「あっ、なまえお姉さーん」
ほわほわとした癒しボイスでわたしを呼び止めたのはイリヤちゃんだ。
このカルデアでお姉さんと呼んで慕ってくれる彼女はわたしの数少ない貴重な癒しである。お姉さんと呼んでくれるだけならば、子供のギルガメッシュ君もそうだが、あの子はあざとい上に時々垣間見えるものがひやりとさせる。お世辞にも癒しになるとはいえないお子様だ。
何か用事があるのかイリヤちゃんはルビーを連れて小走りで近づいてくる。
「すぐに見つかって良かったあ。お部屋にいなかったから探していたんです」
「どうかしたの?」
「実は、―― 」
イリヤちゃん達はいつもお菓子をくれたり、なんだかんだ気にかけてくれるエミヤさんにサプライズでお礼がしたいらしく、クロと相談して、どうせならわたしもメンバーに引き入れようということになって探していたそうだ。
ちょうど今日はお休みなので手伝うと頷くと、イリヤちゃんは、ぱあっと顔を明るくした。
「ちょーど良かったですね、イリヤさん!まさにグッドタイミングだったようですよ」
「うん!それにしてもエミヤさんって本当に優しいよね。差し入れしてくれる料理も美味しいし、なんかお兄ちゃんみたいでほっとするんだあ。
………あっ、そういえば、いつも話すのもお菓子もらうのも何故かなまえお姉さんと一緒が多いよね」
「それはもしかして!もしかしたりするとなまえさんとお近づきになる為の口実だったりするのかもしれませんねーっ!」
いや、絶対違う。一緒に食べてくれとかお菓子渡されるけど九割イリヤちゃん達にだよ。
直接渡すのが照れくさいのか彼には緩衝材のように扱われている気がする。おこぼれがもらえるので別に構わないが。
それはしっかりと否定しておき、実は彼はとびっきりのシャイなのだとカルデアジョークを交えつつ、サプライズプランについて聞いておく。計画では使われていない広い客間を借りて、ちょっとしたサプライズパーティーをするのでわたしには菓子作りを担当してほしいらしい。いつもあげてるオルタはともかくエミヤさんにあげるとかクオリティのハードル高いな、と思っているときょろきょろするイリヤちゃんに腕を引かれて、彼女と同じ目線になるよう屈んだ。
「なまえお姉さん以外にはまだ話してないから、こっそりお願いします」
声をひそめて、頬を染めるイリヤちゃんは文句なしに可愛い。
愛らしい彼女につられて同じように声をひそめて了承すると二人で“しーっ”と人差し指を唇に当てて、くすくすと笑い合う。
「何を楽しそうに話しているんだい?」
いきなり真横に現れた白い男に二人で変な声を上げて跳びのいた。
さっきイリヤちゃんが確認した時には誰もいなかった筈なのにいつの間に。
「と、突然現れないでください! 一体、いつからいたんです?」
「わりと最初から。キミが彼女の呼びかけにデレっとしていたのもバッチリ見てたよ」
「わたしをどこかの変態と一緒にしないでください。それに対応が甘くなるのは……、仕方ないですよ。だってこんなに可愛い子、他にいないでしょう?」
「ボクにはキミが一番可愛いけど」
さらりと落とされる口説き文句に、わたしではなくイリヤちゃんとルビーが色めき立つ。オルタからブリテンでの赤裸々な女性遍歴を聞かされていたわたしにとっては空っ風が吹くような面持ちだ。軽く流した。
「それにしても盗み聞きなんて失礼ですよ」
「話の内容までは聞いていないよ。これでもそれなりのマナーはあるさ」
……千里眼で他人様の事を盗み見するのはマナーに入らないのだろうか?
素朴かつ純然な疑問を呑み込んでいると、ルビーがステッキの羽根をばたつかせて口をはさんだ。
「もう!イリヤさんとなまえさんの間には今まさに芽吹こうとしているものがあるのです!そこに割り込むだなんて野暮としか言えませんよぅ。ましてや!いたいけな少女に妬くなんて、いやー、男の嫉妬はなんとやらですねぇ」
「る、ルビー、なんか煽るようなコト云わないで!それに誤解される言い方ーっ!?」
事態を自分にとって面白くしようとするルビーにイリヤちゃんが慌ててツッコミを入れた。イリヤちゃんはルビーを捕まえて黙らせると、面白くなさそうに唇を尖らせたマーリンにあらかたの事情を説明する。
するとマーリンは心得たとばかりに柔らかに笑った。
「それなら飾りつけはお任せあれ。花に関してならボクの専門と云ってもいい。見るも華やかな茶会にしてあげよう」
「わぁ、ありがとうございます!」
イリヤちゃんは嬉しそうにお礼を云うと、何故かマーリンの顔をじっと見つめた。そうして今度はわたしの方へと振り返り、交互にわたし達を見つめると少し躊躇いながらも口を開いた。
「あの、ええっと、なんて云ったらいいのか分からないですけど、なまえお姉さんとマーリンさんって、すっごくお似合いだと思います。上手くかみ合ってるっていうか、雰囲気もぴったりっていうか……。
だからマーリンさん、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。他の人もそれはわかっていると思いますから」
最後の台詞をとどめに、その場で崩れ落ちた。
反対に「そうだろう、そうだろう、君はいい子だねぇ」とイリヤちゃんの頭を撫でるマーリンは至極上機嫌である。蹲むわたしに気付いたルビーが「イリヤさん、イリヤさん。なまえさんがショック受けちゃってますよーっ」とイリヤちゃんに耳打ちすると振り返った彼女は「なまえお姉さん!?どうしたんですか!」と心配そうにこちらを窺った。
上手く取り繕えないわたしを尻目に「まあ、面白いのでいいですけど!」とルビーは実に楽しそうである。ステッキなのにいやに感情表現が豊かだ。
「なまえは照れ屋さんでね。キミにそう云われて照れてしまっているんだよ。ボク達のコトはそうやってこれからも温かく見守ってほしいな」
「そ、そうなんですか? でも、……」
「イリヤさん、そういうコトにしておきましょう。これ以上はどちらもダメージがきそうです」
「ほらほら急いで。準備をするんだろう?」とマーリンが促すとイリヤちゃんは「クロにも知らせなくちゃ!」と早足で駆けていく。
何故かその場に残ったルビーが人間でいうならニヤニヤしているのがなんとなく分かってじろりと睨みつける。
「いやぁ、なまえさんはマーリンさんが来てから面白くなりましたねえ!
ルビーちゃんとしては三角関係とかラブコメ展開なんかしてくれると見応えがあるんですが」
「心、底、やめて。もし何かしたら秘密で栽培している方のサイコガーデン、しゃべるからね」
ルビーは何かとこういった事に茶々を入れるので軽く脅しをかけると「わかってますよぅ!」と云いながら、イリヤちゃんを追って飛び去る。ちなみにサイコガーデンとは偶々わたしが目撃してしまったルビーが日夜怪しげな薬草を育てているところである。明らかに彼女のスキル用薬以外の材料になりそうな。いつか何か騒ぎを引き起こして栽培中止になるだろう(確信)。たぶん藤丸君達は確実に巻き込まれると思うが、めげずに頑張ってもらいたい。
わたしは何も知らない。知らなかったということにする。
溜息をつきながら、わたしも準備に向かおうと歩きはじめる。
後ろからついて来る魔術師は鼻歌でも歌いそうな軽やかな足取りだ。
「ねぇ、なまえ。ここは楽しい?」
脈絡のない質問に戸惑いつつ、「大変な事は多いですけど…」と前置きしながらも肯定した。
「良かった。アヴァロンにはないものだからね。こうして――」
いつも通りの穏やかな口調。けれど彼の言葉に寂寞としたものを感じた。
伝え聞いたところによると、彼のいられる場所はどこよりも花咲き誇る高い塔の中。
そこに悠久にも近い間、一人きりというのはどんな気持ちなのだろう。
彼は孤独を感じない、自分を非人間だと云うけれど、此処で皆にふれた事で何か感じたものがあるのなら、わたしは彼と何かを分け合っていけるのかもしれない。みんなと過ごした事で変わるのなら。それが何か共通点を見つけられたようですこし嬉しくなる。
アヴァロンでずっと一人で居るよりも楽しいと思ってくれたのだろうか。
「だったらマーリンも、これから」
「うん、うん、充分楽しんでおくといいよ。
ボクの元に来たら、もうこういう交流はできないからね。今のウチさ」
それはまるで、わたしだけが ―――
云いかけた言葉が切れる。無言になって立ち止まるわたしの手をマーリンは握った。
なまえ、と彼が優しい声音で名を呼ぶ。
「さあ、いこう」
一瞬、何処へ、と呟いてしまいそうになるのを抑えて口をつぐんだ。頷いて、今度はわたしが後ろを歩く。
この手に引かれる先がわたしの望む未来(さき)ではなくても、いずれそうなるのだ。
このカルデアで紡ぐ思い出はいつかわたしを苛むかもしれない。
もう二度と手に入らない日常として。
けれど、この手を振り払うことはできないのだ。
きっとわたしが先にこの人に手を伸ばしたのだから。
君と私の決定的な違い
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