早朝。
深く漂う霧の中、アジトへと向かう二つの影。
少しばかり疲れた表情のペインと小南は、お互いの心配の種であるなまえの事を口にしながら、足早に帰路を辿っていた。

「ペイン、急いで」

「気持ちはわかるがっ、落ち着け」

ハイペースな小南を心配するも、詰まる想いはその子の顔を見ないと落ち着かないのも分かるのか。
言葉すら置いてきぼりにする小南の後を、ペインも遅れないようにと必死に追う。

「あ、けて、ペイン」

高く重く聳え立つ岩の前。
肩で息をする小南の横をすり抜け、そっと壁面に手を当てるペインも、若干息が上がっている。

逸る気持ちを抑えて、結界を解いて、空いた隙間から空気が流れ込む。
普段は気にしない開閉のスピードが今はもどかしく感じるのか、体がすり抜けられる間が出来るや否や、小南は 先に行くわよ。 と、相方に告げ小走りで待ち人の部屋へ。

この時間なら寝ているはずだが、寝顔でも、ちゃんと顔を見て安心したいと。
笑って見送ってくれた。けれど、それは強がりではなかったのか。寂しい思いをさせていたのではないか。
昨晩の自分の選択が間違いではなかったのかと、任務中幾度も思い返した。
やっとの思いで帰ってこれた、部屋の扉。
頭の中を巡る考えと、僅かに上がった息を整え、控えめにノックを数回。
返事がないのは、寝ているからなのか、なにかがあったのか。
開けるまでわからないこの状況。
前者でなくてはならない。そう祈って静かに取っ手に手をかけ開いた扉の先には、安らかに布団にくるまり眠る、なまえの姿。そして、

「? 小南?なまえは…」

「殺すわ」

「なんだって?」

扉が閉まるのを見届け、やっと追い付いたペインへ物騒な言葉が飛ぶ。
名前に対してなにを言っているんだと、殺気を放つ小南の後ろから部屋の中を覗けば、ベッドの中でもそりと動く、なまえにしては大きすぎる、銀髪の、

「んだよ…誰も帰ってこなくてよかったのに…」

「んぅ…ひだ、ん…? あ、こなんとぺいん!おかえ─」

「…し」

「あ?」

「死になさい!!飛段ッ!」











「話を聞くのも頭痛がするな」

霧も晴れ、陽も空へと登り始めた頃。
任務についていた他のメンバーも続々と帰還し、最後。
リビングの扉を開けた角都の目には、不機嫌な面の揃ったメンバーと、ソファーに座り、上機嫌な幼女を抱えたボロボロな相方の姿。
人一倍不機嫌というのか殺気を放つ小南を見て、相方の体の傷は誰につけられたのかすぐによくわかったと同時、 おっせーよ角都ゥ! などと自身を呼ぶ飛段に、言い返す気力ももう御年には残されていない。

「かくず、おかえり!」

「なまえ、この馬鹿から離れた方が身のためだぞ」

どこぞの任務先より一触即発な雰囲気を漂わすここに溜め息をつき、とりあえず原因であるなまえを余所に退けようと手を伸ばせば、その手を払い除けるは口を尖らす不機嫌な相方。

「俺の嫁さんに触んねーで」

「おいクソガキ」

「サソリちゃんさっきからうるせぇ」

「なまえがいつお前の嫁になった?」

言いたいことは山ほどなのだろう。
メンバー全員の雰囲気からそれは伝わるが、いつものように言い争わないのは、抱かれているこの幼女がいつものように物知らぬ顔をしていないからだ。
飛段の言葉を嬉しそうに聞き、見つめあう二人だからこそ、この状況が生まれている。

角都の質問へ、にまにまと気持ちの悪い笑み(角都視点)を浮かべる飛段は、なまえを同じ目線へと抱き上げると、嬉しそうに頬を擦り寄せた。

「昨日プロポーズしたんだもんなぁ?」

「ねー?えへへ」

ピキッ、と音が聞こえそうなほど、すべての言動にこの部屋すべての人間がひきつる。

ハートが飛び交って見える二人の仲をどうにか裂こうと目論んで画策してはいるのだが、手を出そうにも近くになまえがいてはそれも叶わず、そんなヘマはしないと自信があっても、朝、小南が飛段をこんな姿にしたときとは違う。
そのときももちろんなまえは泣いたが、弁明もなにもなく、好きな人間を傷つける奴をなまえは好いたままではいてくれないだろう。

確実に、今、飛段を傷つければ、泣くだけでなくなまえに嫌われる。
そんな想いから、朝から負の連鎖が永遠と続いているのだ。

「ね、」

そんな中、痺れを切らしたのか意を決したように、口を開いたのはゼツ。
2人の座るソファーへ近づき、そっと見上げるようになまえを見つめた。

「なまえ、僕と結婚するって言ったよね?」

きゅるんと、まるで子犬のように瞳を潤わせ、寂しそうに呟くゼツ。

誰がどう見てもキャラではないのだが、腹に一物も二物も抱えてる中で手段を選ばないところは逆に尊敬すると何名かは思っていそうで、辺りがゾッとしたりため息ついたりする中、素直ななまえはそんなことには気づかずに真に受けるもので。

ゼツに辛い思いをさせていると自覚したが、子供ながらに天秤にかけたのだろう。
なまえにとって今一番大事なものは決まっていて、約束の相手も決まっている。
その視線にしょんぼりと瞳を伏せると、 ごめんね、ぜつ…。 と同じように、寂しそうに呟いた。

「…チッ」

見事撃沈。
少しの間のあと、大きな舌打ちとともにゼツは立ち上がると、なまえに向けた表情とは一変。
隣にいる飛段をキッと睨むと、普段はしまっているアロエを生やし、なまえも今後もお構い無し。
怒りを露に、満足げな顔をする飛段を殺意に満ちた中見下ろす。

「飛段、なにしたわけ?あり得ない。早く僕のなまえ返してよ」

「前々カラ、不死デモ食ワレタラ死ヌダロウナッテ思ッテタ」

「いいね、証明しちゃう?僕らの朝ごはんになって」

仕事より真面目な殺意に呆れる者もいれば、今だと同乗する者も。
啖呵を切ったように他メンバーも武器を構えチャクラを練りいつでも不死なんかいないということを証明する準備万端。
そしてそれに対し呑気に欠伸をする飛段。
張りつめる空間に泣きそうになりながら やめて! とぎゅっと飛段に抱きつくなまえ。ご満悦の飛段。終わらない進まない。不毛である。

朝帰りからの訳のわからない茶番を見せられ段々イラついてきた角都は、鬼鮫に用意させた熱いお茶を啜り前に座るペインに事の成り行きを聞く。
昨晩の事、また早朝起こったこと。
聞いてはみたがやはり頭痛がしたのか、話し手のペインとこめかみを押す仕草を見せる角都。
小さい子は純粋だと言うが、なまえもまたそれに漏れなかったというわけだ。

放っておいてもいいのだがめんどくさいことになるのは変わらないと、収まらないこの状況。
そろそろ調子に乗った相方を大人しくさせるべきかと(本音は金を早く数えたいのもあるのだろう)、角都は最後の一口を啜って息を吐いた。



「さて、飛段」

相方(ラスボス)参戦。
いつもより機嫌の良くない角都が相手では、飛段も余裕ばかりでいられなくなったのか。
泣きそうななまえをしっかりと抱えソファーから立ち上がると、S級犯罪者たちへまともに向き直り、横目に扉までの距離を確かめる。

「ひだん……」

「このまま駈け落ちでもすっか?」

さながら許されない恋でもしてる主人公気取りなのだろうか。
切なげなヒロインと、それを守るヒーロー。
ドラマチックに絡み合う視線に、メンバーの苛つきも最高潮。神経を逆撫ですることこの上ないクライマックス。

もう殺した後のことはまたその時考えればいいだろうと、普段は足並み揃わない輩共が、ヒーローを仕留めに入る、その瞬間。


ぽん!

「「「!」」」

軽快に弾けるような音とともに、どこから出たのか白い煙が飛段となまえの周りを覆う。
突然のことに飛段の術か何かかと部屋の中で声が荒がうが、疑われている本人も驚き噎せかえる始末。

「ごほっ…な、んだ、こりゃ」

煙たさに片目を閉じる中、徐々にと薄まる煙。
そしてそれは、飛段の腕にこれまで以上の重みを残し晴れていく。

「あ、れ…?」

聞き慣れた、欲しかった声。ぱちりと合った、視線。
さっきまでいた、子供のころとはちがう。
触れる柔らかい髪も、丸く大きな、知っているその瞳も。

「飛段さん…?」

何日ぶりだろう。誰も彼もが、待ち望んでいた、その姿。
状況を飲み込めずぱちくりと目を瞬かせるなまえは、元の通りの少女の姿に戻り、目の前にいる飛段を不思議そうに見上げている。

「なまえ…」

誰が呟いたか、その名前と静寂。
一瞬の間と、息を呑む皆の、その中で。

飛段だけは嬉しそうに、そして優しく微笑むと、

「おかえり、俺のお嫁さん」

愛しい愛しいその子の、額にキスを落とした。

「!?…ひっ、だ」

突然降ってきた、柔く熱く、未だ経験のないもの。
それがなにか、勝手に脳が理解して、ぶわっと体中の血が巡って熱を帯びさせる。
真っ赤に染まる顔に、あわあわと震える口元。
ご満悦で心底幸せそうに微笑む飛段の顔も相まって、なまえの心身は一気にパニックに。

久しぶりに会えた子の、自分は見たことないその表情。まだしたことないその行為。
事をただ見せつけられただけの外野の皆様は、一瞬呆けて固まったあと、メーター振り切れるほどの怒り爆発。

「「「殺す…!」」」

反射的にその喉をかっ切ろうと数名が飛び付くが、視線を下へずらした飛段から、途端、パタタッと赤色したなにかが滴り落ちる。

「ぇ…」

「……は?」

「ひ…っ!ひだん、さん!血…!って…」

飲み込めない状況からまた一転。
すべてが晴れた皆の視界に映ったのは、飛段の腕に抱かれるなまえの、白く透き通ったその素肌。
一糸纏わぬその姿に、飛段の鼻からは鮮血が流れ、そして飛び付くまでの怒りはどこへやら。

皆も動きを止め、飛段同様、素裸に耐えられず目を背け鼻血を出すものもいれば、自分の来ている外套をかけようとすぐさまフォローに入ろうとする者も。眺めるやつだってもちろんいる。

「…ひ、ゃ…」

心配からの、飛段の血の温度が届く感覚と、皆の反応で、やっと自分がなにも纏ってないと気づいたなまえ。
口から漏れたわずかな悲鳴が、驚きと羞恥と、顔の熱とともに一気に溢れだす。

固まって手放せない飛段が再び殴られるのは、数秒後。





だって、君のことでいっぱいいっぱい
(想像してたより、ずっとだった)