「はぁ〜っなんとか乾いた!」
ばさぁっと、青い空に真っ白ふわふわなシーツが舞う。
食事をした後、急ぎで洗濯物を干してよかった。
今日の暖かい天気のおかげで、どの洗濯物も短時間でしたがちゃんと乾いてくれました。
「お日様のいい匂い〜えへへ」
最後に取り込んだ外套を腕に抱えて、ぽふん、と顔を埋める。
ふわっと包まれる、お日様の柔らかい香りと暖かさは、やっぱり気持ちがいい。
「おい、人の服になにやってんだ」
「!」
このまま埋もれて寝てしまいそうだなぁなんて立ったまま思っていたら、不意にかかる低い声。
もちろん聞き覚えはあるもので、ハッと顔をあげればサソリさんが眉間に皺を寄せた顔で私を見ていた。
一瞬、わけがわかりませんでしたが、窓の近くまで来たサソリさんの言葉と表情から察するに、あの、その、
「す、すみませんんんん!取り込んだこのお洋服がとっても気持ちよくて…!サ、サソリさんのだとは露知らず…っ」
洗い直します!! っと地面に頭をつけ服を献上するような体勢で土下座したら、 顔をあげろ。 とまるで王からの一言。
おずおずと言われた通り顔をあげれば、サソリさんは部屋の中に立ったまま差し出された服を取り、ひょいっと部屋の中に投げた。
「ぁ…っ…!?」
洗濯物が!と投げられた外套に目が向けば、ふっと戻された視線。
視界にいきなりアップで映ってきたサソリさんと、体にかかる重み。
支えきることができなくて、尻餅をついてしまった。
「!サソリ、さん…!びっくりしますよぉ!」
お怪我なされたらどうするんですかっ。 と、自分のカバーできないくらいのひ弱さをサソリさんのせいにするわけではありませんが、いきなりジャンプしてこられたらどうにもできません!
「大丈夫ですか?受け止められてました?わたし」
よいしょっと、とりあえず尻餅状態から脱出しようと、抱きついてきているサソリさんを抱えて立ってみる。
お尻についた葉っぱを片手で払えるくらいなのだから、小さくなったサソリさんは軽いのでしょう。抱きついてくれているからもあると思いますが。
なんにせよ、答えてはくれませんが見た限り怪我もなさそうで安心しました。
取り込んだ洗濯物を入れた籠を少し横へずらし、腰掛けにサソリさんを抱えたまま座る。
見上げるサソリさんとぱちりと目があった。
「ちゃんと本人抱いとけよ」
「へ?」
くるり、と、それだけ言うとサソリさんは身を捩って前を向いてしまった。
私から見えるのは、もうサソリさんの瞳じゃなくて、ふわふわの赤い髪。
サソリさんの言いたいことはわかりませんが、感じる雰囲気がいつもと違う気がします。なんだろう。
でも、それとは別に、思ったことがひとつ。
小さいからではないと思う。
けど、いつも格好よくて、クールで、大人のサソリさんが私の中のサソリさん。だから、
「…甘えたさんのなのも可愛いです」
無性にそう思ってしまった私はいけませんか?
でも当の本人であるサソリさんはやっぱりその言葉がお気に召さなかったようで、私の足の隙間で立ち上がり、両手でほっぺたをつねってきた。
「いひゃい!いひゃいでふひゃそいひゃん!」
「俺はひゃそいさんじゃねぇ」
「やっへー!」
だって話せませんもん!と言いたくても言えない状況に、サソリさんは更に 甘えたさんでもねぇよ殺すぞ。 と付け加えてきた。
「ごめんなひゃいれす…っ」
「ククッ……ひでー顔」
むにむにぺちーんっと、最後に思いっきり引っ張って離したサソリさんは、私の顔を見ておかしそうに笑った。
「ほっぺたのびました…」
「自業自得だ」
いてて…と両手でほっぺたを包んでいれば、満足したのかサソリさんはもう一度、ぽすりと私の膝に座る。
ああ、やっぱりなんだか、
「サソリさん、」
「なんだ」
素直な気がするのは気のせいでしょうか。
「いえ…。あの、少しだけ、撫でてもいいですか?」
「…好きにしろ」
いつもなら考えられないサソリさんだなと思った。急にどうしたのか心配になりましたが、大人しく撫でられながらなにかを想っていそうなサソリさんに、わたしは口をつぐんだ。
追及するべきではないと思ったんです。
それでも、サソリさんの髪に触れて思ったのは、大人になると、撫でられたり、こういうことされることはほとんどなくなること。
まして、里を抜けて、暁に入って、いつからサソリさんがここにいるのかはわからないけれど、私だってたまに感じる。無性に、人と触れたいと思うときが。傍にいて、ずっとこうしていてほしいと思うときが。
叶わなくなったら、尚更強く感じる、満たされない人恋しさ。
果たしてサソリさんが私と同じかはわかりません。でも、今のこの状況を拒まないでいてくれるなら、私はそれを壊したくない。
「………」
そっとサソリさんのお腹に腕を回して、小さな手に触れる。
わかってはいて、納得もしたはずなんです。それでも、伝わる温度に、心が痛いと言った。
「…冷てぇか」
「………」
「俺はなんにも感じねぇ」
変わらずどこかを見つめたままサソリさんは言った。感情のこもってない声色。
その言葉の重みは、サソリさんの背負ってきたもの。
きっと、すべてを理解することは私には到底叶わない。
でも、私は思うんです。
忍だからなんて理由、いりません。
背負わなくていい辛さだってあるはずなんです。
「サソリさん」
「………」
「ずっと一緒にいましょう」
なにかできるなんて思わない。
それでも、なにかしたいと思った。
辛さを背負うこと、サソリさんが求めること、私に出来ることをしたい。
それが拾ってもらった私の役目だと思った。…ううん、そんな難しいことじゃない。辛いのなら、半分こしたら楽になる。単純な理由。
知らず知らずのうちに力のこもっていた腕の中で、サソリさんはこちらに向き直る。
ぽろぽろと溢れる涙が、頬を伝ってサソリさんの手の甲に落ちた。
「…プロポーズか?」
「…ふぇっ?」
綺麗な瞳が私を見上げる。
潤んで映るサソリさんはじっとこちらを見つめ、その言葉に止まらざるを得なかった涙は最後の一滴を頬に滑らせて、立ち上がったサソリさんの袖を濡らした。
「お前に俺の妻が務まるとは思えねぇが」
「や、え?あの、さそりさん、」
「あいつらにやるのも癪だしな」
見下ろす綺麗な顔がふっと笑う。
ああ、見惚れるってこういうことを言うのでしょうか。
いつも見ない、柔らかくて、優しい笑み。
弁解も言えず、反らすこともできない。
だから触れられるまで気づかなかったけど、いじられたり涙で痛んだ頬が、冷たい両手で包まれる。伝わるそれが、なんだか気持ちよくて。
「将来、ちゃんと誓えよ」
硝子玉のような赤い瞳と、触れそうになる唇。
サソリさんの一つ一つに苦しいほど心臓がばくばくして、顔がとても熱い。
きっと、サソリさんの髪に負けないくらい真っ赤なんじゃないかと思います。
感覚が研ぎ澄まされて、息がかかる距離に頭の中おかしくなりそうで、でも、サソリさんの綺麗な顔から目が離せなくて。
悲しいとか痛いとかじゃないのに、また瞳が潤んできた。
ドキドキが苦しいから?
きゅっとくちびる結んで耐える。こんなの初めてだ。
私がそんな、真に受けて慣れてない反応だから困ったのかな。
サソリさんは眉をひそめ、見上げる私の視界から、すっと一瞬、外れる。
重みがなくなって寂しくなった足へ、また戻る気持ちのいい重み。
そのまま流れるように私に寄りかかったサソリさんは、 その顔あいつらに見せんなよ。 と言うと、そのまま、 少し寝る。 とぶっきらぼうな言葉だけ残して、小さな手を重ねてきた。
急な展開にわけがわからなくて、なんでこんなふうになってるのかとか、いろんなこと思うけど、今だ冷めない熱さと心臓が苦しくて、なにも考えられない。
きっとサソリさんのことだからおちょくっているだけなんだろうけど、格好いい人はむやみやたらにこういうことしちゃ駄目ですよ。
息つく暇もなかったから、今やっと、サソリさんの睡眠を妨げない程度の少しの深呼吸。
重ねられた手を少しだけ強く握り直して、私も壁に身を預ける。
やらなくちゃいけないことはまだありますが、今は、私もサソリさんと一緒にお昼寝することにします。
だってこのままじゃ、いつになっても熱いのもドキドキも、おさまりそうにないんですもん。
繋ぐ手のひら、温かくて泣きたくなった
(夢か)
(現か)