「君にはこの聖杯大戦で黒のライダーのマスターを務めてもらう」
その言葉を聞いた瞬間、くらりと意識が遠のいた。文字通り、倒れたのである。
目を覚ますと、フォルヴェッジ姉弟が心配そうに私をのぞき込んでいた。どうやらいつものごとく自室に運び込まれたらしい。
「大丈夫ですか、なまえ姉さま?」
フィオレが掛けた声に、ゆっくりと頷く。
起き上がろうとすると「無理はしないでください」とカウレスが背中を支えてくれた。性懲りもなく倒れた私に、二人ともいつもながら優しい。
「ごめんなさい、私、その……」
「おじ様のお話の途中で倒れられたのです」
「それじゃあ、やっぱり私が…」
「ライダーのマスターに、とおっしゃられていました」
その事実に、目が眩みそうになる。
唇まで青褪めさせた私を見て、フィオレが「私も進言はしたのですが、他に適任もいなくて……」と申し訳なさそうに眉を下げた。それに首を振って答えると、あの後に話された召喚の段取りと日時を伝えられる。
始終具合が悪そうにしている私に気を遣って、用件を伝え終えると二人は「ゆっくり休んでください」とそれぞれ戻っていった。
ひとりきりになった部屋でぽつりと呟く。
「どうして……」
小さく反響した声は余計に虚しさを助長させた。
ずっと、ずっと、分かっていた。だからこそ、そうならないようにもしていたのに結局は抗えないのかもしれない。
私こと、なまえ・アイスコル・ユグドミレニアには前世の記憶がある。
この世界が物語として存在している世界の記憶だ。
“聖杯大戦”
これから始まる戦いだが、その戦の全容を私は始まりから終わりまで朧げながら知っている。
そのなかでの自分の立ち位置を思い出し、盛大な溜息がこぼれた。
原作の彼女とは180度違う人生を歩んできたと思うが、こうなってしまっては仕方ない。
今さらユグドミレニアを抜けたところで、行く先もないのだから。
私が生まれたのは、没落した魔術師一族の末裔だった。
そのアイスコル一族が修めていたのは、いわゆる黒魔術。生贄を捧げることで、呪殺やその他の魔術的行為を可能にする術だ。冷酷さと理性を求められるこの術を、私は行使できなかった。
―― どうしても生贄を殺す事が出来なかったのだ。
この世界に記憶なく生まれた私ならできたのかもしれないが、前世で真っ当に暮らしていた記憶のある私には無理だった。しかも前世では健康体そのもので倒れたこともなかったのに、今世では先程のようにショックな事があると何故かすぐに倒れる。生贄解体なんてもろにそうで、成功した事は一度もない。
そんな私が一族から疎まれるのも当然の帰結だった。
しかも久方ぶりに生まれた待望の才能ある子。期待が落胆に変わるのは早かった。
“才能の持ち腐れ”。
アイスコル一族からはそう蔑まれた。
それならば私に早く子を産ませて継がせようと企む一族から逃げ出し、私は各地を放浪して育った。行き当たりばったりで、なんとか自分なりに魔術を独自に体得しながら生き延びてきたのだ。
そんなこんなで、それなりに名を馳せてしまった時に、ユグドミレニアから声が掛かった。追われる事にも放浪にも辟易していた私はコレ幸いと一門に入ったのが運の尽き。
この世界が“外典”の世界だとやっと気づいたのだ。
言い訳をさせてもらうなら、
―― いちいちキャラの名前とか覚えてる訳ないじゃん!
しかも生まれて二十数年も経っているのだ。忘れもするだろう。
そしてやっと自分の立ち位置を悟った私はなんとか回避しようと努力してきたものの、先程の宣告で全てが無に帰した。ここまできてしまえば、ジタバタしてもしょうがない。がっくりと肩を落としたなまえは、生き残るための決意を固めた。
―― そんななまえが、正史にはない運命に出逢うのはもうすぐ。