その違和感に気づいたのは、始業式が始まって一週間ほど経ったときだった。
部活に打ち明ける、なんの変化もない日。
いつも通りだと思ったその日は、大きな変化を起こした。

ほんの些細な、気づく方が難しいだろう違和感。
でも気づいてしまえば、これがとても気にかかる。
どう見ても、いつもの若利くんじゃなかった。

それに気づいたのは、3年メンバーの俺、獅音、トスを上げる賢二郎、それと、鍛治くん。
あの真面目で人間味があるのかたまに心配になる若利くんが、三年目にして見せたいつもと違うところ。
部活中は変わらず、とも言えず、いつもの安定感がほんの僅か欠けていたし、休憩中もどこかなにかを気にかけているように見えた。
もちろんスパイクもサーブもレシーブも何一つ精度が落ちるわけでもやる気が欠けているわけでもない。
でも、なのだ。
いつもの若利くんじゃない感じ。

最初は俺の勘違いかと思って獅音に聞いてみたら獅音も気づいていて、その後に賢二郎が 牛島さんのことなんですが…。 と聞いてきて3人目。
最後に鍛治くんに俺が呼ばれて、結果、若利くんの異変に気づいたのはこの4人。

若利くんになにかあったのか聞かれても俺はなんにもわからないし、鍛治くんも俺のあと本人呼んで、体調が悪いのか等々オブラートに聞いたみたいだけど若利くんの返事は いえ、いつも通りですが。 だったらしい。
特に差し支えはないと思うけど、これから大会だって控えてる。
原因を探れと鍛治くんに言われて、まぁ俺がなんとかしろ係に任命されたわけですよ。
隠し事や嘘をついたりしない若利くんからいつも通りなんて答えが返ってきた時点でもう詰んでると思うんだけどと思いつつ、さりげなーく遠回りに攻めてみた。
なにか気になることがあるのか。不満があるのか。体調が悪いのか。
まぁ結果はすべてNOだったけど。

もうやる前からわかってたけどお手上げ、と数日間の成果を報告するために(いやちゃんと部活をしにだけど)若利くんと体育館に向かっていたら、若利くんの足がぴたりと止まる。
どったの?と聞いた俺の声は届いてなかったみたいで、不思議に思いつつ若利くんの見つめる先を俺も見てみたら、そこにあったのは満開の桜。と、ひとりの女の子。
写真を撮っているのか携帯を翳してみては画面を確認し、満足げに柔らかく笑っていた。
その子はこちらに向かって走ってくると、俺らの目の前を横切っていき校門前の友達のもとへと向かった。
若利くんの視線は、その子から一度も外れることがなかった。

ああ、もしかして、なんて。
若利くんに限ってそんなことあるのかと思ったりもしたが、若利くんだって健全な男子だ。恋のひとつやふたつしたっておかしくない。
でも直球で聞くのはさすがにまずいと思ったから、まずは 知ってる子? と聞いた。
その質問に不思議そうな顔した若利くんは いや…。 と否定から入ったけど、 以前にもあそこで見かけた。 と言葉を続けた。

「あの子が気になる?」

「なぜだ?」

「だってずっと目で追ってたし、最近の若利くんはなんかちょっと変だったよ」

適当な相槌のあとストレートに聞いてみて、後者は少し(これでも)大袈裟に。
それくらいしないと本人は自分のことに気づかないだろうから。
口元に手を当て考える(整理してんのかな?)若利くんは、数秒の沈黙の後、薄く口を開いた。

「名前も知らない女子だが…」

「うんうん」

「初めて見たときからずっと、あの女子のことを考えてしまう」

「ぶふぉっ!」

まさかの、若利くんからの一目惚れ発言に盛大に吹いた。
おかしかったからじゃない。あの若利くんからだからだ。
予想をしていなかった返しに、ここ数日の違和感がすっきりした。
恋!いいじゃないの!これはみんな絶対驚く。

「まさか若利くんから一目惚れ発言されるとはね〜」

「…?一目惚れ?」

「だってそうでしょ?一目見て好きになっちゃったんだから」

「好きとはなんだ?」

「……え?」

にやにやの止まらなかった顔が一瞬にして固まった。
小さく首を傾げて不思議そうに俺を見る若利くんだけど、純粋にわかってないんだろう。
若利くんは嘘はつかないしそんな器用なこともできない。
この子をどうすればいいのだろうか。
若利くんの発言ってほんと、常識外すぎて、俺、困っちゃう。
もうここは、おまかせ鍛治くん〜にしよう。助けて。



「探してこい」

遠くに馳せる気持ちは近くに置いておけ、と。
事を報告すれば、鍛治くんの答えはそれだった。
若利くんを元通りにするにはその子をマネージャーにって、若利くんの監視下に置こうと4人の議会で決定された。
そうすれば若利くんも安心して(獅音曰くもっとやる気も出るんじゃないか)部活に集中するんじゃないかと。
そして探すのはまた俺の役目。時間外労働多すぎだよ。
まあでもその甲斐あって、見つけることも出来たし、なまえちゃんが入って若利くんはいつも通りの安定さを取り戻したみたいだった。
でもここからがまたお仕事だねって獅音と話してて、あの純粋な若利くんに恋愛を知ってもらおう作戦が開始された。
ただ一人鍛治くんは反対してたけど。
若利くんに限ってあり得ないけど、恋愛事にうつつを抜かされちゃ困るってさ。

なまえちゃんも今日、見た感じ若利くんのこと気にはかけてるみたいだったけど、若利くん本人がまず自覚しないことには付き合うなんて夢のまた夢だと思う。
今まで女子マネージャー取らなかったのはそういう恋愛事を避けるためだったから、なまえちゃんをマネージャーにって決定したのは鍛治くんだったけど、本心は不本意だったんだよね。
まぁ態度にも言葉にも出てるからなまえちゃんも初めは臆してたけど、みんなの前で頑張るって言ってくれたし、鍛治くんに認めてもらえるよう俺も力を貸すからね。
若利くんのために。ま、俺の楽しみのためでもあるんだけど。


まだまだ、俺らのお仕事は続きます。
なんて、恋のキューピットのお話でした。





君を君でなくして青春
(大エースの恋のはじまり)