私の生き残り戦略は実に単純である。

ライダーたちに近づかない。すみやかに令呪をジーク君に譲渡する。あとは安全圏に籠っている。
以上、3点だ。

他にも注意すべきところは多々あるが、主な行動指針はそれだけだ。
はっきり言って小細工したところで、大きな流れは変わらないだろうし、逆に不確定要素が多く加われば、それだけ状況を予測しにくくなる。“勝利”や“救済”を目指す者にとったら憤慨ものだろうが、私が第一に考えるのは自分自身がただ“生き残る”という一点だけだ。
魔術師としてのプライドも、命に比べたら私にとって塵に同じ。
だから、召喚の場でライダーとははっきりと関わらないよう明示したつもりだった。


「ねぇねぇマスター! こんな陰気な工房に籠ってないでボクと一緒に街にでも出掛けようよ。せっかくなんだし、案内してよ!」

「…………」

それがどうしてこうなった。
召喚以来やたらと構ってくるライダーに溜息がこぼれた。
ちらりと視線を向ければ、それだけでライダーは、ぱぁっと顔を輝かせる。
ようやく散歩に連れて行ってもらえると期待した子犬のように可愛らしい。こちらの気もしらない様子に自然と眉間にしわが寄りそうになるのを抑えて、口を開く。


「いま私は忙しいので、どうぞお一人で行かれては?」

「え〜やだやだ! そんなこと言うともう離さないからね!」

私に抱き付きながらそんな事をのたまうライダーに、さらに溜息がこぼれた。
最初のうちはそういった行動にも意識を朦朧とさせていたものだが、もう何も動じない。慣れとは人間をかくも成長させるのだ。そうなるまでにフィオレが怒った回数や、カウレスの負った心労は多大であったが。

もう芳しい反応をしないなまえに「む〜っ」と頬を膨らませるライダーだったが、すぐににっこりと笑った。


「僕が抱きついても平気になったんだ! それじゃあ、もっともっと、くっついてもいいよね!」

呆れるほどのポジティブシンキング。そして強引さに、なまえは眩暈に似た称賛を覚える。
ここまで突き放してくる相手に普通なら言える言葉と態度ではない。
もう無我の境地にも入れる気がしてくるなまえは冷静にライダーを引き離そうとするが、鼻歌まじりの男はビクともしない。
そういえば男だったな、と改めてなまえは思う。今世のファーストキスも奪われているのに、そういった面でのなまえの危機感はかなり薄い。それは一重にライダーの人徳とも、その可能性を“ありえない”と思っているなまえの意識の所為ともいえるが、現時点では圧倒的に後者の比率が高い。


「ねぇねぇ、いいでしょ? 一緒に出掛けようよ〜。一人じゃ寂しいじゃん! 二人で手を繋いで歩いたりとか、クレープを分けあいっこしたりとか、それからそれから……ああっそうだ! 僕、カップルストローとか使ってみたいな!」


「……………そこまでお一人がいやでしたら案内にホムンクルスを呼んでまいります」

なまえは地を這うような声で苦渋の決断が如く言葉を放った。だが、それはあっさりと否定される。


「ダメダメ! 何言ってるの? マスターってホムンクルスたちの事苦手だろ。わざわざそんなことしなくていいよ」

「……えっ?」

思わず素で目を見開いたなまえに、ライダーは得意げに胸をはった。


「へへー、見てれば分かるよ!
君って他の奴らみたいに彼らを小間使いみたく扱わないし、ほんとーにほんとーに仕方ないときくらいしか命令しないし、話しかけないでしょ。それに隠してるつもりだろうけど、マスターってふとした瞬間にすっごく申し訳なさそうっていうか、罪悪感ありありの顔してるもん」

「そんなこと……ないわ。私はただ、煩わしいだけで何とも」

「は〜い、嘘! マスター、嘘つくときの自分の癖知らないでしょう? 僕、わかっちゃった!」

驚いて、バッとライダーを振り返る。
してやったりという顔をするライダーを見て、なまえは苦虫を噛み潰した。
理性が蒸発しているらしいが、アストルフォは案外抜け目ない。


「仮に、もしも、………。わたしが本当に良い人だったら、彼らの事をなんとかしようとするでしょう」

ジーク君みたいに、とは心のなかだけでささやく。

「うん、そうだね。それは否定しないよ。でも君は弱いだろ。
……それだとちょっと語弊があるかな。君は君自身を守るのに精一杯だ。誰かの為に戦えるほど、君は強くないし、余裕もないみたいだ。
だけど、」

立ち上がって両手を大きく広げるライダーは、瞳をきらきらさせてなまえに語りかける。


「だけど! 見て見ぬフリをうまく出来るほど、君は諦めてなんていないじゃないか!」

眩しいくらいに、ライダーは真っ直ぐだった。


「ねえ、マスター。君がしたいこと教えてよ。君が隠してることを無理に暴いたりはしたくないけど、僕も一緒に頑張れることなら隠さないで。僕と君の二人なら何だってできるさ!」

猜疑心の強いなまえにだってライダーに嘘がないことも、それが掛け値なしの想いだってこともわかっている。

けれど、彼には自分以上の運命(マスター)が待っている。
いずれ放れていく手を取れるほどの勇気は、なまえにはない。

だから、その言葉が、その事実を知っているだけで、どれだけ残酷なのか、どんな英雄にだって、英雄だからこそ分かりなんてしないだろう。


「僕が君を自由にして、どこにだって連れていってあげる!」

だからわたしまで、救おうとなんてしないでほしい。
それだけのものを、わたしは持ち合わせてなんていないのだから。

なまえの気持ちなんて彼はこれっぽっちも分かっていない。

前世の自分の死に際を、今も鮮明に覚えている。
なまえは一度死んだ身だからこそ、“死”がなにより恐ろしい。
彼らも、英霊も、自分の“死”を覚えているはずなのに、どうして消えることが恐ろしくないのだろう。
自分のように命ある存在として生まれ変わったわけではないからだろうか。
まったく、なまえには理解できなかった。


「わたしの望みが、たとえば自分の死につながることでも、ライダーは……わたしを助けてくれるの?」

「もちろん! 僕は君のサーヴァントなんだ。それぐらい当然だよ!」

だから、なまえにもライダーの気持ちがわからない。
会って間もない自分の為に、笑って命を賭けるという彼の心情を、想像できなかった。


「だからとりあえず、僕とデートしよう!」

「……だからもなにも、つながっていないじゃない」

差し伸べられた手と、一点の曇りもない笑顔。
根拠もないのに、この手を取れれば、どこまでも、どこまでも、行ける気がして。ふっと。

―― 自分が置き去りにしてきたものたちが、頭の奥でちらついてくる。



わすれないで、と遠き日によく聞いた声が反響して泣きそうになった。




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