※一部最終戦のネタバレを含みます。



「いま、お邪魔しても大丈夫ですか?」

そう云ったわたしにドアを開けたロマンは微笑んだ。
いいよ、僕も眠れなかったところだし、と優しく部屋に入れてくれる彼に甘えて定位置のコタツへ潜りこむ。まだ電源が切られて時間が経っていないのか充分に暖かい。

卓に頭をのせて座り込み、そこでやっと息ができるようになったかの如く、はぁーっと気が抜ける。何もかもが頭から抜け落ちて、ぬくぬくとした空間にすべてが満ちていく気がする。
目をつむり、しばらくそうしていると、こつんっと卓から振動が伝わってくる。ゆっくりと目を開けると、目の前には湯気が立ちのぼるマグカップ。視線をたどれば、ロマンが笑って「いつものココア」といって自分の分に口をつけていた。
お礼を云ってのっそりと卓から頭を起こす。


「そういえば明日のご飯、エミヤさんが作るみたいですよ。さっき食堂を覗いたら、もう仕込みをはじめてました」

「うわ〜っ、明日は争奪戦だなぁ。食べられるかな」

「すごいですもんね。エミヤさんが作る時は」

そうしてポツリポツリと会話をした。
特別な話題は何もない。ここではレイシフトのことも仕事のことも何も話さない。ただ、取り留めもないことばかり。特に盛り上がるわけでも、意見交換をするでもない。

面白いわけでもないけれど、途切れ途切れの会話も、流れる沈黙さえも、何も気にしなくて良い空間はわたしに安息を与えてくれた。彼のどこか緩い雰囲気に、絆されるように、落ち着くのだ。

だから悪夢を見そうだな、と予感する夜は逃げ込むようにお邪魔していた。最近はそんなことなくてもお邪魔してしまうけど。

ちらりと、コタツから離れたロマンの机を見れば、何やら書類や資料が積み重なっている。前にお邪魔した時よりも明らかに多い。

また徹夜で頑張っていたのかな。

頼りない印象が強いけれど、ロマンはこのカルデアの要の一つだ。
勿論、彼が元から優秀なスタッフだという事もわかっているし、責任者として統括や、難しい資料に向き合って解析に夜遅くまで頑張っていることも知っている。

けれど、ロマンはそんなコトを感じさせない。

彼の人柄の所為か、はっきり言ってそんな風には見えなくて、わたしにとってカルデアでは気軽に接するコトができる人だった。だから彼のプライベートな空間にお邪魔して、ただでさえ忙しい彼の時間を取ってしまって悪いな、と思っていても何度も彼のところへ来てしまうのだ。

………ほんとうの、理由はそれだけじゃなくて、彼の言ってくれたコトが大きいのかもしれない。


“なまえちゃん、今日もお疲れさま。ありがとう、君がいてくれてよかった。”

何気ない一言だった。たぶん、云った彼自身ももう覚えていないような些細な言葉。
だけど、それはわたしにとっては居場所をくれた大事なモノだった。異世界から来て疎外感にも似た感情を抱いていたわたしは、それに救われた。

だからわたしも何気なく云うのだ。コタツで寝惚けたフリをして、此処以外では普段云えないけど。

「お疲れさま、今日もありがとう。ロマンがいてくれてよかった」

少しでもこの気持ちが伝われば、と。




※※※


いつもコタツで寝入る前に独り言のようにボクにお礼を言うなまえちゃんに心が軽くなるのを感じる。

ボクが彼女に抱いた罪悪感が、少しだけ。
この世界の人間ではない、無関係ともいえる彼女を巻き込んでしまっている事実は変えようがないけれど。

ボクは彼女がこのカルデアに来た頃、とてもつらい想いをしていたのを知っていた。
彼女は無理をしていた。知らない世界、慣れない戦いで気を張り詰めて、それでも何とか現実に追いつこうと。

ボクは彼女のバイタルチェックをしていたから、すぐにわかっていた。わかっていたけれど、誰にも云わなかったし、何もしなかった。冷たいことをいうようだけど、レイシフトには問題のない範囲だったからだ。健康状態としてレイシフトするには問題がなかった。彼女の心がぎりぎりだったとしても。

いまは落ち着いて安定しているように見える。それでも心の底では不安はつきないだろう。
罪滅ぼしにはならなくても、彼女がこうして少しでも気を抜ける時をつくれるなら、それがボクが彼女の為にできる唯一といっていい。
だから、此処で居眠りをしながら涙が溢れそうになっていた事もボクは見ないフリをする。ずっと見ないフリをして、そばに居続けることしかできないから。

きっとなまえちゃんはボクが知っているとわかったら、もうこうして甘えてはくれないだろう。
もう何度もこうしてボクの部屋で過ごしているのに、彼女は此処に入る時でさえ決まって躊躇うようにバツが悪そうな顔をしている。そういう風に変なところで意地っ張りで、藤丸君やマシュの前ではどこかお姉さんとして振る舞おうとするから。


「なまえちゃん、またコタツで寝ないでね」

もぞもぞと眠そうに「んーっ」と生返事をする君に笑みがこぼれる。
無理に強がったりしないで此処でだけ見せてくれる姿。それを壊したくないから、この気持ちも言わないでおこう。人間としてのボクが少しだけ君に抱いたモノ。

未来の夢を君と一緒にみてみたい、なんて。

そんな夢といえるほど大層なモノじゃない。
ただ、こうして何でもないコトを話して、何でもないコトで笑い合う、人から見れば取るに足りない日々を。

君とのこれからを、積み重ねていく未来を、願えたら。それは、なんて ――

きっとこれに明確なカタチや言葉を与えてしまったら、自分ではどうすることもできなくなりそうだから。ゆるやかに積もる想いをせきとめて、知らないフリで傍にいさせてほしい。

君の涙も、ボクの想いも、
いまこうして傍にいられるのなら、それだけで。



これからもなんて贅沢云わないから

 BACK 

ALICE+