「お前、莫迦だよな。本当に莫迦。
苦しかったら、苦しいっていえばよかったんだ。無理して向き合って傷ついて、あげくあんな夢魔に捕まって人生棒に振るなんてどうかしてるぜ。
人間じゃないものに心を寄せても未来(さき)は……、いやオレが云うことでもないか」


きっと彼女の云うことはとても正しい。


「本気で逃げ出したいなら、連れてってやるよ。でも、お前はあの夢魔を振り切れないんだろ、お人好し。嫌いじゃないけどな。そういう莫迦」

彼女の声は冷たくても、云っていることはとても優しいのだ。誰も触れようとはしないところに切りこんでくる優しさ。

その刃のような正しさと優しさに甘えられはしないけど、とても嬉しくて、私は精一杯、笑いかえしたのだ。


「やっぱり莫迦なのかな」

人外というモノは私の知る限り元の世界には存在していなかった。だから、彼女や周りの云うことは実感としてよく分からない。人間として接することができるのに、相手が人間ではないという感覚。同じ時間の流れを共にできない事実。

だから私は踏み入ってしまったのかもしれない。
愚者は他人ではなく自分の経験のみから学ぶというが、まさしくそれだ。痛い目見ないと分からない。

だから、この痛みは私が愚者ゆえの痛みなのだろう。




※※※


「おかえりなさい」

「ただいま、なまえ。やっぱりいいね、こういうの。新婚みたいだ」

「あの、それより後ろ……」

「「「………………………」」」

サポートとして藤丸君のレイシフトに同行したマーリンを迎えると藤丸君をはじめとした本日のレイシフトメンバーから突き刺さるような視線をいただく。

疲れたような、恨みがましいような、呆れたような視線。
それだけでマーリンが何かやらかしてきたのだと容易に想像がついた。しかし、マーリンだけでなく、わたしにも向けられるとはこれいかに。困惑の目を藤丸君に向けると、彼は苦笑を溢す。


「あー……、マーリンが今日のレイシフトでなまえさんの話ばかりするもので、」

「物凄く、うざいよな」

「果てしなくうざいわ」

「……そういうことです」

藤丸君の説明に、式、ジャンヌオルタから流れるように不満があがる。なまえは口元を引き攣らせながらマーリンに視線を移すと彼は悪びれもせずに軽やかに笑った。


「可愛いお嫁さんを自慢したいのは当然だろう。それに王の話ばかりじゃ飽きると思って」

「マーリンは変な方向に気遣うの、やめような? 空気、読んでくれ。頼むから」

疲れたような藤丸のツッコミになまえは頭を抱えた。彼にここまで云わせるなんて相当だったのだろう。自分が悪いわけではないのに罪悪感を感じたなまえは「ご迷惑をお掛けしました」と頭を下げた。


「なんでアンタが謝るのよ。本当に夫婦に見えるからやめなさい」

はあっと溜息を吐きながら謝罪を制したジャンヌオルタの後ろで、藤丸は「ああ、ダメダメな亭主に振り回される奥さんか。不憫だね」とマーリンに淡々と辛辣な言葉を浴びせている。毒を向けられた元凶は愉快そうにあははっと笑うばかりで、気にも留めていないが。


「フン。悪いと思うなら今度はソイツ抜きでなまえとはレイシフトしてあげます。連れまわしますから覚悟なさい」

「そんなこと云って、オルタちゃんはなまえさんのこと好きだよな。マーリンの話にもいちいちツッコんだり、なまえが迷惑してるからやめなさいよ!って怒ってたしさ」

藤丸の揶揄に顔をかぁっと赤くしたジャンヌオルタは「そんなわけないでしょう!」とずんずんとその場から出ていく。それを小走りで追いかけていったなまえが何か云ったのか、オルタの怒声が離れたこちらまで響いてきた。

やっぱり、と笑った藤丸は式とマーリンに解散の旨を告げて一人でレイシフトの報告に向かう。藤丸の姿が見えなくなると、その場に残った二人の間には奇妙な緊迫感が漂いはじめた。


「ボクの奥さんは人気者だなぁ」

「……………」

「この後はなまえとのんびりする予定だったのに残念だ」

「……ソレ、いい加減やめろよ。ついでに云ってやると、オルタになまえと別れろって詰られた時にそのお粗末な仮面が剥がれかかってたぜ?」

ピンッと一気に張り詰める空気。
冷めた目をおくる式を、マーリンは穏やかな微笑みで「なんのことかな?」と受け流す。


「なまえを人間のフリして惑わせるのはやめろってことだ。
ああいう言葉をちりばめていくのは性質が悪いぜ。お前はなまえに選ばせているようで選ばせていない。何をしてでも連れていくつもりのくせして、自由があるように見せかけるなんて陳腐な詐欺だ」

「そうかな? 分別のない子供じゃないんだから最終的に決めるのは彼女だ。ボクはちゃんと人間らしい手法で彼女を口説いているつもりだよ。
ほら、恋と戦争は、ってね」


にんまり微笑む魔性の笑顔。
いつも貼り付けてる優しげな笑顔よりも余程“らしい”。

嘲るように式は吐き捨てる。


「真綿で首を絞めるなんて随分良いご趣味だな。アイツに自分を選んでほしい、なんて可愛い思考してないだろ」

「おや、私は夢見がちだと思うよ。もし、そうだと云ったら?」

「冗談きついぜ。本当なら余計酷い。中身までお花畑なんだな。
人間として忠告してやる。
それはお前が選ばせただけでなまえが選んだわけじゃない。答えを出すのも選ぶのもなまえだから、他人が云えた義理じゃないが、お前が“人間らしい”というなら、人間らしくなまえ自身の心配はしないのかよ。
アイツを想うなら放してやるものだぜ? 人間の、心があるならな」

「……それこそお門違いだ。ボクは夢魔だよ」

「………………」

ふらりと式は一歩踏み出した。そして得心がいったように呟く。

「ああ、お前は、そうなんだな」

式の手が上着のポケットに入る。


「お前は根っから、……酷いな。吐き気がする」

彼女の得物があるその位置を確かめるようにマーリンは目を動かした。間合いを測るように、ゆっくりと。


「その眼で私を殺すかい? なまえとキミは友達だろう、人間らしくね」


マーリンを見上げる瑠璃の瞳がすうっと細まる。それでも笑顔を崩さない男に、式は舌打ちをした。


「なまえが悲しむだろ、お前みたいなのでも。アイツそういう奴だ」

式の目が暗く沈む。それが纏う感情に、マーリンは僅かに驚きを示した。その隙はおそらく式がナイフで刺すのに十分な程。

「キミは、……意外と人間らしいね。いや、ごめん。キミ自身は人間だから当たり前か。いいなぁ、私はなまえに怖がられてしまうコトが多いからね」

「自業自得だろ。甘えるなよ、気色悪い」

無駄話には付き合う気はないと立ち去ろうとする式に「ねえ」と一声掛かる。ちらりとだけ視線をよこした式にマーリンはまだ笑みを保っていた。


「もしかしてボクに嫉妬してる?」
「いってろ、色ボケ。お前、きっと痛い目見るぜ」


彼女の赤いジャンパーがひるがえり、廊下へと消えていく。
それを見届けると一人になったマーリンはふぅっと溜息をついた。


「……過ちを繰り返すのも“人間らしい”のかな。ほんと、ボクの花嫁は可愛くて困りものだ」

やれやれと花の魔術師は肩を竦めた。
だが、その人の良さそうな姿も一瞬のこと。


「やっぱり油断ならないよねぇ。此処にいると」

一度閉じた目がゆっくりと開かれると
そこには夕闇のような妖しさが爛々と輝いていた。




※※※



本当なら、と式は考える。
本当なら式はあの男に何か云うつもりはなかったのだ。
だけど。だけど、あの日のなまえがちらついて、いつの間にか口から言葉が出ていた。

なまえは不思議だ。アイツとは違う不可解さ。
一緒に居て嫌じゃない。だからお節介をしてしまった。

「本気で逃げ出したいなら、連れてってやるよ。でも、お前はあの夢魔を振り切れないんだろ、お人好し。嫌いじゃないけどな。そういう莫迦」


決して冗談ではなかった。
そしてなにより。なにより傷つけるつもりなんて、これっぽっちもなかったんだ。


 “やっぱり莫迦なのかな”

(泣きそうな顔で云うなよ、莫迦……)

口から出た言葉は取り消せない。
ちらつくなまえの幻影に式は心の中で悪態を吐いた。




その価値には正しさも言葉もいらない

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