※ストーリーのネタバレを含むのでご注意ください。
ユグドミレニア城、王の間にアサシンを除く黒のサーヴァントが集結していた。
玉座に座る黒のランサーを筆頭に、たった今召喚されたばかりの4騎、セイバー、アーチャー、ライダー、バーサーカー。そして召喚を見物にきたキャスター。まさしく圧巻。通常の聖杯戦争ならあり得ない状況下の中、顔色の悪いマスターが一人。
言わずもがな、なまえである。
(ああ、ついに来てしまった……)
なまえは心の中で儀式が失敗すればいいと念じていたが、あえなく成功してしまっていた。近い将来、自分の“死”を招く存在になまえは卒倒しそうなのを必死で堪えていた。
その様子に、横目で見ていたフィオレは心配そうに、そしていつ倒れてもいいようになまえのすぐ後ろで見守るカウレスは気が気ではない。ゴルドは自分が召喚したセイバーを値踏みするように眺めていたが、時折ちらりとなまえの様子も窺っていた。いくら見慣れているとはいえ、いかにも線の細く儚げな乙女を体現したなまえが倒れるのは心臓に悪いのだ。
ましてやこれから始まる聖杯大戦では共闘が不可欠。自陣が抱える不安要素の一つには誰もが気にかけていた。
「全員、ちゅうもーく!」
ライダーの突然の一声に、なまえはびくりとたたらを踏んだ。その動作にヒヤリとする一部の周囲。
「召喚されたみんなで自己紹介しようよ! ほら、今は味方じゃない。だったらさ、だったらさ、いっそ真名を名乗りあった方が効率がいいと思うんだ!」
マスター陣の心配を余所に、各々のサーヴァントは自己紹介を始める。
底抜けに明るいライダー、アストルフォの提案よってそれぞれの真名が明かされていくなか、ゴルドが己がセイバーに待ったをかけた。
「待てセイバー! お前は口を開くな」
セイバーの真名開示を拒否し、ダーニックに許可を得たゴルドは早々にセイバーを連れ、広間から退場していった。そして残されたサーヴァントとマスター同士がそれぞれ交流を開始し、フィオレとカウレスもなまえを気にしながらも自分のサーヴァントと共に王の間を去っていく。
―― そんななか、
「ライダー……」
震える声でなまえはライダーに呼びかける。
そのどこか怯えているような姿に、アストルフォは「これからよろしくね、マスター! ところで具合でも悪いの?」と不思議そうに問いかけた。
自身が原因だとは露程も思っていないのだろう。普通の力量差で言えば人間であるマスターはサーヴァントには敵わない。だが、令呪がある以上、自身のサーヴァントにあからさまに怯えることはまずない。
それに何よりアストルフォはその気質上、自分がマスターに怯えられるなんてありもしないと考えている。
この時点で聖杯戦争においては致命傷になりえる齟齬、マスターとサーヴァントのすれ違いがすでに発生していた。
別になまえはこの戦争に勝利しようなんて微塵も思ってもいないので問題はない。が、なまえにははっきりと最初に告げなくてはならないことがあった。
自分が生き残る、ただその一点だけを求めて。
「ライダー、私は貴方の行動を制限しません。
黒の陣営として働いていただければ、と条件はつきますが……。実体化し続けることも、街で遊ぶことも、お好きになさってください」
「本当!? 話の分かるマスターで幸せだな、僕!」
くるくると踊るように喜ぶライダー。シャルルマーニュ十二勇士中、屈指の美丈夫と伝えられているアストルフォは伝承と違い、可憐な姿をしている。狂奔した友人のために女装した姿で現界したせいか、男と知っていても美少女にしか見えない。はしゃいで満面の笑みを浮かべるアストルフォとは裏腹になまえには複雑な想いが募った。
「そして戦闘のバックアップ以外で令呪を用いたりもしません。……絶対に、誓って、貴方の行動を制限したりする行いをいたしません」
「えっ…!?」
その宣言には流石のアストルフォも驚いて自身のマスターを見やった。
令呪はマスターに与えられる、自らのサーヴァントに対する絶対命令権だ。
高い抗魔力を持っていたとしても、2画も使えばサーヴァントの行動を無理矢理強制できる代物だ。
もっと端的に言ってしまえばサーヴァントは令呪以外の命令を聞く義務などない。勿論、抜け穴もあるがマスターとして絶対的なアドバンテージを放棄すると宣言したのだ。
この聖杯大戦において協力体勢を明示されていても驚愕に値する誓いだった。
「ただ……ただ一つ。隠し事だけはしないでください。どんな事でも怒ったり、否定したり、制限はしませんから。ちゃんと言ってほしいんです。
これは命令というよりお願いですが、聞いていただけないでしょうか?」
きゅっと口を引き結んで不安げにこちらを見る“女性”に、アストルフォはハッとする。
―― 目が離せなかった。
ドキリと高鳴る胸は生前でも経験したことがないくらいにざわついていた。
アストルフォは理性が蒸発している。
だからこそ本能のまま、その直感を、心を信じた。
ひざまずいて、その白魚のような手を優しく取る。
咄嗟に手を引こうとした彼女を安心させるようにニコリと微笑む。
すると、“なぜか”彼女の震えがひどくなった。きっと緊張しているのだろうと当たりをつけてアストルフォは恭しくそのまま彼女の手にキスを贈る。
「そんな顔をしないで、美しい女(ひと)。僕が、君を守るよ」
さっきまでの女の子のような振る舞いが信じられない程、
イングランド王子としての気品と、十二勇士の名に恥じぬ凛とした姿。
その光景は一枚絵のように、壮麗にして凜然。
何も知らぬ者が見たら、舞台のハイライトのように心躍っただろう。
しかし、この場にいるのは残念ながらライダー以外、なまえの気質をある程度知っている者しかいない。だから皆がみな揃って「そろそろ限界だろうな……」と達観した目をしていた。
そんな事はとんと知らぬアストルフォは魂が抜けそうになっているなまえを熱の籠った目で見つめる。
自然と青褪めた彼女の唇に、引き寄せられる。
この胸に去来する想いを、仮初の身体でもはっきりと脈打つ鼓動を、伝えたい。
そんな想いが湧きあがり、アストルフォは立ち上がってなまえとの距離を詰めた。
だが、誰もが見惚れるような笑みを近づけてくるライダーに、なまえの心がとうとう限界点に達した。
つまりは、
――― いつもの如く倒れたのである。
騒ぎを聞きつけたフィオレが烈火のごとく怒りをあらわにしてライダーに詰め寄り、いかになまえが繊細かを滔々と説教をはじめ、カウレスが取りなしたり、遅れてやってきたゴルドがセイバーになまえを運ばせるのを指示したことで一悶着が起こったりとユグドミレニア城の夜は賑やかにふけていった。