「はぁ!?ばれたの?!」

「………」

ばちちちっ、なんて。
近くの木で鳴いていた蝉が、ミサキの大声により驚き逃げてしまった、午後の、今は暑い時間。

とりあえずは、昨日虎太に私が大人だとバレてしまったことを伝えようと軽くお茶に誘ったのだ。
黙っていたらまたなんやかんやと言われるだろうと思ったからだが、まったくというか、驚く声が大きすぎる。
テラス席しか空きがなかったためそこに通されたが、幸い、そのおかげで店内のお客さんを驚かせることにはならなかった。
まあ、代わりに蝉には可哀想なことしたかなって思うけど。

「だって聞かれてたし」

パラソルのおかげで陽は遮断されても、夏真っ盛り。
うだるような暑さに、グラスの中の氷が堪らずカランと音をたてる。
私の言葉に、額に手を当て項垂れるミサキは、 もっと注意しておけば良かった…。 と小さく漏らした。

「でも虎太なら誰にも言わないよ」

「たしかに彼はしっかりしてるけどさ…」

「言ったところで誰も信じないと思うけど」

氷が溶けて薄まったコーヒーを飲み干す。
端から見ればコーヒーを飲む子供なんてマセて見えてるのかな、なんて思いつつ、テーブルに置かれた携帯に視線を落とせば、時刻はミサキとの別れの時間を表していた。

「もうそんな時間か……ごめんね、落ち着いて話していられなくて」

つられて視線を落としたミサキは、時刻を知ると申し訳なさそうに私に視線を戻す。このあと、チームの練習があるらしい。
本当は別の日とも提案しかけたのだが、それを遮られての今。
本当にこの間から、ミサキの距離が近い気がする。嬉しそうなのが伝わるし、まぁ、別に悪い気はしてないんだけどさ。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

このうだる暑さの中帰るのか…なんて、行こうとは言ったが照り返すアスファルトを見て考えてしまう。
だが夕方までここに居たくはないし、なにを考えているのか分かっていそうなミサキが、まさか残らないよね?危ないのわかってるよね?と、無言で訴えているのが目でわかる。
そこそこ長い付き合いと呼べるが、分かることが多いのも如何なものか。

「はいはい。ちゃんと帰りま─」

「なまえちゃん!!」

「!」

過保護なミサキに若干の溜め息をついたとき、私の言葉を遮ってきた大きな声。
冒頭のミサキ以上の大声に、無意識に顔を歪めたのは言うまでもない。

「やぁ、プレデターのみんな」

そんな私に反して、慣れっこなのかミサキは笑顔で大声少年と仲間たちを見た。
この前と同じ面子でいるなんて、子供って仲良しね。

「なまえちゃん久しぶりぃ!元気してた?」

ミサキと翔が話しているのを見ていたら、わぁっ!と花の舞う笑顔で私のもとへ駆け寄り、右手を高く出してきた女の子。……えっと、エリカ。
まぁこちらはテラスなので間に少しの高低さと柵はあるのだが、それでも伸びる手は近く、触れてきそうな勢い。
最近は女の子も成長が早いんだなぁとしみじみ思った。

「えっ…と、」

触れられるとは言ったが、これはどういう意味なのだろう。なんのための手なのだろう。どんな行為?
まるで分からない私はその手を前に固まってしまっていたが、エリカの後方、赤い瞳の1つが ハイタッチだろ。 と聞こえるように呟いた。…呟いたって声量じゃないけどあれ。

「げ、元気だったよ」

差し出された手にぺちんと自分の手を当てる。
子供特有というか、柔らかい手のひらの感触が伝わる。
ぎこちないハイタッチだったけど、エリカは気にしないでくれたのかな。久しぶりに会えて嬉しいわぁと笑ってくれた。

(久しぶり……たった数日だけど…)

大人と子供の感覚は大分違うのだろう。
個人差はあるだろうが、大人の久しぶりは数日ではまずそう感じない。
でも子供はたった何日会わないだけでそう感じるんだろう。

「…ま、子供のころなんてわかんないけど」

触れた手のひらを見て、自分で思い返してみた。
私はその頃、誰かと遊ぶなんてこと、そんな気持ちを抱くことなかった気がする。…気じゃないな、思わなかった。

この間から感じる、自分が知ることのできなかった感情。
大人になるまでの過程で知るはずの気持ちを、今、少しずつ、やり直すように物語が進んでいる気がする。

「……なんてねー、気がするだけだ」

この体になったこと、納得できたわけではない。
そんな自分に都合のいいように考えるほど、人生甘く生きてきてない。
呟く私を不思議そうに見るエリカに薄く笑うと、向けられていた1つの視線と混じり合う。

「虎太ー」

柵に身を乗りだし体を預け、ずっと最初からこちらを見ていた虎太ににへりと笑う。
翔と話していたミサキが驚いたのがわかったし、虎太の隣にいてそちらもずっと見てきていた視線2つも、驚いたのが横目に見えた。

「虎太くん…彼女となにかあったんですか」

「別に」

「じゃあなんで笑いかけられてんのお前…」

訳がわからず困惑する弟たちは気にも止めない虎太だが、警戒心が強いのか不信感を私に向ける三男と、口許に手を当てなにかを考えてそうな次男。
悪いけど、私の中であなたたち二人はまだ気を許せる人間じゃないのよ。
ボールぶつけたし笑うし生意気だものね。お兄さんを見習ったらと思う。

「……って、こんな時間!ごめん私行くね!なまえ、ちゃんと帰るんだよ!」

近くに来た虎太と柵越しに話をし出したら、腕の時計を見てミサキが慌ててテラスから道へ降りた。
そんな長話したわけではないが、それくらいギリギリまで一緒に居てくれたのだろう。練習の時間大丈夫だったか、あとで聞いておこう。

「じゃあ私も帰るね」

バイバイ虎太、と先程のエリカほどではないが手を差し出せば、そこに柔く触れる虎太の手。
エリカもね、とその手を向ければ、 このあと予定あるん? と触れて、少し寂しげに聞いてきた。

「いや……帰るの。予定はないよ」

「なら一緒にサッカー行かない!?」

なにかを言いかけたエリカを遮って、ずいっと体も割り込み見上げてきた翔。君はいろんなこと遮るのが得意なのかな?

「行かない。というかあなたたちこんな時間になんで外にいるの?サボり?」

良い子だと思うが、元気すぎる翔は少し苦手というか疲れる。
最初の言葉だけ翔に向けて、残りは弟組へ向けた。
睨む瞳だけは綺麗なんだけどな。虎太と違って優しさは感じないけど。

「終業式で午前だけだけど?」

「というか、あなたこそ学校はどうしたんです?」

サボって優雅にコーヒーですか? と嫌味たらしく笑う次男だが、ちょっと、なんで飲み干してるのにコーヒーってわかるのよ。
それに学校なんて行ってないから、とそこだけ言おうとして、頭の中にミサキが出てくる。

(ああもう……)

はいはいわかった言わないから、混乱させるようなことは言わないから大丈夫だから。
この場に居なくてもぐちぐちと脳内にまで出てくるミサキにもう溜め息とかつくのもめんどくさくなった。
相当だ、まったく。

「終業式はどこも同じでしょ?」

「そうなんですか?生憎、翔くんと僕らが通うところしか知らないんですよねぇ。良かったらなまえさんの通っているところを教えていただけますか?」

これでまた地理に詳しくなれます。 と笑う次男だが、しくった。

この地域の学校なんてまず興味もないし知らないし、こじつけなだけで終業式の日にちなんてどうでもいい会話ぶり。確実にこれは、探りをいれられている。
何の目的かはわからないが、自分の兄と打ち解ける私が怪しいのだろうか。

傍で聞いていたエリカや翔、三男に至っても、 そういえば見かけたことないよね?そっちじゃないの? などとお互いの学校に私が居ない説が浮上してきている。
ここで学校の名前を答えないのも疑われるだろうが、どちらかにいると言ってしまえば探されることになる。

笑う次男の笑っていない眼が艶やかで勘に障る。
だが、大人をナメることなかれ。
一枚上手なのは私の方さ。
こんな世の中だ。そんなもの、"個人情報"の一言で十分──

「おいお前ら、コーチ待たせてんだろ」

上手いこと乗せられてたまるかと赤を見下したとき、出るはずだった言葉は喉の奥に落ちていった。
見れば、虎太がいつの間にか先頭を切って、私たちを見ている。
その急かすような雰囲気が私にも伝わるし、言葉の意味を理解した翔たちは そうだった! と慌ててバッグを肩にかけ直した。

「僕たちこれから練習なんだ!なまえちゃん、またね!」

行くよみんなー! とキャプテンらしく号令をかけた翔。それにエリカ、三男とがそろそろと続く。
答えを聞けていない次男は翔に向けていた瞳をこちらへするりとずらしたが、それもすぐに歩み出さない虎太へ移り、 行くんでしょう? と一言だけ放った。

少しだけ雰囲気がピリッとしたように感じたのは気のせいではないのかな。
先に歩みだした次男を見送る虎太は、私の方をほんの2、3秒振り返ると、黙ってその後を追った。

(…ああ、また助けられちゃったんだなぁ)

また知らなくて、不思議な気持ちだ。
去っていくみんなの背中を、虎太の背中を見送りながら、柵に頬杖ついて小さく溜め息をついた。





プリンス、私は変わるのですか?
(初めましての気持ちをくれる)