「…ここどこだろ」

ふらりふらりと、ミサキにちゃんと帰るよう言われたけれど、駅へ向かう足はなぜか行く道へと緩やかに逸れた。

暑い中だし帰ろうとちゃんと思っていた。ミサキにバレたらめんどくさいのもあったし。
でも、一人で目にする世界が珍しかった。…のだろうか。わからないけど。

大人なころ、こんな時間に外に出ることがなかった。私には知らない世界だった。それは確か。
まぁ休みの日に外なんて行こうとも思わないし、知ろうともしなかったんだけど。
だからと言っていいのかはわからないけれど、不思議と連れ去られた気分だった。

人が歩いていることも、店が開いていることも。
私にとっては珍しい光景で少しの高揚感が滲みでた。
ま、焼けつく暑さにすぐに後悔したけどね。

もういいや。なんて短い探検を終わらせようとして振り返れば、ぽいっと現実世界に投げられたような、周りを見渡して気づいた。
なにを見ても、ここがどこかわからない物しか映っていない。
最寄り駅ってわけじゃないから知らなくて当然なんだけど、来た道さえもわからなかった。
勘弁してよ。こんな暑いのに。

聳えていた建物も少なくなり、日陰がまったくない。
垂れる汗を拭って、仕方なしに携帯を取り出す。
マップ見ればすぐ帰れるでしょ、なんて至極当然の考えだったのに、それは甘かったのか。
真っ黒な画面に写るのは、最後の力を振り絞ってお知らせする充電がありませんよマーク。
昨日の自分を恨むべきか、ぽんこつって、ただの鉄の塊になったこいつを恨むべきか。
暑さと息苦しさとやり場のない想いに溜め息をついた。

「大丈夫?なにかあった?」

やっぱり吐いた後吸う空気は暑くて気持ち悪い。
先を考えるのもめんどくさくなった私に、優しい声とのし掛かる陰がひとつ。
また変な人かもしれない、なんて、先日の虎太に助けられたときが思い出されて身構えたが、見上げた先には焦げ茶の髪がふわりとした、少年。…いや、ほんとに少年か?

「なにか用…?」

「ん?いや。小さい子がこんなとこで一人なんて、なにかあったのかなって」

「…あぁ、」

突っ込みどころが多々ありすぎて、最初にかけられた言葉が吹っ飛んでいた。
なにか用かなんて、親切心をくれた少年に失礼だったなと思う。
でも少年って身長じゃない。虎太とかよりおっきいんじゃないかな。
とりあえず変な人間ではなさそうで緊張は解けたが、暑さとヤル気なさと不信感で申し訳ない態度をとった。

「失れ──」

「なにか用?とか、なにそれ」

「?」

大人として良くなかったと思ったから謝ろうとした。
そしたら横からの高めの声にその言葉は遮られ、声を追った視線は目の前の少年よりうんと下に着地した。といっても、私よりは少しまだ、高いけど。

「こら青砥。今この子謝ってくれようとしてたぞ」

「そんなの当たり前。気にして声かけたタギーにあんなこと言うとかおかしいよ」

会話する二人はなんだか揉めてるみたいだけど、茶髪少年は私のこと庇ってくれてるし金髪少年はそれがというか、私の態度がお気に召さなかったようで。
そりゃ、私も私でお気に召してない。だから謝ろうとしたんじゃんよ。

「ちょっと、そこの金髪少年」

「…なに?今あんたにむかついてるんだけど」

「おい、青砥」

「タギーは黙ってて」

「わかってるよ。良くない態度をとって悪かったね、少年」

真逆なのになぁ、と思った。
睨む金髪少年の瞳は、三つ子とは反する青色で。
とても綺麗だと思ったけれど、今の私に向けられるのは鋭利な、痛い視線。

大人から見れば変な人間に関わらなさそうで感心する反面、こんな顔させたかぁと思うとそれも素直に、そこも申し訳ない。

言い訳なんて社会に出るとしなくなるし、自分の意見なんて通すだけ面倒くさくなるから自然としなくなった。でも久しぶりに、自分が悪いと思った。だからちゃんと釈明をした。伝えて謝った。
数える気もなくなるくらい下げ慣れた頭は、初めてって言っていいほど素直に下げられて…。自分でも驚く。

「……」

「俺はなんにも気にしてないから大丈夫。な、青砥ももう平気だろ?」

顔をあげた先で茶髪少年は穏やかな笑顔をくれ、ふられた金髪少年もじいっとこちらを見つめたが、小さく いいけど。 と間を置いてくれた。

「で、さっき言ってたけど帰り道がわからないんだっけ?」

「いや、携帯電池切れて帰れないだけ」

「…それ迷ったって言わないのか?」

「言わない」

断言する私に、屈んできた目の前の少年はミサキと同じような困ったような、そんな微妙な顔をする。…なんでみんなそんな顔するの。
少しムッとしてしまった私に、少年は よし。 と一息つくと、 俺が駅まで送ってあげるよ。 と微笑む。
その言葉に目を丸くすれば、隣にいた金髪少年も意外だったのか、同じように目を丸くして意義を唱える。

「大丈夫だよ。一回コーチに言ってから送りにいく。青砥は先にみんなとやってていいからな」

「……」

なんだか誰かと約束をしているのだろうか。
別に帰れると思うからそこまでしてもらわなくてもと言うのが本音だが、今またなにかを言って目の前の、特に金髪少年を不快にさせたくもなかったので黙ってその会話を聞いていたが…。どちらにしろ嫌そうだな。
こちらに再び視線を向けた金髪少年の瞳は、先ほどの鋭さを含んでないが心地よさはくれない。

「…なんかコンビニで奢ってあげるよ」

「年下に奢ってもらうつもりないけど」

「いいじゃん。お礼ってことで」

「俺は送らない」

「じゃあお詫び」

「いらないから」

何かに対して親切にしてもらうなら、やっぱりそれに対して何かを返すべきだと思う。
でも子供ってなに喜ぶのかわからないから任せようと思ったんだけど……頑なかこの少年。
大人が奢ってやるって言ってるときは素直に喜ぶ方が可愛げがあるんだよ。…って言っても、今は年下に見えてるからな。仕方ないのか。

「ねぇ、金髪少年」

「…俺そんな名前じゃないけど」

「名前しらないし」

判断材料なんて外見くらいだし、さっきはそれで反応したじゃんっていうのは置いておくべきか。
そうしたらというか、隣にいた茶髪少年が遅れてごめんと言いながら自己紹介をしてくれた。金髪少年のことも紹介してくれた。

「多義に青砥……何年生?」

「俺も青砥も6年だよ」

(虎太といっしょか…おっきいしちっちゃ…いや、標準か?)

「…そういうあんたは?」

「ん?」

「俺らだけに名前聞くの?」

「あぁ、ごめん。…って、名前知りたい?」

「別に」

「だよね」

「……」

「まぁ…でも、不公平だよね。教えるよ。名前はなまえ。君たちより下の学年」

「なにそれ」

名前を教えても今だけだよなぁなんてことは少し頭から抜けていた。送ってもらって、きっとバイバイなわけだし。
子供同士の付き合い方ってよくわからない。続く関係になることなんてあるのかもわからない。唯一付き合いのあるミサキに出会ったのもこんな小さくなかったしなぁ。

「タギー、そろそろ行こうよ」

「そうだな。あんまり遅れるとみんなに悪いし」

見合わせる二人を見て、ふと思った。
特に当時も今も気にしなかったから気づかなかったけど、私、友達…っていうのかな。そういう人間、ミサキ以外いないんだ、って。
小さな頃遊んだ記憶もなければ、学校以外で会話した記憶すらない。
ある記憶といえば、勉強かお稽古か。父母の顔。言われ続けた言葉。
苦しくはなかったけれど、楽しいなんてこと、少しもなかったな。

「………」

「なにしてんのあんた。行くよ」

「こら、青砥」

「……なまえ、ね。コンビニ寄って」

「なに買うんだ?」

こんな体になって振り返ることの多い最近。
振り返ったって、結局目の前の子たちとは違いすぎて自嘲するしかないんだけどさ。

「アイス食べようよ。でも、一人はさみしい」

数歩先行く二人を見上げる。子供って、楽しいものなのかな。





今から友達ルール
(あ、みんなもう来てるね)
(…なんか見たことあるんだけど…帰っていい?)
(帰れないから連れてこられてんじゃないの?)