「うぅ…っぐす」
ずぴずぴと、未だ滲む涙を必死に止めようと目を擦るなまえの隣で、 あんまり擦ると痛くなるわ。 と、その瞼をタオルで優しく押さえる小南。
震える肩を抱き抱える手が触れるのは、もうなにも纏わないなまえではない。
なまえの体が元に戻るにあたり、着ていた服が耐えきれず破れるという混乱を極めたのが数十分前。
布がはらりはらりと床に落ち、皆が呆気にとられる中、いち早く飛段からなまえを奪い取ったのはやはり小南だった。
自身の脱いだ外套をすぐそこまで持ってきていたイタチからそれを受けとると、小さな体へ羽織らせて露出を隠す。
こういうときに動けるのが本当の大人なのだろう。
鼻血を垂らす飛段やデイダラ、床に伏して生死がわからないゼツ、倫理はないのか凝視するサソリを大人組の二人(角都と鬼鮫)は乱雑にリビングの扉から廊下へと放り捨てると、自身たちもそれに続き部屋を出る。
鬼鮫とイタチはなまえの部屋から着替えを取ってくると言い、 リーダーまだ中にいんだろ! と自分は外に出されたことに意を唱えるサソリと、扉の前に立ち塞がる角都。
ペインはというと、小南の紙に目だけでなく全身を覆われ、ぞんざいに床に転がされていたわけだが…。
鬼鮫が持ってきた自身の外套に着替えたなまえと、やっとこさ意識が戻ってきたノックアウト組はリビングで鼻にティッシュおでこに氷嚢。
皆さん本当にすみません…。 と羞恥混乱+申し訳なさになまえは顔をあげられずに今に至る。
「なにが…なんだか…っみなさ…ずぴっご迷惑を…」
うずまったタオルから声をくぐもらせ謝るなまえ。
表情はわからないが、話し方からだいぶ落ち着いた様子のなまえの前に、湯気のたつティーカップがかちゃりと置かれた。
「とりあえず、あたたかい紅茶でもいかがですか?」
なまえの啜り泣く声が占めていた室内に、鬼鮫の穏やかな声が通る。
優しく香る茶葉に自然と顔を上げたなまえは、飲み頃になるよう少しだけ冷まして出されたそれにゆっくりと口をつける。
広がる甘めの紅茶に、なまえはほうっと息を吐いた。
「落ち着きました?」
「…ありがとうございます、鬼鮫さん」
微笑む鬼鮫につられ、なまえもやっと涙を止め笑顔を見せた。
「ぼくにも…こうちゃ…鬼鮫」
「なんだ、生きてたのかお前」
「倫理観欠如のお前が死ね…」
ノックアウト組も段々と落ち着きを取り戻したのか、突っ伏していたゼツが床からちらりと鬼鮫を見上げる。
起き上がってからにしてくださいね。 と、鬼鮫は人数分の紅茶をテーブルに置いた。
「あ、の…なにか、してしまったんでしょうか、わたし…」
椅子に座り顔に氷嚢を乗せたデイダラが動くと、氷同士ががしゃりと音を立てる。
いつもと違う雰囲気と、気づいたときの自分の状況。
いきなり素っ裸の自分が晒されたとあれば混乱するのは当然で、隣に座る小南はカップを包むなまえの両手にそっと触れると、ここ数日、サソリの薬で小さくなっていたことをなまえに伝えた。
「なまえはなにも覚えてない?」
「覚えてない…です。たしかに、サソリさんのお部屋でお薬をもらったところまでは覚えてるのですが…」
まさかあのとき自分が飲み間違えたせいでこんなことになるとは…。 と、周りに迷惑をかけたことに、なまえの顔は再び曇る。
テーブルにあるソーサーに持っていたカップが力なく戻されると、小南は慌てて身を乗り出し、力強くそれを否定した。
「ちがうのよ。なまえはなにも悪くないの。この世のすべてサソリが悪いわ」
「おい小南テメェ」
「強ちそうだと俺も思う」
「僕もそう思いまーす」
「死んでろおまえは」
いつもと変わらず言い合う周りに、いつもなら止めに入るなまえも今回はそうはいかないようで。
自己嫌悪の感情がぷつぷつと湧いて、誰が悪いなんてそんなことはないと思っていても、詰まって言葉すら上手く出ていない。
自分が小さくなるなんて、しかも記憶すらないこの数日間が、どうしても自分の中でうまく落ちていかないないようだった。
混乱ももちろんまだ残るが、自分で制御ができない自分になってしまったというのが嫌なのだろう。
わがままな子供だったのではないか、幼いころの自分はなにをしたのか、迷惑をかけてしまったのではないか。
ナイーブになっていることもあるのだろうが、自分のミスで引き起こしてしまった事態を、自分だけがなにも知らないのが一番不安で辛いのだと、言い争う小南とサソリの横で、なまえはきゅっと顔を歪める。
「…っ」
そっ、と。
その左手を、あたたかいなにかが触れた。
「っ、ひだん、さん」
ぽすり。
復活した飛段はなまえの座っているソファーへ上半身を預けると、膝の上で握りしめられているなまえの左手をほどくように掌で包み込み、辛そうなその顔を見上げた。
「んな顔すんなって。せっかく、今のお前に会えたのに」
「…っです、が、わたし、記憶なくて…。小さい頃の自分は、本当に皆さんに、ご迷惑など…」
「かけられてねぇって、心配すんなよ」
「だって、わかん、ないんですもん…っ」
「だーいじょうぶ。お前は、小さいときもお前のままだった」
「…?」
「むしろ、俺なんかきっかけもらったしな」
「きっ、かけ…?」
なんとなく感じる、いつもと違う飛段の雰囲気に、いつもなら照れて慌ててしまう、手を握られていることすら気に止めていないなまえ。
(元気で、たまに怖いときもあるけど…。こんな、穏やかな声色をする飛段さんはじめてみた…)
そのきっかけというものがなんなのか。
いつの間にか辛そうな表情は消え、不思議そうな顔で見つめるなまえと、そんななまえを笑って見上げる飛段。
体を起こして、届くように、その子の耳にこそりと耳打ち。
前屈みになりその言葉を待ったなまえは、紡ぎ出された飛段の言葉にぱた…と固まる。
その反応さえも幸せそうに見つめる飛段と、やっと、その様子に気付いたメンバー。
声をかけても動かないなまえへなにをしたのかと言い合い中断で飛段へ詰め寄るが、こちらも、声をかけようと体を揺すろうと、その視線がなまえから他へずれることはなく。
「ねぇっ、なにされたの、なまえ」
いつもの扱いやすい飛段とかけ離れた反応と状況に、なんだと不安や嫌悪に駆られるまわりは、未だ反応を見せないなまえを心配しだす。
視線すら動かないなまえは、まわりの騒ぐ声も聞こえていないようで、自身の頭の中を巡る言葉だけを口元が小さく反復している。
「、こ…ん」
ぽつりと繋がれる言葉の、意味よりまず単語を理解して。
なまえの口からは、伝えられた言葉がぽろりと溢れ落ちた。
「けっ、こん…」
「!?」
繰り返す、なまえの発した言葉に飛段を除く全員が瞬時にすべてを理解する。
このままではまずいと思ったのだろう。なまえの理解が完全に及ぶ前に、必死な外野たちは否定の一気フォローに入る。
「あのななまえ。そんな話なかったぞ。信じるなよ?うん?」
「あのね!?ちがうよなまえちがうからね!?ほんとは僕とするって言っ──」
「おいゼツ!それフォローじゃねぇぞ!うん!」
「飛段の妄想よ。もうなにも聞かなくていいわ、なまえ」
「疲れただろう。部屋にもどって休むか?」
騒がしいほど、やいのやいのとお構いなしに話を逸らしたり捏造したり。
必死なまわりに対して、普段なら100%それに対抗する飛段だが、事実だったという余裕なのだろう。
余韻に浸るように待ちわびたように、なまえを見つめたまま、その視線を逸らさない。
本人も、未だまわりの言葉もなにも、まったく耳に入っていないようで。
勝手に言葉を紡いでは、ぽろぽろと口元から溢れさせている。
(飛段…さん…と、私が…?)
頭の中を巡る、優しい声色で届けられた言葉に残り少し、脳が追い付かない。
けれどその中、再び飛段を見下ろせば、満面の笑みでこちらを見る飛段と視線が交わる。
向けられたことのないその眼差しは、すとん、と、その感情を落とすには十分すぎるもので。
やっと、(小さい頃の)自分のしたことを理解したなまえの顔には、じわりじわりと熱がのぼり赤みを帯びる。
記憶が戻ってから開口一番の、俺のお嫁さん発言だったり、キスだったり。
今までの飛段からは想像もつかない急な態度の変化に、意思とは裏腹に脳が勝手に裏付けを施していく。
もはや、まわりの景色など届かないほど、なまえの瞳は飛段しか映り込んでいなくて。
「飛段、さん…わたし…」
熱で潤む瞳のその子の。
触れている左手の薬指を、飛段はすり…と柔く撫でた。
「結婚しような、なまえ」
…限界。だと。
その表情にも言葉にも耐えきれず、ぼん!と音を出し真っ赤になって、ソファーへ倒れこむなまえ。
慌てる皆をよそに、飛段は嬉しそうに、くしゃりと笑った。
だからたまらなく会いたかった
(ここからがまた、本気の見せ所)