「ああ、なまえ!ようやく喚んでくれたんだね。
私はマーリン。花の魔術師だ。といってもキミに自己紹介は不要かな」

花を飛ばしながら、召喚サークルから即座に出てわたしの手を握る男に違和感を覚える。
はて、藤丸君のレイシフトで一方的に知っているが、彼と話したことがあっただろうか。
にこにこと笑うマーリンに首を傾げていると後ろから無言でかちゃり、と金属音が響く。聞きなれた音に振り向けば、サンタオルタがプレゼント袋を置いて剣の切っ先をこちらに向けていた。


「下がれ、なまえ。今すぐその男から離れろ。大丈夫だ、次がある。悲しいが、こんな事故も偶には起こるだろう。
安心しろ、私はお前がまともな英霊を引き当てるまで付き合うつもりだ」

「おやまぁ、酷い言い草だ。魔術王との最終決戦が近い今、戦力は多いに越したことはないはずだよ。
それに私以上に頼りになるキャスターがいるとは思えないがね。
ほら、キミと一緒に旅をしていた頃だっていろいろ手助けしてあげただろう?」

無言で目を細めるオルタから不穏な気配がする。なんか、こう積年の恨みとか詰まっていそうな視線だ。慌ててオルタに近づいてエクスカリバーがきらめきそうになるのを制止する。


「ま、待って、オルタ。召喚符は残り少ないし、これ以上藤丸君に負担をかけるわけにはいかないよ」

「そうそう、それに私は彼女唯一のサーヴァントになったんだ。
彼女の護衛は私に任せてキミは藤丸君の元へいくといい」

決戦が近いのもあって、カルデア内でも念のためマスター代理であるわたしにも護衛がつけられていた。サンタオルタのアルトリアとは個人的にも仲が良いので、最近はもっぱら彼女と一緒にいる。


「マーリン、貴様の女癖の悪さを知っていて二人きりになどさせるものか。
見どころのあるパティシ…、いやなまえを毒牙にかけさせはしない」

「お、オルタ…」

マーリンから背に庇うように前に立ったオルタは頼もしく、その裏のない言葉と行動に下手な男性よりトキメキを感じてしまう。……パティシエと言いかけたとか、菓子を作る度に差し入れをしていた餌付けの結果とか思っちゃいけない。


「はっはっはっ、何を云っているんだい? 私ほど一途な男はこのカルデアにいないさ」

「ついに色ボケが頭に回ったか。自分が何故アヴァロンにいるのかさえ忘れるような男になまえが守れるとは思えん」

イラついてきたのか、オルタの言葉の棘が鋭くなってきている。剣を握る手にさらに力が入ってきているのが見えて、とりなそうと口を開く。


「え、えーっと、オルタ。悪いんだけど、藤丸君たちを呼びに行ってきてくれないかな? 
大丈夫。そんな短時間に何かされるとは思えないし、一応これからわたしのサーヴァントになってくれるかもしれないから、先に二人きりで話しておきたいし、ね?」

「…………………、仕方ない。だが、油断はするな。何かあったらすぐに叫べ。
あとその男の半径5メートル以内には近づかない方が身のためだ」

長い無言の後、そう言い残してオルタは足早に去っていく。あの様子だと5分もしないうちに戻ってくるだろう。「やれやれ、しょうがない子だなぁ」と呟く白いお兄さんを振り返る。わたしの視線に気づくと、またにこりと微笑んだ。


「ま、マーリンさん、でしたよね…?」

「なあに? なまえ、いつもみたくマーリンって呼び捨てでいいよ」

「…………い、いつも?」

ヤバイ。この人、電波系だったのか。古今東西の変人が集まるカルデアでも初対面から電波をかっとばすのは流石に、……そこまでいないぞ。それか、やっぱりオルタのいうように色ボケがひどいのか。ダビデがオルタにアビシャグ疑惑をかけたのと同じかもしれない。


「ふふふっ、ごめんごめん。目覚めた君に記憶はないんだったか。
ボクはすっかりキミの伴侶のつもりでいたから。でも問題ないよね。実際そうなるんだし」

うん、うん、と頷いて一人で納得しているような彼に困惑を隠せない。


「さあ、早くキミとボクのマイルームに行こうか!あの娘、こういうコトには特にうるさいから。既成事実があれば、つっかかられても逆にからかえそうだしね!」

ごめん、オルタ。大丈夫じゃなかったから早く戻ってきて。

今さらながら自分の事を勝手に「我の嫁!」とか言ってくる人がいかに迷惑か、心で理解した。見た目だけならお似合いだとか密かに思っていたこと、全力で謝るよ。
こちらが思考をとばしている間にオルタによって取られていた距離を詰められていた。近くに迫ってくる雪白の顔に、遅れて危機感が募る。

「あの、ちょっと離れていただけませんか……?
初対面の方とこういった距離でお話するのは不適切といいますか、男女七歳にして席を同じうせずとも言いますし」

この場合、意味が違うがとにかく離れたかったので適当な事を口にする。
明らかに困った顔をしているわたしに、マーリンは気にした様子もなくさらに距離を詰めてくる。


「つれないねぇ。でも身持ちが固いのは良いコトだ。
何度ボクがカルデアでキミにベタベタしてくる連中に嫌がらせの悪夢をおくったか……。
キミと違って可愛く怖がりもしないから、あまり面白くもないし余計に腹が立ったよ」

何かトンデモないこと云い出した。この人、ほんとに味方なの?

円卓の騎士陣がマーリンの話題がでる度に渋い顔をしていた理由がなんとなくわかった。この人は放っておいたら大変な事態を喜々として引き起こすだろう。尻拭いの苦労が偲ばれる。


「あの!わたしは貴方とは完全に初対面ですし、伴侶にもなりません。とにかく離れてくださ……」

「現実で覚えていなくともキミはその魂に誓ったんだ。ボクの伴侶になることを。悪夢の忘却の代わりにね」

「だから、そんな覚えはありま――」

「それとも啼きやまないキミの悪夢をもう一度みせようか?」

耳元でひそめられるように囁かれた言葉に心臓に冷水を浴びせられたように固まった。

“悪夢” ―― その言葉で過ぎった可能性がぐるりと巡る。
わたしの身体が強張ったのに気づいたのか、マーリンが少しだけ眉を下げて言葉を続けた。

「ああ、ごめんね?キミがあまりにもそっけないから、ついイジワルを云ってしまったよ。怖がらないで、これからはこうしてずっとそばにいるから」

震えるわたしを包むように抱きしめて、マーリンは愛おしげに頬と頬を摺り寄せてくる。


「ねぇ、私はこれでも半分は夢魔だ。魔性の者との約束をそう簡単に反故にできると思うかい?
もしそんなコトをされたら“優しいお兄さん”ではいられなくなるかもだ」

すっと細まる視線を間近で受けて、この人の人間ではない部分を垣間見る。

「もちろん、キミが約束を守るならその限りではない」と云われても、わたしには何の反応も返せなかった。身体が近い所為か、決して強くはないが、彼の言葉だけが世界を支配しているように思える。


「私は夢のまま終わらせるほど優しくないよ」

「夢魔だからね」と囁く唇が紡ぐのは
甘くて優しい声音だったのに、酷い悪夢に魘されていた時のように涙が溢れそうになった。

けれど、その唇が重なると夢心地のように不思議と安堵を感じてゆっくりと力が抜けていく。
きっともう悪夢はみない。妙な確信に身を任せた。



夢のまま終わればよかったのに

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