急須からもれる湯気が、ゆらりと廊下を進む。
小さめのお盆には、急須と、今の自分には大きめの湯飲みが二つ。
これは、今日一日迷惑をかけたなまえに用意したもの。
大変な一日だったのは、私より彼女の方と思うのだ。

朝から飛段のおかげでこのような体になり、不便極まりない一日だった。
元に戻す薬の話や、変化でどうにかならないかを試みたが、薬は試作のためそのようなものはなく、チャクラコントロールも子供以下なのか上手く変化さえも出来なかった。
小さな頃から優秀な殺人教育を受けてきたはずなんですがねぇ、と、砂の天才造形師に大きな溜め息をついた。

なまえの過ぎたスケジュールとしては、夕食の支度やその片付け、皆が入浴したあとの風呂掃除に加え、やれ髪を乾かせだやれ暇だから構えだと子供たちの相手までしていた。
本人も笑顔で楽しそうではあったが、来てからそう月日は経っていない。きっとまだ不馴れなことだらけ。多少の疲れはあると思う。

そんななまえに、一息でもついてもらいたくて、淹れたお茶。

普段イタチさん以外に進んで淹れることはあまりないが、彼女に、少しでもゆっくりとした時間を過ごしてほしい。
少しでも、今日の疲れをとれるなにかを、してあげたかった。

忍刀七人衆なんて呼ばれた私が、自分でも、不思議で仕方ない。
たった一人の、娘のために。



(おや、灯りが漏れてますね)

そろそろではあったが、彼女の部屋の近くまでくると、僅かに開いた扉から光の筋が差していた。
あまり遅くない時間と言えど、明かりをつけたまま休んでいる可能性もある。
それも考え、起こさぬ程度の控えめなノックをしてみると、中からは疲れを感じさせない明るい声が返ってきた。

「はーい!…あっ、鬼鮫さん!」

「すみません、おやすみ中でしたか?」

「いえ!起きてましたよー」

どうぞです! と笑顔で中へ通してくれたなまえに、 お邪魔しますね。 と断って部屋へ入る。

殺風景というのか、各部屋に元からあった物以外置いていない室内。
この間、デイダラと買い物に行っていたはずだがその様なものは見当たらなく、大方衣類や必要最低限のものだけを購入したのかと思うが…。
まったく、彼はそういうところが気が利かない。まだまだ子供だ。
女性の部屋には、もう少し華やかさがあっていい。
今度、任務帰りになにか見繕ってみましょうか。

「なまえ、今日は本当にお疲れさまでした」

それとありがとうございます。 と、言葉と一緒に持ってきたお茶をテーブルの上へ置かせてもらえば、なまえは慌てて謙遜の言葉と、 私が入れますよ! と持ってきた急須に手を出した。

「いいんですよ。これは私の気持ちです」

だから座っていてください。 と、困惑するなまえをソファーに座らせ、とぽとぽと湯飲みにお茶を入れる。
お礼を言うなまえは、ここでよければ座ってください。 と、ソファーの隣を少し開けてくれ、その言葉に甘えて、そこでお茶を啜った。

「ふぁ〜。さすが鬼鮫さんです。お茶もおいしい」

「ふふ、ありがとうございます」

ほっこりしているのが伝わるなまえは、お茶ひとつで柔らかく笑う。
それにつられて自分の口元も緩むのがわかるし、感じたことのない気持ちで満たされる。

彼女がここに来てまだ日は浅いが、いる間の犯罪者たちの雰囲気が変わったのは、本人たちも気づいているのだろうか。
もちろん任務に支障をきたすなんてことはないし、自身を含め冷徹さはなにも変わっていないと思う。
けれど、ここにいるときだけは、なにかが変わる。
必要な感情かはわからないが、少なくとも、悪くは思わないので良しとしている。
犯罪者たちが、血に濡れた手を、心を、一時だけでも忘れられる。
それを薄められる、たったひとつの泉のように思う。
自身を含め、ですよ。もちろん。

「ふふ、鬼鮫さんが私より小さいなんて不思議な感じです」

「背は暁一ですからねぇ。こんな体験は初めてです」

「皆さん本当に可愛らしい限りでした!」

「でも疲れたでしょう?本当に、今日はご迷惑をかけました」

「えっ!そそそんな迷惑なんて…!全然疲れてませんよ!む、むしろ私役に立たなすぎてませんでしたか?」

鬼鮫さんの指示を仰いだり隣にいてお手伝いしてもらったり、私一人でできたことなんて…。 と指折り数えるなまえに、お茶のせいとは言いません。心が和らいだ。

人間なんてどうでもいいと思っている。殺しの対象くらいにしか考えていない。
それでも、目の前の、太陽のような彼女だけは、違う。その顔を曇らせたくない。

なまえの前では出来るだけ忍の話や任務の話、こちらの世界の話はしないよう皆で決めた。
心優しい彼女を泣かすことは、皆望んでいなかったのだ。まぁ、泣き止ますのが大変ということもありますが。

住む世界が、生きてきた世界が違う。
引っ張りこんだのはこちらだからこそ、責任は持つ。
最初の日の取り決めだった。

皆なんやかんやとなまえにちょっかいを出したり関わったりしているが、犯罪者だ。一人の娘に執着なんて、きっと普通はしないのだろう。
それでも、なまえがここにいる。
彼らを、私を、犯罪者でなくしてくれる。
その居場所を、世界を、持っている。
だから皆、知らず知らずのうちに惹き付けられているのだろう。
彼らの代わりに、なんてしたくありませんが、救われているのは自分もなので。

「ありがとうございます、なまえ」

「? …あ!こちらこそ、毎日ありがとうございますっ」

微笑みお礼を言う私に一瞬ハテナが浮かんでましたが、なににピンときたのか何倍もの笑顔でお礼を返すなまえ。
こういうところも、きっと皆を好きにさせるひとつなんでしょう。

「私もそうですしね」

「?」

「いえ、なんでもありませんよ。そろそろ邪魔も入りそうですし」

「???」

せっかくなのだから空気を読んでほしいと彼らに溜め息をつく。
今くらい私に譲ろうとか、少しくらいなまえを休ませようとか、そうは思わないんでしょうかねぇ。
自分勝手で、皆さん本当に子供だ。

「今夜、ここで寝てもいいですか?」

獣だらけのここじゃ、自分の身は自分で守らないといけないと教えても、きっと鈍感でわかってもらえないでしょう。
まぁ、いいです。その役目は私が担いますから。心配いりません。

「! お泊まりですか!?全然構いませんよー!」

「ありがとうございます」

まったく。構ってほしい気持ちも芽生えてほしいものだ。
やったお泊まり会!と時間に似合わずはしゃぐなまえに、小さく溜め息をつく。
彼らが来るんじゃ、なにしでかすかわかりませんからねぇ。
いっそのこと、削いでしまいましょうか。





なんてったて愛しい子
(はーい!どちら様ですかっ?)