※夢主がFate世界の人間なので、ほんのりクロスオーバー系。苦手な方はご注意ください。





わたしはみょうじなまえ。時計塔に所属するごく普通の魔術師である。
魔術師の家柄的には代が浅いと蔑まれるでもなく、かといって名門かと問われればそうでもない。私自身、特に秀でた何かがあるわけでもなく、三流魔術師といった感じがお似合いだろう。


そんなごく普通の魔術師であった私は、ごく普通ではない事態に陥っていた。



「嗚呼、今日も君は可憐で美しいね。私は君の為なら、どんな事だってできるよ」

そっと手を握られ、なまえは背筋が粟立った。
片目を包帯で覆っているが、その美しく整った顔が損なわれることはなく、空恐ろしいほどの白皙の美青年。
その青年が、甘くとろけるような微笑みで自分だけを見つめている。

女性なら誰もが夢見る状況でも、事態は甘くない。


「また随分と虫が湧いてしまったね? でも安心してほしい。君にはこれからだって怪我の一つ、負わせたりしないさ」

視線を男からそっと逸らせば、ペンキをぶちまけたように真っ赤に染まる床。
鼻につく硝煙と、咽かえる血の匂い。

普通の感覚を持つ女性なら一瞬で気絶できる光景が、男の後ろには広がっている。
その光景を何度もつくりあげた男は、それに興味も罪悪感もなく、唯々なまえだけを見つめていた。
なまえしか、見えていない。なまえしか、気に掛けるものなんてないように。


「うふふっ。これで何度目だっけ? 全く困ったものだね。
でも私は心の広い男だ。君の気まぐれの外出だって怒ったりはしないよ。たまの息抜きは必要だろう」

なまえは、あの日の自分の選択と運の無さを絶賛呪いたくなった。


―― どうして、私が、こんな目に……。

そもそも普通の魔術師であるなまえがどうしてこんな事態に陥っているかといえば、此処が自分の生まれた世界とはちがう異世界だからだ。

時計塔にいたはずのなまえは、いきなり何かの魔術事故でも起こったのか、この異世界にいた。
元の世界に帰る方法も分からず、かといって同じ魔術師の気配も見つからず途方にくれていたなまえは、この自殺志願者がまさしく自殺していたところに出くわしたのだ。
魔術師というのは便利なもので、暗示や魅了(チャーム)を使えば一般人相手なら容易く自分のことを古くからの友人や家族、恋人なんかにも思い込ませることができる。
だから異世界に来たところで、周りの人間に暗示さえかければ生活していくのに何ら問題はない。

それでも比較的魔術師よりも一般人よりな思考をしていると自負しているなまえはいくら切羽詰まっていても、何の過失もない他人に暗示をかけるのは戸惑われた。
云うなれば赤の他人である自分を養ってもらう為だけに暗示をかけるのだ。
ちょっぴり罪悪感があった。

そこに現れたのが、自殺しようとしていた太宰である。

その時のなまえはこの人は自殺しようとしてたくらいだし、しばらくの間なら迷惑かけてもいいかな、と思ってしまったのだ。

あの時に戻れるのなら、太宰だけはやめておけと云いたい。

最初に自分がこの世界にいる間は養ってもらうため死んでしまっては困ると自殺しないよう暗示をかけた。それだけならまだ良かっただろう。

だが、養ってもらう以上は何かしらの関係性がないと周りに怪しまれる。
だからといって兄妹とか親戚とかの設定つけると周りにまで暗示をかけなくてはならない。それは面倒だからと、後腐れなく別れられる恋人として思い込ませる魅了(チャーム)までかけたことがそもそもの誤りだった。



「さあ、早く帰ろう。残党の始末は部下たちが殺ってくれるから、今日はふたりでゆっくりしようね」

―― この人、かなりヤバイ人だった。

ヤバイというか正確に云うなら、この街を取り仕切るポートマフィアの幹部様だった。


(なんでそんな奴が白昼の川辺で呑気に自殺なんてしてるのよ…!)

半ば八つ当たりのようになまえはそう思いながらも、これからどう乗り切るかを思案していた。


(どうする、どうする、どうする、私…!)

はっきり云おう。
今回を含めて逃亡が失敗した回数はすでに片手に収まらない。
というのもなまえの顔が、この街どころか裏社会全体に行き渡っている所為だ。
“あの”太宰の唯一無二の恋人という情報がなまえの顔と共に付き合って三日も経たないうちに流布していた。

何故それを知ったかと云えば、2日目にして彼のヤバさを感じ取り、今のように逃げようとしたからである。

彼の庇護下から逃げたなまえは、あっという間に彼に恨みをもつ敵対組織に捕まった。魔術師であるなまえが一般人に後れを取ることはないとはいえ、それは一対一や数十人程度の話である。多勢に無勢。
命すらあわやと云う展開で、太宰は助けに来た。

「危なかったね。これからは私の目の届くところにいるんだよ?」

ぞっとした。
優しげに諭す瞳は、底が見えないぐらいに暗く濁っていた。

瞬時になまえは察した。彼はわざと情報を流したのだ、と。
敵対する人物たちに故意になまえの顔を流出させ、その行動を自分側だけでなく敵側からも絞れるように。
たとえ何処に行ったとしても、なまえの情報を逐一集めやすくするため。

つまりすべては私を逃がさないために――。

ヤバイ人を引き当ててしまったことになまえは顔面蒼白だった。


「なんでよりにもよって、こんな危険人物に魅了かけちゃったの、私!」

すぐに魅了(チャーム)を解こうとしたなまえだが、それがかなり綱渡りである可能性に辿り着く。

なぜならなまえの世界にはなかった力 ―― 異能力の存在である。

どうやらこの世界には魔術はなく、代わりに異能力というモノを稀にもつ人がいるらしい。魔術法則を無視したような現象さえ起こせる人間もいることになまえは素直に驚いた。
そして思った。


「魅了が異能力だって思われたら、私、蜂の巣…?」

ポートマフィアきっての最年少幹部さまを誑しこんだ者として。


「………………すぐに解いたらご本人も違和感気づくよね、絶対」

ずらりと並んだ部下に銃撃を指示する太宰が目に浮かぶ。
無機質な瞳で口元だけ笑みをつくる太宰を間近で見てきたため、リアルに想像できた。

今までその銃口は私に危害を加えた敵に向けられていたが、コレが知られれば。

―― もしかしなくても、殺される。
魔術師のなまえでも総力をかけられたら余裕で死ぬ。


本気でヤバイ。2日目にして、彼の直属の部下であるひょろっとした黒い男の子に目の敵にされているのである。
銃撃だけじゃなく串刺しもあり得る。故意に暗示をかけているなんてことがバレたら、ヤバイ。マジでヤバイ。

そうして悩みに悩んだなまえが出した結論はこうだ。

魅了をだんだんと解いていって、太宰の恋愛感情が冷めたことにして別れよう、と。

一般的にも恋愛感情なんてすぐに変わるものだ。
なら、少しずつ魅了を解いていって別れればいい。

それまでには幾分か蓄えも出来て、この世界で一人でも暮らしていけるだろう。



だがしかし、この読みは甘かった。

出会って2ヵ月ほど経た頃、なまえはすでに太宰の異常なまでの行動に辟易していた。魅了を徐々に解いていっているにも拘わらず、彼の行動はエスカレートを極めていたのだ。

見たくもない仕事現場にさえ連れ出され四六時中、人目も憚らずベタベタされたり、ちょっと他の男性を見ただけで光の灯らない瞳で淡々と脅迫まじりの睦言囁かれたり、恐ろしい程しつこい夜のお誘いも必死に暗示をかけて逃げていた。

もう正直な心境としてはいっそ蜂の巣にされてもいいから恋人やめたい。

それほど精神的に追い詰められたなまえは、太宰と同じ幹部の立場にある紅葉に打ち明けた。
魔術といってもこの世界では通じないだろうから「彼が自分を溺愛するのは、異能力で魅了されているだけなのでは」と。自分が異能力を発揮してしまっていて、太宰はこんな異常なまでに執着しているだけではないかと懇々と訴えた。

その時のなまえは罪を告白する罪人の気持ちだった。もういい加減、楽になりたい。解放されたい。

しかし、まさに処刑台にあがる罪人のように全てを告白し終えたなまえには、銃撃音ではなく、紅葉がくすくすと愉快そうに笑う声しか響かなかった。


「そんな心配をしていたのかえ? 安心おし。太宰は…

 異能力が効かない異能力をもっておる」

「嘘でしょ」

この2ヵ月の私の我慢とはいったい……。

ぶるぶると悔しさで震えるなまえを見て何を思ったのか紅葉には「本当に愛いのう。太宰にはもったいない娘じゃ」とますます可愛がられるようになった。

厄介な事に、この「太宰の気持ちは異能力疑惑事件()」がきっかけに組織のなまえに対する反応は好意的だった。
紅葉は太宰がなまえと出逢ってから如何に変わったかを事あるごとに力説してくるし、前までは親の仇でも見るような雰囲気で噛みついていた芥川も、「太宰さんにあまり迷惑はかけるな」と云うだけで呆れた視線を寄越すようになった。
首領である森は微笑ましげに見てくるし、エリスは無邪気そうにウェディングドレスのカタログを頻繁に持ってくるは、で大変遺憾である。
太宰を毛嫌いしている中原も「太宰にもう他の女の影はねえぜ」と優しく肩を叩く。

解せぬ。
何故私が恋人の気持ちに不安になった乙女のように思われているんだ。
よく私の顔を見ろ、これが恋する乙女の顔か? いつも頬を引き攣らせて、顔色を青にしか染めていないのに?

この組織もヤバイ(確信)
魔術師とは違ったベクトルのヤバさのある集団だ。

いよいよ周りのヤバさまでも確信したなまえは魅了を完全に解いて逃亡をはかった。2日目のような突発的なものではなく、きちんと事前準備をした逃亡だった。



「心配させて私の気を引こうとするなんて本当に可愛いねえ」

―― にも拘わらず、結果はこの通り。またも失敗である。


「そんな君の愛らしさに免じてゆるしているけれど真逆、本当に逃げようなんて思っていないよね?」

ぞっとするほど冷たく変わった声が、響く。
まるで獲物を見る捕食者の瞳が、なまえの挙動を見逃すまいと覗きこむ。
逃げる素振りを少しでも見せたら躊躇なく喰らいつこうとするような獰猛さに、本能的に震えが走る。

魅了を完全に解いたはずなのに、日を追うごとに太宰はなまえへの執着を増していた。
今では魅了ではなく、暗示を強くかけなければならないほど。

暗示で“なまえは太宰を愛している”と信じ込ませなければ、どんな手段を使ってくるか分からないくらいに。


「私も愛しているよ、なまえ。だから君がたとえ何処にいっても捕まえてあげる」

―― この暗示が解けてしまったら、私はきっと


三流魔術師の憂鬱



fate世界で一般魔術師家庭に生まれた夢主がBSD世界にトリップ。
魅了と暗示を使って平穏に生活しようとするが、ところがどっこい魅了をかけた相手が太宰さんだった。
太宰さんが自殺したところに居合わせて、自殺するような人間なら魅了をかけても問題ないだろうと思ったが、そんなわけはなかった話。
ある種のクロスオーバー特殊設定系なので、あまり需要はないかもしれませんが、もうちょい流れも加筆して中編くらいにしたかったネタ。探偵社での太宰さんで思いついたネタなのに、なぜか書くと黒の時代に落ち着きました。



BACK


ALICE+