なまえ・アイスコル・ユグドミレニアは不思議な方だ。
稀有な才能と、世界各地を渡り歩いた豊富な経験と実践に基づいた知識。
彼女自身は自分を落ちこぼれと卑下するが、彼女がたった“一代”で独自に築き上げた魔術体系は一魔術師としてもとても興味深い。

それに何より彼女がユグドミレニアに入った事で、フィオレにとってなまえは女性として一番近しい存在になった。
最初は警戒心を抱いてもいたが、前評判からは拍子抜けするほど彼女は善良で魔術師らしからぬ人だった。

そして私の死にもの狂いの努力を初めて“当然ではない”と認めてくれた人でもある。
さらに私の浅ましい願いを決して嗤いもせず、悩むことを“当然の事”だとあっさり言ってのけた。

あの瞬間の想いは、色褪せることなくフィオレの胸に刻まれている。
だからこそ、フィオレは今とてつもない不安に駆られていた。

“聖杯大戦”
―― それは名だたる英雄を召喚し、聖杯を求め争い合う戦争だ。

通常なら慕う者が参加に際し、心配するのは生命の危険だろう。
けれど、フィオレがなまえが参加すると聞いた時に抱いた危機感は違う。

なまえのような存在を、歴史に名を残すような英雄がほうっておくだろうか。

彼女の横たわる姿を初めて見た時、フィオレは心配するよりも先に見惚れていたくらいなのだから。
淡い色の髪が扇のように広がり、丹念につくりこまれた人形のように滑らかで透き通るような白磁の肌。間近で見た顔は驚くほど整っていて、僅かに血色を感じさせる唇は同じ女でもドキリとする艶を感じさせる。薄いシーツに浮かび上がる肢体は女性的な曲線を見事に描き、それ自体が彫刻のようだと思ったとこもある。

そして縁取る長い睫毛が微かに震えて、その宝石のような瞳が開かれる瞬間をフィオレは何よりも好んでいた。
美しい人形に、息をふきこまれるような刹那のきらめき。人形が人間になるような奇跡に思えて何度見ても見飽きることはないだろう。

彼女のような人間が、これまでよく一人で生きてこられたものだとつくづく思う。いわく放浪をしていた時には念には念を入れた対策を講じていたそうだ。
それなのに此処ではとても無防備だ。その日常茶飯事的な虚弱さと無防備さには、おじ様たちも呆れていた。
けれど、フィオレは嬉しかった。つまり、今の彼女は弱味を隠すことなく私たちと接してくれている。本当の家族よりも家族らしい、とすら言ってくれた。

魔術師としては甘すぎて話にならないが、フィオレはそんななまえを慕っていた。

心優しくて、儚くて、美しい花のような人。
英雄譚に語り継がれる麗しの姫君そのものだとフィオレは本気で思っている。

だから、そんな彼女が英雄(サーヴァント)を召喚したら……?
すでにユグドミレニアに召喚されている、自分の道を究める事しか頭にないキャスターやロードとして振る舞うランサーのようならいい。

けれど、けれど、もしも……。フィオレの不安は募っていった。
叶うなら今後召喚されるサーヴァントも、彼女に興味を示さないでいてほしい。



―― そんなフィオレの願いは脆くも崩れ去るのを今はまだ誰も知らない。


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