「よいしょっ…と」

大量の洗濯物が入ったカゴをゆっくりと地面に置き、近くにあった腰掛けにすとん、と腰を下ろすなまえ。

あれから朝食を済ませ、鬼鮫は任務でイタチと出掛けてしまうため、それなら洗濯物は私がしときますと申し出たなまえは今、洗濯物を干すため教えてもらった屋外に出てきている。
真っ青な空に眩しく光る太陽に、暖かく通りすぎるそよ風。絶好の洗濯日よりであるはずなのだが、なまえの表情はこの天気に似つかわしくなく曇っていた。

「………やっぱり、無理です」

ぽつり。
風にさらわれたその言葉は、きっと先程の一件──サソリのことであろう。
食事の場ではメンバーがいたので耐えていたが、どうにも独りになり、そのことを思い出すと胸が痛むのか、なまえの目には涙が溜まっている。

「…っ、うぁ…ひっぐ……ふ、っ…」

ぼろっ、と瞳に留まりきれなくなった涙が一気に頬を滑り落ち、色の具合で気づかれはしないが、外套にシミをじわじわと作っていく。

この世界には忍がいて、もちろん争いがあることも分かってはいた。
だが、それほどまで自分に影響がなく生きてきたなまえにとって、自分を傀儡にしてしまうほどの生き方や考え方をしているサソリが、忍としては別として本当に自分と同じ世界に生きる人間なのかと。
そしてそれを認めるには、かなり辛いものがあった。

「なまえ…?」

「…っ」

どこからともなく、自分の泣き声に交じって聞こえた聞き覚えのある声に、なまえは涙を強引に拭い辺りを見回す。

「……ぜつ、さん、」

「泣イテンノカ?」

ズズズ…と地面から心配そうな表情で現れたゼツに、なまえは驚いて固まった。が、泣いていたことを深く追及されまいと明るく笑みを返した。

「大丈夫ですよ」

特異な外見や、今、地面から出てきたゼツを見て、なまえはより一層、この暁という組織は特別な人の集まりなのだということを再認識させられた。

「大丈夫じゃないでしょ。何かあったの?」

「や、全然平気ですよ?心配かけてすみません」

さ、洗濯物干しましょうかね! と立ち上がり大きく伸びをするなまえに、ゼツは呆れたように小さく溜め息をついた。

「なまえ、暁ナメちゃだめだよ?」

ぴくり。
ゼツのその一言に、伸びをしたまま一瞬固まるなまえ。それでも何もないということを通そうと言葉を紡げば、ゼツは 僕ら、観察力に長けてるから隠しても無駄だと思うよ。 と。

「大方、サソリノ事ダロ」

「………」

「気持ちはわかるけど、あれはサソリ自身が望んだことだから」

なまえが泣いても、なんにもならないよ? と、腰掛けに身を預けたゼツは、少し間を置いて、未だこちらに顔を向けないままのなまえを呼んだ。

「ここ、座って」

表情はまだ暗いが、なまえはゼツの方を向き、“ここ”と言われた場所──ゼツの隣に、おずおずと腰を下ろす。

「なまえってちっちゃいねっ」

そっとなまえの肩に手を回し抱き寄せたゼツを、なまえは困惑し、若干落ち着きのない様子で見上げる。

「あ、あの、ゼツさん」

「──ねえ、なまえ」

自分の放った言葉に、間髪入れずにゼツの言葉が続く。
真剣さを含んだその声に、なまえはびくりとしながらも、そっと次の言葉を待った。

「傀儡だったら、サソリのこと違う目で見ちゃう?」

「………」

「僕らこんな外見だから、なまえは僕らのこと嫌いになっちゃう?」

そう、優しく語りかけるゼツの腕の中で、なまえはふるふると首を横に振る。

「忍でもないなまえには辛いことかもしれないけど、僕にサソリ、デイダラやリーダーだって、みんなそういうのを抱えて、いま暁にいるんだよ」

きゅ、と回された腕に力が入るのを感じたなまえは、俯いたまま、嗚咽混じりにゆっくりと口を開く。

「…ひっぐ…、ぜつさん、のこと、」

「うん」

「嫌いに、なりま…っせん」

「…うん」

「さそっ…サソリ、さんも、」

「………」

「傀儡、だけど…っ、サソリさん、なんですっ」

みんな大切な人たちなんです。 と。耐えていた涙が溢れだしたなまえはうわんうわんと声をあげて泣き、そんななまえを、ゼツは よく出来ました。 と向かい合わせて笑顔で抱き締める。

「甘イナ、オ前ハ」

「なに言ってんの。最初、なまえが泣いてるって気づいたの黒だろ」

よしよし、と自身の頭を撫でているゼツの下で、なまえは涙を流しながらも、ゼツ同士の会話に自然と小さな笑みを零していた。





幸せな涙から始まる世界はニルバーナ
(ゼツさん。ありがとう。)