「あっ、なまえさん!こんにちは」

「ナオミちゃん、今日も夕飯の買い出し?」

こちらに駈け寄ってくる愛らしいセーラー服姿の彼女は、谷崎ナオミちゃん。
手足はスラリと長く、切れ長の瞳の下にある泣きぼくろは彼女の可愛さを損なうことなく、ぐっと魅力を引き立てている。
きっと数年したら引く手数多の美女になると確信する女の子だ。

ナオミちゃんと知り合ったのは偶々私が彼女の落とし物を拾って届けたのがきっかけで、それからは度々スーパーや街中で遭遇しては立ち話をする間柄だ。

そんな彼女との話題はもっぱら彼女のお兄様の話が多い。
ブラコン気味の彼女のおかげで、会ったこともないのに既に知り合いかのように知っている。

曰く、格好良くて、気が利く上に料理上手で、周りを気遣う思いやりもあって、押しに弱いヘタレな部分もあるけどいざという時は頼りになる。
正直、少女漫画でヒロインに片思いしているのに人の良さからヒロインを応援しちゃって失恋してしまうタイプのように思えてならない。
そんな失礼な事を考えている私を余所にナオミちゃんは誘いをかけてくる。


「よろしければ今度の日曜日、家に遊びにいらしてください」

きっとお兄様も喜びますわ、と無邪気に笑う。

「いや、その、お誘いは嬉しいんだけ…」
「まあ!来てくださるのですね。今すぐお兄様に連絡しなくては」
「ど……え?」

そう云ったと同時にいつの間にやら取り出した携帯で連絡をしていた。

「あ、あの、ナオミちゃん、私……」
断ろうとしていたんだけど、と続けようとした言葉は見事に遮られた。

「今からとても楽しみですわ。お兄様には腕によりをかけて美味しい早矢仕飯を作っていただきますから!」
なまえさんも楽しみにしていてくださいね、と周りに花を撒くように笑う彼女に何も云えなくなった。

美少女の笑顔を壊すことが出来ない私も、大概ヘタレなのかもしれない。





――― という訳でお兄様、今度の日曜日は気張ってくださいましね」

「……ヘ?というか、如何してナオミはなまえさんと知り合って……」

「あら、気づかれていないとでも思いましたの?
勿論お兄様を売り込んでおくのは忘れていないから安心なさって」

「……それッて、まさか」

「知っていましたわよ。
お兄様がなまえさんに熱い視線を投げかけていたのは。だっていつも物欲しそうに眺めているだけなんですもの。
こちらがじれったいですわ」
話しかけもしないなんて、と少し怒ったように口を尖らせる。

「ちゃんと欲しいものは欲しいと主張しないと、他の方に獲られてしまいますわよ?」


「私がちゃーんと下準備はしておきますから、ね?」

――― それはそれは美しい蠱惑的な笑みだった。




□■□■□■




彼女を ――― なまえさんを見つけたのは、いつも通り抜ける雑踏。

最初は、最近よく見かける人だな、と思うくらいだったのに。
瞳を閉じて、いつも見ていた彼女を思い浮かべる。


目の前から近づいてくる、彼女の歩く姿。

すれ違う瞬間の、彼女の横顔。

すれ違った、風になびく彼女の髪。


何度も、何度も、見ているうちに彼女から目がはなせなくなってきたンだ。
彼女が視界に入ると ――― 彼女以外が存在しないようにさえ感じてしまう。ナオミに気づかれているなんて、気づきもしなかった。

数日、姿を見なかった日は無意識に心配して雑踏を見渡してしまう。
次第に彼女を見ない日は落ち着かない。
しまいには異能力で後をつけて ――― 彼女の名前を知った。


なまえさん、なまえさん、……なまえさん。


頭の中で、口の中で、ころがすように名前を紡ぐ。
嗚呼、見つめるだけで善かった貴女が、もうすぐ此処に。


夢見心地の中、無意識にした表情は彼の妹と同じく ――― 



ロバと王女のケーキは如何?
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