※五色視点



授業終了のチャイムが鳴り終わってから少し。
放課後になり、帰る人やら部活に行く人やらが占める廊下を進む。
自分の教室を出て、普段は行きもしない他クラスの教室へ。

昨日はいつも以上に時間のかかった委員会があって(もちろんバレー以外でもエースは活躍する)、部活には参加できなかった。
そしたら俺の知らないところでマネージャーが入部しただの、夜には天童さんの招待でバレー部のグループラインに入ってきたり、一日でまったく流れについていけなくなったのだ。

今までマネージャーを取らなかった監督がなぜ許可をしたのか、初日であろうに異様に仲の良い(ように見えた)牛島さん除く3年生たちとか、とにかく!エースになる俺が知らないなんてちょっとって話ですよ!

天童さんがグループに載せてきた写真だったり、ラインの名前で少しの情報は得た。
どうせこの後の部活で会うけれども、監督の許可を得て、慕われる彼女はどんな人物なのか。
様子見くらいしておこうと思い、待ちに待ったドアの前で急ぐ足を止めた。

本人がメッセージで言っていたクラスの教室へと辿り着き、そっと、開いたドアからキョロキョロと室内を見渡す。
しかし期待に反し教室内にその子の姿はなく、ちらほら残った生徒たちが不思議そうにこちらを見てきた。

(…いない、か)

良くも悪くも、ちょっとした緊張が溶けて溜め息をついたその後ろ。
明らかに自分に投げ掛けられた柔らかめの声が届いた。

「誰かお探しですか?」

振り返って映ったのは、頭一個分ほど下にある女の子の顔。
誰かを探してると思った彼女は(確かに探してはいるのだが)、 呼びましょうか? と、固まる俺から視線を室内へとずらす。
写真で見ていたからわかるが、そうか。この子が新しいマネージャーの…

「? あの、」

「みょうじ、なまえさん…」

「えっ…はい」

「あ、いや、その!怪しいものじゃなくて…っ」

「それは、はい。学生さんですもんね」

つい彼女の名前が口をついて出てしまい、初対面の人間が自分の個人情報を知ってるなんて怪しいだろうとしどろもどろに焦る。
制服を着ているのだから学生であり怪しいものなわけがないと冷静になればわかるが、彼女はその意味を含めて少し可笑しそうにくすりと笑った。

「何組の方なんですか?」

「いっ1年4組の五色工です!」

「ごしき……あっ、もっもしかしてバレー部のですか!?」

予想外。彼女は俺のことを知っていたらしく、記憶を少し探ったあと目を丸くして慌てて頭を下げてきた。

「バレー部のマネージャーになりましたみょうじなまえと言います!本来私からご挨拶に伺わなければいけなかったのに…!」

昨日のグループトークの中で、俺がみょうじさんのことを誰ですか!?と聞いていたことから、今日俺に挨拶に行こうと思っていたと申し訳なさそうに何度も頭を下げるみょうじさん。
想像していたよりとても良い子そうで、様子見と言えども、短時間でみんなから慕われるみょうじさんへ少し不信感や嫉妬心…みたいなものがあった自分が嫌になり、こちらこそ!なんて謝罪の意味も込めて、人の教室の前でお互い頭下げ合いがしばらく続いた。











「へー!じゃあ五色くんは次期エースなんだ!」

「そう!牛島さんを越えて俺がエースであることを証明する!」

先ほどとは変わって、お互いに軽い自己紹介をしたら同じ年ということもありすぐに打ち解けることができた。
みょうじさんはまだバレー初心者らしく、体育館へ一緒に向かうみょうじさんの腕の中にはノートと斉藤コーチからもらったというルールブックが抱かれていた。
昨日も少し復習したようで、ちょっとしたクイズをしながら行けば答えは完璧で、惜しくもあっという間に体育館にもついた。
いつも部活には急ぎ目に直行しているし、いつもの方が時間にしたら絶対早いのに。
それ以上に、ゆっくり会話しながら歩くこの距離がこんなに早く感じるとは思わなかった。

「どういう作用なんだ…?」

「? 五色く──」

「なまえちゃんに工ぅー!」

「「!」」

今まで感じたことのない現象に顎に手を当て考えていたら、上履きを脱ぎ体育館へ上がるみょうじさんの不思議そうな言葉を押し退けて、後方から強烈な声が届く。
驚いて二人で振り返れば、珍しい。早々にいつも以上にご機嫌そうな天童さんが。
足取り軽やかに、俺には目もくれずみょうじさんへ直行。それににこやかにみょうじさんも笑った。のはいいのだが。

「覚さん、こんにちは」

まさかの名前呼び!

「おっつかれー。放課後しかなまえちゃんに会えないのつまんないね〜」

「階が違いますもんね」

なぜだろう。さも、普通に話は進むのだが、突っ込むところだと思うのは俺だけなのか?

だって名前…え、名前呼び?

天童さん相手とはいえ、自分の思っていたより仲の良さそうな雰囲気に驚愕。
まだ俺だって会ったばかりとはいえ同い年で、敬語はなくなったけど五色くんみょうじさん呼びなのに…。
なんだろうか、これは。見たことのない笑顔でみょうじさんと話す天童さんも、それに普通に接するみょうじさんも(俺なんて未だ天童さんよく分からないときあるのに)。

…モヤモヤする。
天童さんへのジェラシー…なのだろうか。
先輩の権限とか使ったのかもしれないし、天童さんはこういう性格だ。俺だって名前呼びしてもらうが、そこじゃなく。
…同い年なのは、俺だし。

「みょうじ…さん!」

「ん?」

「えっ、なにどしたの工真剣な顔して」

「いや、俺もその…みょうじさんと名前呼びしてもいいでしょうか…って、」

最後敬語になったぁッ…!
別に天童さんに許可得てるわけでもないしみょうじさんに聞いてるんだから敬語の必要なかったのに。
二人とも元から大きい目をさらに丸くさせ驚いたようだったが、みょうじさんはすぐに表情を緩め嬉しそうに笑った。

「もちろ─」

「だーーーめ!」

「えっ」

「えっ」

「これ3年生だけの特権にすんの!」

そんな特権あるんですか?
俺同様みょうじさんも驚いていて、絶対みょうじさんはオーケーだったのにどうしてそれを天童さんがだめするんですか。

「覚さん、それはさすがに…」

「え〜だって特別感ほしいじゃん」

「私に特別感まったくありませんよ」

「あるよ」

「私は五色くんともちゃんと仲良くしたいです」

「名前のことは別によくない?」

「覚さん?」

「…じゃあ工が呼ぶのはオッケー」

「えっ、俺が呼ばれるのは…」

「だめー」

「覚さんってば」

「ちがくって、工呼びも3年限定なのよなまえちゃん」

「あ…そうでしたか…」

「えっ、いやそんなむぐっ!」

出会って経ってもないのに天童さんに意見できるみょうじさんのすごさでスムーズにいくと思ったのに、なんか知りもしない限定ルールができてるし残念そうにするみょうじさんにそんなルールないことを言おうとしたら天童さんが手で口を塞いでくるし。ちょっと!

「さ、覚さん?五色くん苦しそうですよ?」

「あーちょっとくしゃみでそうだったみたいで俺が先輩としてね?代わりに押さえてあげてんの」

「!? んん…!」

「そうなの…?平気?五色くん」

余計なこと言わない方が身のため感が伝わってくる。
もう!ほんとなんなんですかこの先輩!

「大丈夫?」

もう諦めた方がいいと判断し体の力を抜けば、天童さんの腕の力も弱まり解放される。
心配そうに見つめるみょうじさんに、大丈夫(だけど大丈夫じゃない)なことを伝えれば、自分は呼べないけれどぜひ名前で呼んでほしいと言われた。

(天童さんたちが卒業するまでの間だけ我慢するか…)

おおらかだがよくわからない天童さんに逆らったらサーブ練習とかすごく狙われそうだし(勝負は受けますけどね!)、とりあえず今だけは穏便に済ませるのがベスト。
あと一年もしないんだから、待つこ──

「あ、若利くん遅いよー!」

だから!なんでそこまで覆い被さってくるんですかこの人は!
俺の語りシーンまで侵食してくる天童さんの良く言ってセンパイ感にくぅっと涙を飲めば、声のかかった方からは牛島さんがこちらに向かって歩いてきていて、私情はとりあえず置いておく。
いつも通り挨拶をすれば、いつも通り短く返事をされ、その視線は俺から隣へ下がる。

「若利、さん。お疲れさまです」

「あぁ…早いな」

(牛島さんも、か…)

先ほどの3年生の特権というのはこの主将にもなのか。

3年生同士では聞き慣れた呼び名もさすがに同い年の子からは聞いたことがなく、もちろん皆そんなの恐れ多いという理由もあってだが…なんだろうか。
またモヤがかかった感じで落ち着かない。
礼儀正しいみょうじさんのことだから天童さんあたりに半ば強引に決められたのだろうなと思いつつ隣を見れば、みょうじさんは牛島さんと目を合わせたまま固まっていて、表情もぎこちなく僅かばかり頬も赤く見えるのは…気のせいだろうか。

「ていうかなまえちゃんと工なんで一緒にいんの?今会った?」

聞くには至らないかと気にはなりつつもそこで留めておけば、天童さんは固まったままのみょうじさんの頭をぽんぽん触りながら超絶意味を含んだ視線を俺に向ける。

「あ、えっと…!私が行かなくちゃいけなかったところを、五色くんがわざわざお伺いに来てくださって…」

「き、昨日会えませんでしたから」

といえば、天童さんは牛島さんをちらりと見たあと、はぁっと溜め息をつく。

「…工ぅ、それはだめだわ」

「えっ、なんでですか」

勘弁してくれよと言わんばかりの天童さんだが、まったくもって溜め息をつかれる意味がわからない。
天童さんに倣って俺も牛島さんを見やれば、いつもそうなのだが、なんだろうか。いつも以上にオーラがすごくてなんにも牛島さん言ってないのに恐ろしくて身の毛がよだった。
え、なんで不機嫌なんですか。





エスコート役は決まってる
(王子様は一人でいいのさ)