※オリオン関連のネタバレがございます。
『プリザーブドフラワーは剥製と一緒よ。云うなら花の死骸ね』
―― こんなに綺麗なのに?
『でも生命として生きてはいないの。“永遠に美しく”なんて傲慢な追及したせいで』
―― 永遠に、このままなの?
『いいえ、それでもいつかは枯れていくの。まあ、数日の生命が10年に延びたように“見える”なんて花としたら永遠と同義なのかしら?』
もう、誰が云ったかは覚えていない。元の世界の誰か。
幼い頃に聞いたその言葉の所為で、わたしはプリザーブドフラワーが少し苦手だった。
忘れていたのにその事を今になって思い出してしまった。
※※※
「おうおう、なまえ。こんなとこでどうした? まーた旦那絡みで何かあったのか?」
「……旦那じゃありません。オリオンこそ、またアルテミスから逃げてるの?」
黙っていれば可愛いクマのマスコット。もといオリオンはたびたびアルテミスと、……良く言えば追いかけっこをしている。それでもラブラブカップルと云えなくもないふたりは人の色恋に首を突っ込むのがお好きだ。特にアルテミス。どれぐらいかというと、マーリンに迫られていてわたしが明らかに困っているのに「きゃ〜、そのままキスしちゃうのかしら。いっちゃえ、いっちゃえ!」「こんなところで大胆だな〜」とか云って助けもしないで煽るのだ。戦闘中にも関わらず。もうどこのスイーツ()というくらい。そういう時は正直もう黙ってくれないか、このバカップル、ととみに思う。
マーリンが来てからというもの、オリオン達とは溜息のでるような思い出しかない。前はふたりの喧嘩を取り成したりもしたのに酷いものである。
疲れたように眉を顰めると、オリオンは勘違いしたのか察したのか労いの言葉を掛けた。
「まーどちらにしろ、神やら人外は理不尽が多いしな。お互いそんなのをパートナーに持ってるからな〜。苦労は絶えねえだろうが、慣れだ慣れ」
ぽんぽん、とその小さな手で肩を叩かれる。ぬいぐるみに慰められているようでなんだか悲しい。
「でもおまえさんはまだマシな方だと思うぜ。ほら、神話的に惚れられるのって大抵、………あれな結末だからな?」
植物とか星座に変えられないだけマシと暗喩されてもなまえとしたら比較が比較だ。笑えない。不憫だからと植物に変えられるぐらいならいっそ殺してほしいと人間的思考で思う。
「諦めろ、とまで言うのは酷だが覚悟はしとけ」
プリティーな外見のクマに世知辛い現実を突きつけられて、なまえはがっくりと落ち込んだ。そこにスッとオリオンから「食うか…?」と棒型の駄菓子が差し出され、なまえは無言で受け取った。思考が働いていない証拠である。
「そういえば、アルテミスの逸話で神の求婚に困った女性をチューリップに変えたとかありましたよね」
「………まさかおまえさん、そこまで追い詰められてんのか? しかも花になるとか、あの魔術師相手にはやめといた方がいいと思うぞ。なんつーか、……逆に逃げられなくね?」
「違うから! そんな……、花の死骸みたいにはなりたくないよ」
「んん? なんじゃそりゃ?」
最後の方に暗い声で呟かれた言葉にオリオンは眉を寄せたが、なまえは「何でもない」と首を振る。
「いや、アルテミスってやけにマーリンとのこと押してくるというか、……処女神じゃありませんでした?」
「ああ、そういう。………う〜ん、アイツもなあ、おまえさんのコト気に入っている証拠というか。まあ、大目に見てくれや」
なまえが言葉を返す前に、底抜けに明るい声が響く。
「ダーリン見つけた!」
「げぇ!?」
声の主を見たオリオンが潰れたような悲鳴をあげる。
「もう〜こんなところにいたの。……あっ、なまえも一緒だったのね」
「いっておくが、なまえをナンパなんてしてねえからな。話してただけだ」
女性と話しているオリオンは大抵ナンパをしているので、その都度アルテミスの愛ある制裁がある。先手で弁解をしたオリオンだが、アルテミスはニコニコと「もちろん、そんなの分かってるわよ〜」と予想外に機嫌が良い。その様子にオリオンとふたりで首を傾げる。
「なまえはママ友だもの! 近所付き合いって大事よね〜。私もマーリンには相談に乗ってもらっているしお相子よ。夢でもダーリンを捕まえる方法とか!」
「ちょっと待てーっ! いま何か聞き捨てならない相談事をされてませんでした!?」
「わたしはとんでもない単語が聞こえた気がする」
隣でぶるぶるとマナーモードになるオリオン。彼にも強く生きてもらいたい。もうすでにチョコにされたり雑巾絞りされたりしても生きているので無駄な心配だろうが。
そしてわたしは誰の妻にもママにもなった覚えはない。
「うふふー、なまえもハネムーンに行ってきたらいいんじゃないかしら? そうそう、今度ダーリンとね、金婚式を……」
「…………そのダーリンさん逃げてますよ。ちなみに廊下は右に曲がりました」
えぇっ、と声をあげてアルテミスが振り返る。向こうで「裏切り者ーっ!」と聞こえた気がするが気のせいだろう。「もうダーリン!」と追いかけていくアルテミスを見送って、逆方向へとなまえは歩き始めようとする。けれど、
「愛しているのに、永遠に一緒にいたいだけなのに、どうしてわかってくれないの」
寂しそうなアルテミスの呟きをなまえの耳が拾った。
途端に、息が詰まる。
―― だって、その言葉は
※※※
「やあなまえ。そんなところでどうし……」
なまえに声を掛けたマーリンはいつもと違う彼女の様子にすぐに気がついた。
よくよく見れば、なまえがしている表情はマーリンが見慣れたものだった。
自分が非人間的な部分を見せてしまった時の表情。
オリオン達といたのは知っていたが、余計な事をいう輩はいなかったはず、とマーリンが思考を巡らせているとなまえがポツリと呟いた。
「マーリンはわたしが、……もしも永遠に一緒にいたいって云ったらどうする?」
「……? そんなの当たり前だろう?
いや、勿論そうやって言葉にしてくれるのはとても嬉しい。ボクがキミと愛を語る永遠を厭ったりするわけないじゃないか」
マーリンは一瞬だけ、彼女らしくないと思いながらも正直に答える。
思えば、こういった事を彼女から云い出すのは初めてだ。マーリンにとっては嬉しい心境の変化に知らず笑みが浮かんだ。
―― 嗚呼、よく見れば不安気にも見える表情だ。
不安。彼女は不安に思ったのだろうか?
あのギリシアカップルを見て。神話で引き離されてしまったふたりを見て、不安になったのかもしれない。
ふわりと心が温まるような心地にマーリンは浮足立った。
はやる気持ちを抑えて、殊更やわらかに囁く。
「人間として死んでも一緒にいる方法なんていくらでもある。結論的に云えば、……まあ、人間じゃなくなるのが一番いいんだけどね」
“まだ”人間の彼女を、壊れやすい硝子細工に触れるように優しく抱き締める。
小さく震える彼女は本当に脆そうだから心配だ。
「というより、アヴァロンで私達を引き離せるモノなんていないさ。邪魔なモノなんて、何一つない」
安心できる事実を告げても、その震えは収まらない。
そして“今回も”抱き締め返されないことに少しだけ落胆する。それでもマーリンの頬は徐々に緩んできた。
「ずっと、ずっと一緒だ。なまえと私は永遠にアヴァロンにいるんだよ」
彼女から“永遠”を口にしてくれた。
ならきっと、彼女が自分を抱き締め返してくれる日は近いだろう。
いつかくる未来を見つめるように目を細めると、マーリンは幸せそうに、うっそりと微笑んだ。
時を止めた花の死骸
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