「疲れたなぁ…っと、」

のびーっと、部屋の真ん中で今日一日の疲れをストレッチと共に解消する。
たいして動いていないのだが、使わない頭や普段しないことをすれば人間疲れるものなのだ。
冷えた体もお風呂に入って温まり、いつも以上にご飯が美味しく感じられ、不安だった部活もなんだか良いものだなと思えたので今日は良い日だったと思う。

ピコン!

「!」

良い日だと思えたのは、これのおかげもあるのだろうけれど。

ローテーブルに置いた携帯が通知音と共に光る。
隣に置いた飲み物に手を伸ばして、反対の手で携帯にもするりと触れる。
お風呂入ってる間に何件か通知がきて溜まっていたようだ。

トーク一覧には友達からもあったが、先ほど交換した覚さんと獅音さん、バレー部のグループラインも結構きていて、ちょっと戸惑ったのと同時に少ししょんぼりとした。

戸惑ったのは、まだ見ていないけれど、グループに入ったいきなりな私はアウェイ感満載ではないかとの不安。
しょんぼりとしたのは、交換した人の一人からだけは、連絡がないこと。
いや、本来向こうは主将なのだから、こちらから再度挨拶の連絡をするのが当たり前なのだ。
そこを覚さんと獅音さんはわざわざくれているわけで、しょんぼりするのは間違えている。
というか、なんで若利さんからきていないことにそんなふうに思うのだろう。
今日の疲れはただの疲れじゃないなぁ。自分でも分からない事象は、疲れることだ。

「とりあえず…お二人に先返さなくちゃ」

覚さんも獅音さんも、内容はこれからよろしくねというものだった。
文面からも伝わる二人の性格にちょっと笑えてしまって、獅音さんはその旨の内容だけだったのに、覚さんは、寮の食堂だろうか?食事中の皆さんの写真を送ってきたり、誰が何を食べてるとか寮の近くに猫がきたとか、SNSみたいになっている。

早く緊張を解かせようと気を遣ってくれてるのかな…。でもどれに反応していいのか考えるし、あの覚さんだ。礼儀は弁えるけれど、かなり楽に接してもらっている。

とりあえず、今日のお礼とたくさんの写真のことに軽く触れるメッセージを送っておいた。
覚さんも獅音さんも少し時間が経ってしまったけれど、変わらず通知がきているのはグループの方だったらしい。
トークを開けば、先ほどの4人で撮った写真がアップされてからいくつかやり取りがされていた。

(誰ですか!?って言ってる人いる……)

会ったことない人なのか、私が瞬時に忘れ去られたのか。
名前も全員覚えられたわけじゃなく、発信者を見ても私も思い出せなかった。

(あ、でも白布さんがお前いなかったもんなって言ってる)

会ってない人説だったらしい。助かった。マネージャーのくせに選手も覚えられないようじゃ、監督に怒られてしまう。

遅くなったことへのお詫びと、これから先のことを打っていく。
みんないい人そうで、よろしくなんて言葉が飛び交っている。
こんな突如と入った私にそんな風に言ってくれる人ばかりで、本当にありがたい。
監督はまだ少し怖いし、すべてにおいて不馴れだけど、緊張や不安は皆さんのおかけでいつの間にかなくなっていた。優しい人ばかりで、本当に安心した。

「明日は日直だし…そろそろ寝ようかな」

安心したら残った疲れと心地の良い睡魔がゆっくりと襲ってくる。

獅音さんから明日の朝も練習があることを教えてもらったが、生憎明日は日直で行けそうにない。
優先するはどっちなのか、人によるのかもしれないけれどその場合は日直優先で良いと言ってもらえたので、月一だけは許してもらおう。
いつもより早めの登校になるし、寝坊なんてできない。
歯磨き終わったら若利さんに連絡して、そしたらすぐ寝よう。
まだこの時間なら失礼にならないだろうし……ならない、かな。
そういえばグループにも若利さん返事なかったし…もしや寝ているのだろうか。そしたら失礼にならないだろうか。
でもこちらから何も連絡しない方が失礼な気もする。

「どう…しようか」

そんなことを考えていたら、いつの間にか寝る準備は万端。
歯磨きも終わり、電気も消してベッドに入っていたようで、考え事とは恐ろしいなと思った。

暗闇で光る画面を睨みながら、出ない答えに唸る。
失礼の度合いも同じくらいだとの結果をもって送る方を選び悩みながら文章を打ち始めていたら、ピコンとまた通知がなる。
グループの方はもう皆さん休まれたのか落ち着いているのにと思ったら、ポップアップ画面に出てきたのは、今まさにメッセージを送ろうと思っていた相手、若利さんだった。

(う、わ…またドキドキする…)

びっくりしたとか、それもあるけど、やっぱりなんでかな。この心臓がうるさい。
いい加減この理由を突き止めないとなぁと、心音の届く指先でトークを開けば、なんとも簡潔というか、

“これからよろしく頼む。今日はゆっくり休め。”

とのメッセージが。
若利さんらしいなぁなんて、まだ若利さんのこと良く知りもしないのに思ってしまった。
でも、この短いメッセージがとても嬉しく思った。
小さな突っかかりが取れたように、最後に安心ができた。若利さんから、連絡がきた。

「っと、なんて返そう、かな」

高揚なのか緊張なのか。返事を考えるような長い文章ではないし、先ほど皆さんにしたように返せばいいのに、なぜか考えてしまう。でも時間は限られているのだ。きっと若利さんだって、寝るに決まってる。

「もう…これで」

打ったあと何回か読み返して、送信の一手を打つ。
変なこと送りたくないので当たり障りない文章と、最後に悩んだ末におやすみなさいと付け加えた。

友達とのときは自然と言ったり言わなかったりなのに、その一言が馴れ馴れしいと思われないだろうかなんて、そんなこと考える時がくるとは思わなかった。
おやすみなさいではなく、ゆっくり休んでくださいとか、もっとなんか…違う言葉があったのではないか。
一つ一つに答えのでない正解を求めてしまうが、返ってはこないだろうしそれも怖いからもう寝ることにする。
目を瞑れば、意識なんて一瞬で落ちた。


そのあとに、覚さんから、若利さんが携帯とにらめっこして何送るかずっと悩んでいたこととその写真。
若利さんからの短い“おやすみ”の文字。それがきたことを知るのは明日の朝だった。





春の夜
(繋がる柔い風に誘われて)