノ全部になる。その代わりなまえの好きは全部俺のものだ」
悪くない話だよな、と肯定を求める彼の屈託のない笑み。
混乱した頭でも、そこには救いがないことだけはよくわかった。
無垢で残酷な子供のような純真さを捧げる彼に、首を振る。
目を見開いて驚いた彼を見て、どうしようもない寂しさと切なさを感じた。きっと、どんなに云い募っても、この人はこの胸に降り積もった感情の一欠片も認めてくれはしないだろう。
「アサシンは好きじゃなくても、燕青のことは好きだよ」
これだってわたしの本音なのに、彼は一等悲しそうな顔をして、それでも幸せそうに笑うのだ。
恋と呼ぶには救いがない
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