とんとん、ことこと
「う…ん、」
ふわり、と香る美味しそうな匂いと、僅かに聞こえた軽ろやかなリズムに、なまえはしばらくの間、閉じられていた瞳をゆっくりと開ける。
その瞬間、なぜか心地のよい温かさを感じ、少し上を向いたなまえの瞳に映ったのはゼツのアップ。
「ぜつ、さ…?」
ごしごしと目を擦って起き上がるなまえに、 おはよー。 と白ゼツ。
寝スギダゾ。足ガ痛イ。 と黒ゼツ。
その黒ゼツの発言が最初はどういうことか分からなかったなまえだが、頭が覚醒していくと、次第に自分がどんな状態なのかをやっと理解し、瞬間、肩を跳ね上がらせすぐさま床に飛び降り慌てて土下座。
「すっすみませんごめんなさいいい!!ゼツさんの膝に乗るだけならまだしも、寝てるとか何やってるんですかね私!いや乗るのもあれなんですがというかなんでこんなことになってるかまったく分からないんですけど…あ、れですよね!重かったですよね!邪魔でしたよね!ほんとごめんなさいいい!」
どうしてあんな状態になってしまったのかまったく身に覚えがないようだが、とりあえずなんて恐れ多いことをしてしまったんだ!と焦りまくり。ゼツに謝るなまえ。
「いいよ。なまえの寝顔可愛かったから」
「ありがとうございますっ……って、え?寝顔?………あ、そっか。わたし寝て…うわ、な、なんか恥ずかしいです」
変な顔してませんでした? となまえは赤くなった顔を隠すように覆った指の隙間からちらりと聞けば、 お前の寝顔、みんな最初に見てるぞ。 とデイダラ。
どうやら初対面、気絶させられて連れてこられたことを忘れていた様子。
「ついこの間のことでしたね…」
「おい、なまえ。あそこのゴミ邪魔だから片付けろ」
「はい?ゴミですか?」
忘れっぽいのかな私…と少し悩ましげななまえに、イスに座っているサソリがリビングの扉付近に視線を向け一言。
自然とそれを追うなまえの視線の先には、ぐちゃーと無造作に散らかっている購入品たち。
「わああ!なっ、ちょ、なんですかこれ!」
「あ?お前のじゃなかったか?」
「いや、私のですけどなんで散らかって…!というより…あれ、私いつ帰ってきました?」
デイダラさんと買い物し終わったとこまでは記憶あるのに…と不思議に思っているなまえに、キッチンから鬼鮫がメンバーを呼ぶ声。どうやら晩御飯のようだ。
「うわわ!すみません鬼鮫さん!お手伝いも何もしないで…」
随分寝てしまっていたことに気づいたなまえは慌ててキッチンに向かうと、 今からでも手伝うことありますか? と鬼鮫に尋ねる。
それに対し鬼鮫は、 もう大丈夫ですよ。 と返し、なまえは再び謝罪。もう寝るもんかと、寝てしまった理由も分からずに決心した。
「さ。冷めないうちにいただきましょう」
「「「いただきまーす!」」」
ぱくり。
「ふわわわ…やっぱり鬼鮫さんのお料理は絶品です」
本日のメニューであるビーフシチューを一口含めば、口の中いっぱいに美味しい味。
スープもサラダも何もかも、こんなに美味しく作れる鬼鮫を尊敬したなまえに、飛段は顔をひきつらせ、 ゲッ、お前サラダなんか食えんのかよ。 と聞いた。
「…? はい。美味しいですよね、サラダ」
もしゃもしゃとサラダを食しているなまえの真正面に座っている飛段は、それに対し信じらんねーっという顔でなまえを見る。だが、見られた本人は不思議そうに首を傾げ、見つめ返すだけ。
果たしてそれは一体、飛段がサラダを敵視していることに対してなのか、飛段が傷だらけだからなのか定かではないが、そのことにはあまり深くはつっこまないことにしようと後者は口には出していない。
「なまえ、飛段は野菜を食えない馬鹿なんだ。気にするな」
「なんだよ角都!お前だって食えねえもんあんだろ!」
馬鹿呼ばわりすんな! と隣に座っている角都に食って掛かる飛段に、次はなまえが信じられないという顔をし飛段を見た。
「嫌いなんですか?野菜」
「ったりめーだろ!んなもん食えるか!」
ふんっとイスにふんぞり返る飛段だが、はっきり言ってまったくもって威張れることではない。
そんな飛段になまえは、うーんと少し考えたかと思うと、
「よし!なら私が直々に、野菜を食べられない飛段さんに食べさせてあげます!」
はい、あーん。 と、テーブルに身を乗りだし、自身の皿からプチトマトをフォークで刺して飛段の口元まで持っていったなまえ。そのことに、周りのメンバーたちは少し驚いている様子。
「絶対いらねえ!」
「だめです!好き嫌いはいけませんよ!」
「知るか!」
断固として嫌だを貫く飛段になまえは、 そう言わずにー。 と、こちらも引き下がる様子はない。
そんななまえに飛段は少し頭に来たのか、
「だあああもう!いらねえっつってんだろ!」
ぺしん、カラン、ころん。
上記の音で大抵は理解出来たかと思うが、一応説明しておこう。
1つは飛段がなまえの手を軽く叩いた音。もう2つはそのせいでテーブルに落ちたフォークの音とトマトだ。
一瞬にして、一気に静まり返った部屋には微妙な空気が漂う。それを崩したのは、なまえを心配するデイダラの声。
「なまえ!大丈夫か?うん」
「飛段、オ前イイ加減ニシトケヨ」
「なまえに何か恨みでもあるのか?」
「というより、手は大丈夫ですか?なまえ」
「…飛段、」
「だあああ!なんだよお前ら!俺が悪いっつーのかよ!」
メンバーの責めに納得がいかない様子の飛段は、バンッとテーブルを叩いて不機嫌に。
それを見たなまえはわたわたと慌てて口を開く。
「あのっ皆さん!あまり飛段さんを責めないであげてください。無理矢理食べさせようとした私がいけなかったんです」
だから、ごめんなさい飛段さん。 と謝るなまえだが、やいやいと外野はどうにも治まらない。
「おい飛段!お前のせいでなまえが悪者になっちまったぞ!」
「なまえ、今のは飛段が悪い。謝るな」
「ていうか、野菜も食べれない飛段がいけないんだよ」
もう言葉で押し潰されてしまえ飛段。なメンバーたちに飛段は再度、 あ゛ー! と叫んだかと思うと、軽く舌打ちをし、なまえの前に自身のサラダの器をドンッと置く。
「…な…なんで、しょう、か」
「食わせろ!」
「…え、」
なんて。そんな飛段の発言に、メンバーは内心呆れ、なまえは怖さや申し訳なさからうまく返答出来ずにいた。
「や、でも、あの、」
「いいんだよ!さっさと食わさねえと殺すぞ!」
「ひっ、わっわわわかりました…!」
なんとも理不尽なことをいう飛段に、なまえはびくつきながらもフォークでレタスを刺し、恐る恐る飛段の口元まで運ぶ。
ぱくり
「…ど、どうですか?」
「……激まず…」
まさに顔面蒼白。何度か噛んだあとにしっかり飲み込んだようだが、飛段は口元を手で覆い軽く涙目。
「もっもうしないので安心してください!ほんとにすみませんでした!」
その顔があまりにも酷く本気で可哀想に思ったのか、なまえは申し訳なさそうに謝り飛段に水を差し出す。
「だ、大丈夫…ですか?」
それを一気に飲み干した飛段をなまえは少し不安そうに見つめていると、顔をあげた飛段とぱちり。視線が交わる。
「おい、」
「は、はい!」
「これのお詫びに、今度スペアリブ作れよな」
「、え」
一体何を言われるのかと少し身構えていたなまえはこの一言に呆気にとられたが、飛段は、
「『え』じゃねえ!ちゃんと作れよ!」
と念を押している。
「わ、わかりました。がんばります」
「おう!」
了承したなまえにニカッと笑う飛段。すっかり機嫌も治ったようで、これにて事は一件落着。
やはり今夜も騒がしく、時は過ぎていくようです。
素直を食べてさよなら天の邪鬼
(てことでビーフシチューよこせ)
(えぇっ!?)