扉が開いた。
しょっちゅう開くときもあれば、数日閉じたままのときもある。
今日は、数日ぶりに開いた日。
「おいで、弔」
扉から現れたのはいつものように苛立ちを含んだ彼。
付けているんだか掴まれているんだかわからない手を外し、私の名前を呼んだ。
「なまえ、なまえ……」
「いい子ね、弔。さぁおいで」
古びたベッドに腰かけた私の足へ、ぽすりと頭を乗せた。
いつものように鳴るベッドに身を預け、片方の手を握ってくる。いつもそう。
薄く開いた口から、私だけに甘えを寄越して。
「みんな酷いんだ」
「うん」
「俺を見てくれない」
「うん」
「何が悪いって言うんだ」
「弔はいい子なのにね」
痛んだ髪を優しく撫でる。
膝の上で子供のように泣き言を言う彼が、私にはとても愛しい。
子供のようで、争いには不向き。気に入らないことがあるといつもここへ来ては甘えて、最後に寝息をたてる。
世の中にはいろんなことがあるけれど、彼を成長させてくれる世界だから、私は黙ってこの役に徹する。
壊すことなんて簡単で、変えることなんて簡単。
それでも私の一番はこの、幼い幼い、彼だから。
精々彼のためになって、ヒーローの蔓延る世界よ。
「ねぇ、弔」
「なに…」
「…ううん、なんでもない」
「嘘つきだね。握る手離した」
「もう、そんなとこ見て…」
「見るよ、そりゃ。なに?」
「…うん。あのね、いつまでも私を求めてくれるかなって」
嘘をついたときの癖。私も知ってたけど、あなたにもばれていたなんて。
嘘は心苦しくて、触れていられないからだよ。
あのね、弔。
強くなることも大きくなることも大人になることも。
すべてこれから壊す世界が教えてくれるでしょう。
でも、そのときに、私を捨てていくの?
不安なんてらしくないのかもしれない。
あなたが求めるときに、私がいてあげたい。
あなたの成長の一部になれるのなら消えても構わないのだけれど、私の一番は、幼いあなたなのよ。
素肌に伝わる体温も、乾いた唇の感触も、抱かれる熱も。消えてしまうのが、少しだけ、
「寂しがらせたりしないよ」
「!」
「なまえがいないと、俺死んじゃうから」
起き上がって重ねた唇は相変わらずかさついてて、それが私には心底安心できるもの。
泣き言を聞いて、慰めて、眠りにつく。
そんなのが私の幸せな日。
それを壊して、ヒーロー名乗るの、おこがましいよねぇ。
「とーむら」
「機嫌いいの?なまえ」
「ええ、とても。だって可愛いもの、弔」
「格好いい、がいいよ」
「じゃあいつか、連れ出せるくらいかっこよくなって?」
「なまえのこと見られたくないんだけど…」
「寂しがらせないんでしょう?」
もう一度寝転がる弔の頭をもう一度撫でる。
言ったじゃない、さっき。
なら、泣き言言って甘える存在じゃなくならなきゃ。
幼いあなたが一番だけど、守ってくれる大人なあなたが次に控えてる。
「しよ。不安を消してあげるから」
「ねんねは?」
「今は抱きたい」
素直なところも、私を大事にしてくれるところも、押し倒して、それでも僅かに興奮して染める頬も、全部。
「かわいいよ、弔」
「なまえが可愛い」
さぁ、ヒーロー。格好いい彼にも会わせてくださいな。
せめて苗床になって
(それくらいしか出来ない英雄気取り)