「ぷふー。お風呂気持ちよかったー」
ふんふふん、と、静まり返るアジトの廊下に、なまえの上機嫌な鼻歌が響く。
日付が変わったころ、なまえは体を火照らせお風呂上がり。
こんな遅くなってしまった理由は順番も作用しているのだが、まあ飛段のせいなのだ。
一番最後に入浴しようとしていたなまえは、その間鬼鮫の手伝いやらなんやらをしていたのだが、突如、風呂を上がった飛段がトランプをしようと持ち掛けたのだ。
メンバーは、言い出しっぺの飛段に、まったくの初心者であるなまえ。そして無理矢理連れ込まれたデイダラ。
ルールもなにも知らないなまえはデイダラに教えてもらおうと思ったが、飛段が2対1で卑怯だとよく分からないことを言ってきたので、ゲームに参加していないイタチに教えてもらいながら、ゲームはスタート。
イタチの教え方が良かったのか、はたまたなまえの覚えがよかったのか、飛段が弱いだけか。
最初の3戦を制したなまえに、飛段は目に見えるスピードでイライラを増していった。
それに気を遣ったなまえは他のゲームにしようと提案。
しかしそれも、結果は変わらず。
5戦目を終了したところでついに飛段が爆発。
最早なにも手伝っていないイタチを邪魔だから風呂に行けと追い出し、デイダラも飽きたからと部屋を出ていった。
残されたなまえもそろそろ風呂に行きたいと申し出たが、勝ち逃げは許さねえと、角都が飛段を呼びに来るまでの約2時間、ずっと拘束されていたのだ。
わざと負けようにもなぜか負けられなかったなまえは、もう当分トランプゲームとやらを遠慮することに決めた。
かちゃり、
「何か飲み物あるかな?」
リビングの扉を静かに開け、一直線に冷蔵庫に向かったなまえの視界に映ったのは、キッチンでもぞもぞと動く何か。
一瞬体を強張らせたが、キッチンの灯りに照らされて見えたのは、先程、人生初のトランプを教授してくれたイタチだった。
「なにしてるんですか、イタチさん」
ばくんと跳ねた心臓も、正体が分かり少し落ち着きを取り戻し、何やらごそごそとしているイタチになまえは声をかけた。それにイタチは、喉が渇いてな、と返す。
「それより髪が濡れてるぞ。ちゃんと拭かないと風邪を引く」
スッと伸ばされたイタチの手は、少し下にあるなまえの首にかかったタオルを取り、そのまま僅かに濡れた髪へ。
わしゃわしゃと優しく髪を拭いてくれてるイタチに、なまえは照れつつ小さくお礼。
「部屋に戻ったらちゃんと乾かせよ」
「はい。でも、なにか飲みたくてきたんですけど、なんだか小腹も空きました」
先程の飛段との戦いでくたびれたからなのか、軽くお腹を擦るなまえ。
イタチは今食べると体に悪いと言うが、やはり空腹感には堪えられそうにないのか、なまえは困ったように眉を顰める。
「なら何か軽いものにするか…。それなら大丈夫だろう」
仕方なしではあるが許しを出したイタチに、なまえは あ、でも… と思い出したように続けた。
「私、なにか食べてもいいんでしょうか?」
たまにデイダラなどがお菓子を食べていたりするのを見ているなまえだが、皆、個人のものは個人のもの、と割り切っているようだったのか、自分は何も買い込んでいない、と思ったなまえ。
イタチも言葉の意味を理解したのか、それを聞いて、棚からひとつ和菓子を取り出した。
「これで良かったら食べるか?」
「え…あ、でもそれ、イタチさんのじゃ…」
差し出されたそれは、串に刺さった団子。
軽いもの…? と、イタチの言ったことと出されたものの違いに内心ハテナが浮かんだなまえだが、わざわざ自分のであるお菓子を出してくれたわけだし、お腹減ってるし…と申し訳なさそうに、ちらりとイタチに視線を戻す。
「気にするな」
「うー…。そう言われましても… あっ。じゃ、じゃあ、」
「?」
いろいろな葛藤の中、浮かんだひとつの考え。
次にハテナを浮かべたイタチの手を握るなまえは、どこかへとその手を引っ張った。
・
・
・
「わー!きれー!」
するり、と心地よい風が頬を撫でる。
今いるのは、見晴らしのよいアジトの屋上。
気温もそこそこ、おまけに満月、その光を少し先の湖が反射し、キラキラと光っている。
その光景にはしゃぐなまえの後ろには、羽織を持ったイタチの姿。
「はしゃぎすぎて落ちるなよ」
「はーい!」
先程のなまえの提案はこうだ。
1人で、しかも人のものを食べるのは気が引ける。だったらイタチさんも一緒にどうですか?と、深夜のお茶会にイタチも誘った、ということ。
一通り辺りを満喫したなまえは、イタチの傍に駆け寄り、すとんと腰を下ろす。
イタチは手にしていた羽織をなまえにかけ、自身も腰を下ろした。
「だめですよ。イタチさんも風邪引いちゃいます」
だから、はい。 と、大きめのその羽織を半分イタチにも掛け、運んできたお茶を啜るなまえ。
イタチも静かにお茶を口にした。
「…静かで、いいですね」
しばらくお茶や和菓子を堪能していたなまえが、一息ついたように言った。
「まわりに何もないからな」
「でもそれがいいですよね。それに、とても綺麗で飽きません」
未だに湖を見つめるなまえは、その遥か上に在る月を見た。
「お月さまを誰かと見たの、久しぶりだな」
独り言にも取れるその言葉に、イタチは視線を月からなまえに移す。
なまえの瞳は、涙で少し潤んでみえた。
「……後悔、しているか?」
ぽつり。
薄く開いた唇から漏れたその言葉は、果たしてなまえにか、それとも──。
「えっと…後悔って、何にですか?」
月を映していたまあるい瞳。交わる視線。
なまえの表情に、もう哀愁は感じとれなかった。
「リーダーのせいとはいえ、無理矢理こんなところに連れてこられて、なまえは嫌じゃなかったか?」
人違いなんて理由で、犯罪者の集まりである暁に連れてこられたなまえを、イタチはずっと心配していたのだ。
里はないと言っていたが、家族や友人、恋人がいるかもしれない。今ごろ心配しているかもしれない。
本人がここにいることを望んだとはいえ、“帰す”その選択肢を勝手に奪ったのは我々なのだから、と。
「え、あ、まあ…ですね。そりゃあ最初はびっくりしましたよ?目が覚めたら目の前にはたくさんの人たちでしたし、手は拘束されてるし…でも、まだ少ししか居ないですが、今は楽しいですし、皆さんが良くしてくれるので嫌じゃありません」
少しきょとんとしたあと、また少し考えて、そしてそう言うなまえの笑顔は紛れもない本物で。
それはこの言葉が本心であることを物語っていた。
「家族はいないのか?」
「あれ?言ってませんでしたか?私捨て子でして、私を拾って育ててくれたおばあちゃんがいたんですけど、ついこの間亡くなっちゃって……だから、殴られた時は痛かったですけど、居場所をくれたリーダーには感謝してるんです」
えへへ。と照れ臭そうに笑うなまえに、イタチは何も言わなかった。
なまえが良いのなら、それで良い。
独りの悲しみを背負わせるくらいなら、こんなとこでも居た方がいいのかもしれない。
月明かりの中で笑う少女の、辛さも悲しさも寂しさも、すべて自分が受け止めよう。
ずっと、こうやって笑っていられるように。
「…何かあったら頼れよ」
「はい!心配してくれてありがとうございます、イタチさ──くしゅん!」
「大丈夫か?そろそろ中に戻るか」
「うぅ…はぁ、い」
光る湖を横目に。湯飲みとお皿を持って。アンバランスに掛かる羽織が落ちないように寄り添って、笑って。
草木も眠る、月の綺麗なミッドナイト。
目撃者は、お月様ただひとり。
25時の密会
(おやすみなさい。そしてまた明日)