「返す。これは着れない。」
外からの賑やかな音が響く部屋に、淡白な声が入る。
発した本人は、顰めた顔で手に持ったあるものをミサキに返した。
揺れるそれは、いつかの写真で見たことのある、黄色と緑のユニフォーム。
こんな姿になり、着るものをすぐには用意できないということで子供用の服を少し貸してもらいたく頼んだわけだが、渡されたそれは青春が詰め込まれた宝物。
確かに頼んだのはこちらだが、その価値はなまえもちゃんと知っているだけにどうしても受け取れないらしい。
「あのねぇ、別にあんたにならいいから持ってきてんだよ。それに、それぐらいしか子供服なんてないし」
「なにを言われようとだめ。ミサキの大事なのじゃん」
こんな大切なものを着るわけにはいかないだろう、と断固返そうとするなまえだが、ミサキも断固、それを受け入れるつもりはないようで。
とりあえず、と用意してきた子供用のサンダルやショートパンツを当てがってサイズを確認したミサキは、引き下がらないなまえの腕を見て、 じゃあこれで帰るつもり? と。
ミサキのジャージを着させられているなまえは、その言葉に不満げな態度を継続させた。
「それとこれとは話が」
「別じゃないよ。あんな大人物のTシャツ一枚でブカブカなサンダルじゃ、変なやつに目つけられて大変だろ」
「…だって」
「だってもなにもない。あたし家まで行くって言ったのに、なんで待てないかな」
駅とか人多いじゃんよ。 と注意するミサキに、わかってはいても認めたくないなまえは口をへの字に曲げる。
そんななまえにミサキは困ったように眉を下げて笑うと、腰に手を当て、小さく息を吐く。
少しの沈黙を破り、仕方なしに折れたのは
「……大切に着させていただきます」
しっかりと両手で服を抱え、なまえは深々と頭を下げる。
部屋の外にいるから着替えておいでと出ていったミサキを見送り、そっとユニフォームを広げる。
着たところは写真でしか見たことないが、ミサキがこれを着てがんばっているところが目に浮かぶ。
そんな大事なものをなあ…と小さく息を吐いたなまえだが、たんぽぽにも着させていただきますと一礼。袖を通した。
・
・
・
「……あつい」
「まだこれからが本番だよ」
風もなく穏やかで、と違う季節なら喜んだこの天候も、いまの季節ではまったく嬉しくない、そんな蝕むような暑さの中、ミサキとなまえは外に出ていた。
唯一喜んだように見えたのは、陽の光りにあたり、久しぶりの出番に季節外れの花を咲かせたように輝いて見える、ダンデライオンの文字。しっかりと新しい主を守るそれは、ミサキの思い通り、大きさもぴったりで。
くすりと笑うミサキを、なまえは本日何度目かの顰めっ面で見上げる。
「それさ、あたしが小学1、2年のときのなんだよね。やっぱ見た限りでもそれくらいの歳に見えるよ」
「…これ、上以外新しそうなんだけど」
「そりぁね。さすがに他のは取っておいてないから、来る前にてきとーに買ってきた」
「…そっか」
でも合ってよかったよ。 と笑うミサキに、なまえは、 今度返す。 と無駄なお金を使わせてしまったことへの申し訳なさと呆れで小さく息ついた。
「ここまででいいよ。今日予定あるんでしょ?」
照り返しの強いコンクリートを踏み、広い練習場の出入口まで辿り着くふたり。見上げるなまえは眩しさからか、瞳の上に手の傘を作る。
「いいよ。駅までは送ってく。本当は探すの手伝いたいんだけど…ごめんね」
す、と、ミサキの視線はなまえの持っている紙袋へと落とされる。
つられて同じく自身の右下へ移動した視線は、つい昨日、名前もなにもわからない少年から借りてしまったパーカーへ。
それを返すためにこれからその人物を探しに行くなまえだが、なにかを思い出したのか、ぴくりと眉が引きつった。
いきなりの変化に、は?と困惑するミサキ。だが、きっとそれは、パーカーを貸してくれた少年の、他にいたふたりに向けられたものだろう。
その態度の悪さは、少年がとても良い子に見えてしまう程だったが、その少年は少年で、特に悪いことなんてしていないのだから、よく見えて当然か?いや、自分は何もしてないにしろ兄弟が仕出かしたことに謝るくらいしたらどうなんだ。でも実際助かったしなあ。という小さな葛藤を静かに繰り広げていたら、遠くから、訳がわからず仕舞いのミサキを呼ぶ、大きな声。
は?と、次はなまえが酷い顔のままそっちを見やると、何人かがこちら向かって歩いてきているのがわかった。
それにまた元気そうに答えるミサキは、 さっきの予定ってあの子達なんだ。 と、その集団に手を振る。
子どもにも教えるの大変だなあと、興味なさげにふうんと答えるなまえだが、子供たちが近付いてくるにつれ、その表情はみるみると変わる。
その中に見える、ひときは目立つ、その存在たち、に。
カゲロウがウインクしてみせた
(あのね、桃山プレデターっていうんだ、あの子達)