外に出ると新緑の匂いが夜の空気と一緒に俺のことを包んだ。
きっと忘れられない匂いになる。
今日からまた、俺の世界は輝くんだ。


最近、及川さんに彼女が出来た。
可愛らしくて、まるで花のような女の子。
歳は俺と同じ一年生。クラスは隣。
勉強はできるのに、少し馬鹿なところがあって、青城バレー部のマネージャーになった。
出身中学は北川第一。俺と及川さんと同じところ。その頃は他の部活をやっていた。
中学一年の冬、及川さんに惚れて、高校一年の春、やっと結ばれたんだ。
先に卒業してしまった及川さんをずっと想っていて、高校は同じ青葉城西に行くと言っていたのを叶えた。
ずっと近くで見ていたけど、勉強もよく頑張ったし、中学のころに比べたらうんと可愛くなった。…もとから可愛かったよ?それでも、うんとだ。
恋は女の子を綺麗にするなんて聞くけど、それは本当だったみたい。
見ていてとても輝いていたし、楽しそうで、幸せそうで、恋とは、好きとは、すごいものだと思った。
同時に、そんな彼女に俺が惹かれた。

キラキラしていたんだ。退屈に感じていた俺の世界が、光を浴びたように、明るくなった。
頑張る彼女を見ているのが好きになった。
及川さんはモテるから、私は可愛くなりたいんだって。
選んでもらえるように、一緒にいられるように、認められるように、頑張るんだって。
人間自分に無いものは良く見えるらしい。
頑張る彼女そのものが、俺にとっては良く見えた。彼女が必要なんだと思った。
笑う彼女を応援した。手助けなんてものはしなかったけれど、努力の花を咲かせようと努力する彼女が好きだった。

でも、咲いたら、成長は止まるものだってわかった。

同じところに進学して、彼女の長年の想いが叶ったことを知って、俺の世界は昔に戻った。
微笑み合う二人を見てまわりはおちょくったり祝福を送る。
及川さんも彼女も幸せそうで、俺の名前を呼んで笑う彼女の瞳には俺が映る。それがどうにも気持ち悪かった。

違うんだ。咲かないで。君はそうじゃない。
ずっと君を見てきた。直向きに努力する君が好きだった。
その光で俺の世界は輝いたんだ。
俺が求める、俺に無いものから変わらないで。
叶ってしまったら、俺の好きな君でなくなる。違う。ちがうちがうちがう。
俺の輝いた世界を壊さないでよ。
俺に無いものをくれよ。誰も求めてない。咲いた花なんて。咲くまでが、人の心を慕情、想情するんだ。


新緑の香りが鼻をつく。青臭い。
今日は彼女は及川さんとデートをしている。
ショッピングをして、映画を見て、食事をして、夜は遅くならずに帰る。
家まで及川さんが送るだろう。
幸せな初デートが終わる。お互い笑顔で別れる。悪いことだね。
でも最後くらい、そんな顔で終わらせてあげるんだ。だって俺の世界になる人だ。

彼女に電話をかける。きっと陽気な声で出てくれるだろう。幸せの余韻に浸った顔で、会ってくれるだろう。
大丈夫。俺が奪うのは及川さんへの気持ち以外だよ。
汚らわしくなったと泣いて。そしてずっと及川さんを好きでいて。恋焦がれていて。叶わなかったころの君に戻って。そんな君が俺は大好きだったんだ。

新緑の匂いが漂う夜。俺になるにはすぐそこ。





叶わない恋をしていたときの方が、きみは生き生きしていた。
(そんな君がだいすきだよ)