※BADルートらしき話になりますので、ご留意ください。




「っやだ、やだ、もうやめて…」

「といってもね、約束を破ろうとしたのはキミだ。それはできない」

「ごめんなさいっ、ごめんなさい、お願いだから、」

許しを乞うように見上げれば、視線が合ったマーリンが微笑む。


「ボクも鬼じゃない。かわいいキミを泣かせるのは心が痛む。勿論、本意ではないよ。
だけどね、必要なコトなんだ。わかるだろう?」

耳元で囁く声が、がらりと変わる。


「なんたってキミ逃げようとしただろ」

冷たい海の底を思わせるような暗い瞳に息を呑む。
思わず否定するように首を振った。それにマーリンは底知れない笑みを宿す。


「嘘はいけないなぁ、感心しない。
まあ、いくら逃げようとしてもキミは魂の一部を私に握られた状態だから無駄な足掻きというやつだけど。……残念だったね」

貼り付けるような、嘲るような笑い。
それなのに、頬をつたう涙を拭う指はひどく優しい。
彼の顔がさらに近づいて来る。後ずさろうとするけれど、つかまれた腕にそれもできない。


「ゆるしてほしい? それなら、もう一度誓って。
でも、そのまま同じだなんて契約を破ろうとしたのに不公平だよねぇ。もう一つ、付け足そうか」

スッと、マーリンはお互いの唇が触れるか触れないかの位置で止まって、告げた。


「これまでは死んだら逃がしてあげるつもりだったけど、本当は嫌だったんだ。
だから誓ってくれるよね? 死後も私と共にいると」


声にならない悲鳴をあげた。

いきなり宙に突き落とされたような感覚が全身を襲うと、わたしはマイルームのベットの上に居た。


―― 目が醒めたのだ。

何にあんなに怯えていたのかは思い出せないのに、今からでも泣き出したくなるような恐怖心と彼とのやりとりだけが鮮明に思い出される。


(あれはいつの話……?)

直感的に考えたことに、自分で動揺する。

今、見た夢の筈なのに、どうして いつの、話か なんて。

ただの夢かとも思いたいが、それは違うと不思議と確信ができた。
震えが止まらない。真っ暗な部屋が心細くて明かりをつけベッドを降りて、裸足でドアへと向かう。

誰かに会いたい。あれは夢だと安心したい。少なくとも今ではないと。
ふらふらと人恋しくなったように外に向かおうとして、ドアの前でぴたりと止まる。

ダメだ。できない。そんなことで頼れない。情けないところを見られたくない。でもこわい。縋るように声を絞り出した。


「……っ誰か、」

「呼んだかい?」

誰もいないはずのマイルーム。それなのに、すぐ耳元で声がした。
漂ってくる花の香りを知覚すれば、確信する人物にざっと青褪めた。


「……、マーリン」

「そう、みんなの頼れるお兄さん、マーリンだよ。
此処にいるのはまぎれもなく、キミだけのボクだけど」

いつも通りの軽い口調も、今は震えが増すだけだ。
無意識に自分の手がカタカタと震えているのを自覚した。


「どうしたんだい、そんなに震えて。何か怖いことでもあったのかい」

白いローブの袖から伸びた手が真後ろからわたしを抱き込み、「話してごらん」と優しく諭す。


「な、何もありませんよ。……すこし、寒くて」

「ふうん。また、嘘をつくんだ。
警告のつもりでいじったけど失敗だったかな。お望みならまた忘れさせてあげようか?
好意を抱いてもらうなら恐怖心はない方が良いからね」

部屋の空気が凍る。
実際の体感でも、裸足の足先が床から夜の寒さを伝えるが如く悴んでしまいそうだ。その中で背後に感じる体温はひどく温かいのに、それでも逃げ出したくてたまらない。


「どうして、こんなこと……」

「愛しているから、といったらおかしいかな。
私のような人外がそれこそ愛を乞うなんて、」

おかしいか、と最後は独り言のような響きだった。
それと同時にぎゅっ、とわたしを抱き込む腕の力が強くなる。


「キミを独り占めしたい。
キミの描く紋様がいつか、ボクのものと混じりあう。それが楽しみで、愛おしくて仕方ない。
悪夢を忘れさせたのも最初は善意だったけど、契約に変えてまで魂を掴んだのはその為さ。こういう一時に留まらない、一個人に向ける永続的な独占欲や執着心は人間でいう“愛している”だろう?」

「ねぇ、ちがう?」と、それは正しいことなのか判断できずに子どもが母親に答えを尋ねるように、心もとないような不安気な声にも聞こえた。

そんなこと、わたしに分かる筈もないのに。
今度は首を振って、正直に「わからない」と答えた。

その答えを聞くと彼は一瞬沈黙をしてから、何が可笑しかったのか、あははっと笑い出した。


「それじゃあボクに分かるワケないだろうね! 人間のキミですら、この感情が何か分からないのなら。
でもボクは確信を持ってこう定義するよ。これは“愛”だと」

千年以上人間を見てきたボクが云うんだ。間違いない。

先程の迷いが嘘のように、そうに違いないと断じる様子に、疑問の目を向けた。振り返って仰ぎ見た瞳が、愉しそうに細められていた彼のそれとかち合う。


「おや、ボクの愛を疑う? いいとも。愛に不安はつきものだ。
将来はキミが不安にならないようアヴァロンでじっくり教え込んであげよう」

そう云いながら、わたしの下腹部を妖しく撫ではじめた手にびくりっと大きく身体が跳ねる。その反応にくすくすと嗤う男は、わざと耳をくすぐるように生温かい吐息をかけながら、咄嗟に振り払おうとしたわたしの手を逆に絡めとる。

「そんなに強張らないで。ボクはキミと違って約束を守るよ。此処にいる間は手を出さない」

すると急激な眠気に襲われて、ふらっと身体が傾く。それを抱き止められて、完全にマーリンに身を任せるかたちになった。花の香りが強くなる。


「早くアヴァロンに来ればいいのに。
そうすれば、うんと甘やかしてあげる」

囁く声が、甘やかに、子守唄を唄うように、さらに眠りへと誘う。
うつら、うつら、と意識が遠のいていく。
何故か意識が夢の中へ近づくほど、彼の声に安堵を感じるようになってくる。


「如何する、これも忘れるかい?」


意識が完全になくなる前にわたしが答えたのは ――




いつかの悪夢にご招待

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