「サソリさーん、お薬いただけますか?」
キィ…と控えめに開いた扉からひょこりと中を覗き込むように現れたなまえに、サソリは机に視線を落としたまま入れと告げた。
昨日の朝の事件から一夜明け、サソリの薬のおかげか献身的なメンバーもいてのおかげか、いつもと変わらないほどに戻ったなまえ。
だが念のためと今日一日はサソリ調合の薬を飲むことを命ぜられ、昼食後、サソリの部屋まで赴いた。
「おい、」
「ひっ!はい!」
「変なとこ触んじゃねぇぞ」
「見─」
「見るのも駄目だ」
「っす、すみません…」
ヒルコの一件のときは目を逸らすこともできずヒルコだけを見ていたなまえ。
此度は中々サソリの部屋の中をじっくり見るなんてことできないからと、棚に飾られた大量の薬品や文書をまじまじと鑑賞するようにサソリの方へ遅すぎる歩みを進めていたが、入ってきたとき見向きもしなかった目がぎろりとこちらを向き、なまえはしょんぼりとサソリへの歩を早めた。
「どうだ、具合は」
「サソリさんのお薬のおかげでこの通りです!ありがとうございますっ」
「よかったな。恩は返せよ」
さらさらと、どうやら机の上で物書きをしていたサソリは視線と筆はそのままに、くるりと回って元気であることを示すなまえへ、元はといえば誰のせいなのかを棚上げした台詞を言ってのける。
だがそれに対し、 もちろんです! と答えるなまえは嫌味など通じない相手なのだとサソリは思い直し、 あ、そういえばなんですが…。 と思い出したようになまえは言葉を続ける。
「このお薬、副作用とかありますか?」
「あ?なんか出たか?」
「いえ!ただ飛段さんとかがですね、サソリさんのお薬だからなんか入ってるんじゃないかと聞いてきたので…」
「あのクソガキ殺してくるか」
「えっ!?だだだめですよサソリさん…!」
「立派なクレームだ。安心しろ、あいつは死なねぇ」
「私ちゃんと治ってますから大丈夫ですよって言いましたから!」
がたりと席を立ち上がったサソリの手を慌てて掴み止めるなまえに、これくらいの制止どうにでもなるのだがとサソリはちらりとなまえを見る。
行かせまいと必死に自身の方へその腕を引っ張っているなまえに、サソリは軽く溜め息をつき体の力を抜いた。
「あの馬鹿が言ってたことはそれだけか」
引っ張る力も自身の抜く力に比例して弱まり、どかりと椅子に再び体を預ければなまえは安心したようにふっと笑顔を見せた。
「えっと…飛段さんですか?」
「馬鹿は多いが今回は飛段のことだな」
「あとですね…って!だめです!馬鹿はだめですよサソリさん!」
「うるせぇな。いいから続けろ、要領得ねーなお前は」
「でも─」
「俺は待たされるのが嫌いなんだよ」
「ひぃっ!ごごごごめんなさい!言いますからヒルコさん動かすのはやめてください!」
「早くしろ」
「えっと!その!副作用のことだけです! …あ、でも飛段さんもお薬詳しいんですね。ホレグスリ?っていうものが入ってるんじゃないかって言ってまして、頷いてたので皆さんもそのお薬知ってるみたいでした!」
皆さん博識ですごいと思いました!なんて、皆の言葉を思い出して尊敬からか興奮からか笑顔で答えるなまえに、リビングにでもいたであろう他メンバーへ眉間の皺を増やすサソリ。
あいつらは俺のことなんだと思ってやがるとイラつきが1アップしたが、目の前でにこにこと事を語るなまえを見て、サソリの表情が少しだけほどけたように柔らかくなる。
先ほどまでの露出するほどのイラつきが見てとれなくなり、ふっと、小さく口許をあげた。
「惚れ薬、な…」
「はい!どんなお薬なんでしょう?作るの難しいですか?」
「さぁな。生憎、今まで作る機会に恵まれなかった」
「え!そうなんですか?」
「まぁ作ることも難しくねぇだろうし投与してぇやつもいなくはないが…」
「?」
「あいつらに言っとけ。そんなもん使わなくても、もう俺のもんだってな」
「? わかりました?」
自身を見てにやりと笑うサソリによく分からずハテナを浮かべるなまえだが、サソリは再び、机の上の巻物に筆を走らせる。
「そういや馬鹿リーダーが帰ってくるそうだ。お前が体調崩したのを伝えたらすぐ戻るとよ」
「え!リーダーお仕事中じゃないんですか?というよりまた馬鹿なんて言って!」
「お前も馬鹿だろ。何回も同じやり取りさせんな」
「私は自覚してます!でも他の皆さんは馬鹿じゃな─」
「あーあーうるせぇ。とっとと薬取って出てけ」
そこの右端に置いてあるだろ。 と、最初同様視線も寄越さず自身の机の前に綺麗に並んでいる薬瓶をさすサソリ。
すっかり薬をもらいにきたことを忘れていたなまえだが、見られることも悟られている様子もないので惚けることにして、サソリの前に並んでいる一番右端の薬瓶から、錠剤をひとつ、手に取る。
不思議そうにその一粒を見つめるなまえは、昨日飲んだものとは別物だと思っているようだがサソリも忙しそうで聞くのが申し訳ないこともあり、きっと違う効果の薬なのだろうと口の中にそれをコロリと入れる。
「? おい、俺から見て右端だからな」
視界の隅に捉えたのか、伸びる手と消えた瓶の場所を不思議に思い顔をあげるサソリに、空しくも、水を飲み込む音が聞こえた。
ごくん
真昼に落ちた流れ星
(それはそれは困ったもので愛しいもの)