夕飯時。出来上がり前の美味しそうな匂いが部屋を占める中、角都の膝上で上機嫌そうにゆらゆらと揺れるなまえ。
先程まで羽織ったままだった大きな外套はペインと小南が買ってきたぴったりサイズのワンピースに変わり、髪には小南とお揃いの花が飾ざられている。

「かくず、ごはんなんだろうねぇ?」

ぽすんと身を後ろに倒して角都を見上げるなまえは、キッチンで支度をする鬼鮫と小南を目で追い、このあと出てくるメニューが気になっている様子。

「嫌いなものはないのか?」

「ない!」

「あの馬鹿とは大違いだな」

「かくずのおとなりでごはんたべていいでしょー?」

「他でも構わんぞ」

「やっ。このこたちも、なまえとおとなりがいいって」

「?」

角都の隣発言にぴくりと反応した数名のことは後にして、“この子たち”と言われた人物に角都は首を傾げる。
ここにはいつものメンバーしかおらず、そのメンバーをなまえが“この子たち”と呼ぶはずもないからだ。

ならいったい誰のことを指しているのかと考えを巡らす角都に、なまえは寄りかかっていた体を直し角都の方へ向き直ると首筋にぎゅっと抱きつき、その背中へと手を伸ばす。

「ずこっくと、あつがいと、どむ、ぎあん」

「!」

「みんなはごはんたべないの。でも、おとなりがいいね?」

なでなで、と、なまえの小さな手が自身の術である、頭刻苦、圧害、土矛、偽暗の4体を撫でる。
なぜ、この幼女は、その存在を知っているのか。
角都本人も無論、術として使っている彼らと会話などできないし、存在自体を大人のなまえにすら見せたことも言ったこともない。なのに、なぜ。

一番驚いたのは角都だが、会話を聞き取れたメンバーも少し驚いたようにその行為を見ていると、近づいてきたペインがそっとなまえの頭を撫でた。

「よかったな、なまえ。名前を教えてもらったのか?」

「うん!ぼくたちねーっておはなししてくれた!」

「そうか。4人はなんて言っている?」

「んーとね、かくずけちんぼだから、あんまりおそとだしてくれないねって」

「そんな角都が嫌いだって?」

「そんなことないよ?だってかくずやさしいもんね?」

よしよし。なんて、背中のお面を服越しに触れるなまえは、本当に会話ができているのかを疑わせないほどの笑顔で、どうにも嘘のようには思えない。
それは角都が一番感じているようで、なまえが声をかける度、触れる度、4つの心臓がどくんどくんと強く脈打つのが伝わるからだ。

ペインの意味の含んだ問いかけに角都は若干眉間に皺を寄せるが、 今度遊んでもらったらいい。 とのペインの提案に、喜んで返事をするなまえと、心臓。
奪って手にいれた、ただの術のための臓物に、感情などあったのか。

確かに最近は手強い相手もおらず4体を使うことはなかったし、出したところで、感情のないただの術のひとつ。今になって思えば、随分と酷く扱ってきた。
自我なんてものがもし、あったとしたら。きっと恨まれていたと思う。自分を殺し、なおかつ奪ったわけだ。
しかしそんな術者の自分を嫌っていないと、言葉を通して彼女は言った。
こんなことを知る機会がくるとはな、と、角都は自嘲気味に鼻で笑った。

「まったく。とんだ女だな、お前は」

「?」

未だに抱きついたままのなまえを持ち上げ膝に座らせると、なまえもパタパタと足を動かし遊べる日を今から心待にしていると角都に告げた。
そんな楽しみなことや幸せなことがたくさんのなまえだが、上機嫌であるのは彼女くらいなもので…。

先程、角都に抱きついたなまえのときもそうだが、絶賛不機嫌なメンバーがそこらへんにちらほら。
一番は、腕の中が空っぽになったサソリだろうか。
同じくなぜか最初から不機嫌な飛段の真向かいのダイニングチェアで、同じく不機嫌に、なまえと角都を睨んでいる。

サソリから自身の腕の中にいるよう言われていたなまえがなぜ、“本来いるべき場所(サソリ談)”にいないのかというとそれは簡単で、小南からサソリの傍なんて危ないからと引き離されたからである。

もちろんそれにサソリは意を唱えたが、普段いない小南の圧力に屈し、今はイラついた様子でソファーで祖父と孫のようにくつろぐ角都となまえを見ている。というわけだ。

だがなぜ角都なのかというと、小南の圧力的采配だが、下心のあるゼツは駄目。デイダラも駄目。イタチも平常を装っているだけで駄目。飛段はなぜかイラついてるしで、消去法でのおじいちゃんであった。

「なぁ、そういやなんで、なまえは記憶もなくなってんだ?」

クールなのかなんなのかよくわからないが、比較的平常通りに入るデイダラがこの微妙な空気を壊すためと本当の疑問もありサソリへ質問を投げ掛けるが、その恨み辛みの視線は一点からまったくずれない。

「……」

「…おーい、旦那」

「あぁ…?」

「聞いてんだけど」

「なんだよ」

「永久とやらの耳整備しなおすか?うん」

「切り落とすぞその髷」

結果殺伐しさしか増さないのがこの組織である。
いつも喧嘩はダメですよと止めに入る少女がいないだけで、一髪触発。
自分が集めたメンバーとはいえいつもこんな感じなのか、と、ペインが溜め息をついたと同時、 なんでなまえの記憶なくなってんのってさ。 と、会話に割り込む声。
出所は、床から生える、久方ぶりに見るゼツのアロエ部分。

「わぁ!ぜつ!」

「ただいまーっなまえ」

床から生えてきたゼツに驚くわけでもなく、角都の腕の中でぱぁっと顔を喜ばせるなまえ。
そんななまえの両頬を、ゼツは指先で軽くむにっと包んだ。

「………」

(コレクライイイダロ…)

「? ぜちゅっ、ぽっぺ!」

「アア、悪イナ…」

キッチンから感じる小南の圧力に内心溜め息のゼツは、なまえの頬を包んだままの手を離すとサソリへと視線を向けた。

「で、なんで?」

「…飲むか吹っ掛けるかの差だ。体内に取り込んでんから記憶にも影響するし体だけ縮む」

「へぇー。なんのための薬なのって感じ。サソリの趣味?こっわ」

「殺すぞ」

「まぁでもちっちゃいなまえに会えたから良しとする。敬語じゃないなまえもめずらしいし?」

睨むサソリを横目に、ゼツは よいしょ。 と角都の膝上に座っているなまえを持ち上げると、床にそのまま優しく降ろす。
急にのことにハテナを浮かべるなまえと、その前に屈んだゼツ。
はい。 と、真っ赤なものを差し出した。

「! いちご!」

ゼツの手にある小さなかごの中には、鮮やかな色のイチゴがたくさんに入っていた。

「なまえ好きだって言ったでしょ?取ってきたんだよー」

なまえの傍を自ら離れるような彼らではないが、どうにもそういう理由だったらしい。

物で釣ると受けとるか、本当にただの好意からか。
どちらにしろその行動が気に入らないメンバーと、そんなこと知る由もないなまえ。
自分の好物であり、わざわざ自分のために取ってきてくれた嬉しさにじわじわと赤く頬を染め、喜びでいっぱいのよう。飛び付くようにゼツに抱きついた。

「〜〜っ!ぜつ!ありがとう!」

「なまえ嬉しい?僕のこと好き?」

「うれしいよ!ぜつすき!」

言葉巧みに、小さい子を自身の欲望へ導いていくゼツに、まわりもそろそろ調子乗んなと臨戦態勢に入る。
そして次にその口から出た言葉は皆を駆り立てるには十分であり、

「じゃあ僕と結婚する?」

けれど、一番早く動いたのは、やはり小南であった。

「けっこん…?」

「そう。好きな人とずーっと一緒にいられる魔法だよ」

「! す──」

シュカッと小気味良く、床に刺さる紙で出来た鋭い風車。
言葉半ば。言いかけたなまえの言葉はその口元を包む小南の手に消え、目の前にいたはずのゼツも姿を消し代わりに風車が咲いている。

一瞬のことに目をぱちくりさせるなまえと、その後ろで小さく舌打ちをする小南。
咲いた風車をひとつ、抜いたゼツが不機嫌そうに床から姿を現した。

「…ちぇっ、あと少しだったのに」

「ゼツ、あなた随分と死にたいようね」

「そうでもないけど?」

「言ットクガ小南、オ前ニ邪魔サレル筋合イハナイゾ」

食事ができましたよー。 と、声をかける鬼鮫と、その支度をするペイン。
それ以外のメンバーはゼツへの怒りが空振りに終わったが、小南が加わったのではもうどうしようもない。
成り行きを見る組と食事の支度を手伝う組に自然と分かれ、その傍ら、挟まれているなまえを心配してデイダラやペインが二人に声をかけるが、その言葉は火花を散らす二人には届いていない。
じぃっと見上げるなまえの瞳は、争う二人と、支度をするメンバーたちを交互に追う。
そこに、大人げなくも矛先が向かった。

「なまえは?ね?したいよね?僕と結婚」

「だめよなまえ。こんなのと結婚なんて」

お互いが折れないことを熟知しているのか、争う二人は自分への肯定の言葉を期待するように、なまえの顔を覗き込む。

「おい、お前ら」

子供のいる場での行動にそろそろ放っておくつもりもないのか、ペインも強行で止めるつもりで動けば、答えを求められたなまえは二人を見上げたままぱかっと口を開いた。

「ふたりとも、もうごはんだよ?」





君が言うならそれが正義
(今後なまえを巻き込んで争うな。それができないならゼツ、お前も任務に同行させる)
(わかった、ごめんって)
(小南もだぞ、子供の前でなにしてる)
(…ごめんなさい)
(((なんだかんだリーダーなんだな)))