「行け」

「行かない」

演習スタートの掛け声で一斉に目前を目指すクラスメイトを見送って、私は担任とこの問答。
地べたにしゃがみこんで、見下すセンセをシカトする。
頑なに行けとしか言わない彼に私も頑なに行かないと言う。
そんなやり取りでもう5分は経った。

「ねぇ、」

「立ち上がったら口利いてやる」

「ばっか消太」

ならいいわ。 と、ふんと鼻息荒く余所を見たら、ぎゅいんとあの紐見たいので強制的に反対方向を向かされる。いてぇなおい。

「なによ」

「ここでは名前で呼ぶなと言っただろ」

「うっさい」

屈んで目の前にきた消太のアップの顔からしれっと目を逸らす。
それでも睨んでくるかっさかさの目。
ドライアイなんでしょ。早く閉じればいいのに。

なんて、嘘で。

「なんで行かないんだよ」

「行きたくないからよ」

顔に触れていた紐は腕の下を通り、消太が立つと同じく私も強制的に立たされた。
溜め息をつく彼はきっと困ってる。

「理由は」

「恋人同士の時間が足らなすぎる」

「ここは学校だぞ」

バレたらどうすんだ。 と、必殺ドライアイを手で覆う消太にずきりと心が痛む。
邪魔したくて邪魔してるんじゃない。ごめんなさいと思う。だっていい子でいたから、私。
だから寂しいって、直接言えないんだよ。

「消太おやすみの日も仕事してるじゃん」

「忙しいのわかるだろ。今は特に。お前らのためなんだ」

「わかる…けど、私は」

寂しい。

出かかって止めた。それを言ったら我慢してたものが全部出て消太をもっと困らせるのがわかったから。
忙しいのも、私たちのためなのも、よくわかってる。
だから少しでも煩わせないように、筆記も実技も、優等生と呼ばれるように頑張ってる。
それでも、“先生”は忙しい。

「行く…。煩わせてごめんなさい、センセ」

線引きは出来てた。担任の相澤先生と、恋人の相澤消太くらい。
私情を持ち込んだのは私の方からだった。
緩くなった拘束から解かれる。
すとんと、地に足がついて。
みんなもうまったく見えないけど、個性を発動すれば、今からでも私なら巻き返せる。
優等生でいなくちゃ。彼に失望されたくない。
涙で少し歪んだ視界でも、薄く開いた唇がわかる。お小言なら、もうたくさん。

「なまえ、」

「…っ」

ああ、なんだ。違うの。
そんなの、ずるいじゃん。馬鹿じゃん。

「……そっち、こそ、名前呼びだめでしょ」

「いいからこっち向け」

「…や、だ」

バレてるけど、泣いたとこなんて見られたくない。
悟られたくない。こんな気持ち。いい子なんだ、私は。

「次の休み、ちゃんとお前のために空けたから」

涙でしょっぱい唇が、大好きな温度に触れる。
引かれた手首もあっつくて、無精顔が目の前にあって、あぁ、馬鹿、好きだって思う。

「しょうたぁ…っ」

「ちゃんとお前は、俺のいい子だよ」

「ぶぇぇっ、ぐす…っ」

「寂しがらせたな。悪かった」

あったかい手が頭を撫でる。
大泣きする私に、一応これでもお前の彼氏で教師だから。と、寂しさもなにも分かられてた発言をされて、あぁ、私もまだまだかなぁって思った。

「彼氏の俺の前では、いい子ちゃんじゃなくていい」

「センセの前では?」

「誇れる優等生にはご褒美、だな」

「がんばる!!」

泣いて、慰められて、気持ちが晴れた。
次のおやすみ仕事にしないよう、相澤センセの業務的支障にはならないようにせねば。

「行けるか?」

「ラクショー1位!」

「よし、なまえ」

「あい!……んむっ」

「行ってこい」

あぁ、続けてちゅーなんてずるい。
笑う消太の、その笑顔。また早く見たい。
だから、すぐ終わらせて帰ってくるね。
うん。今の私、無敵じゃん。





(俺の)お利口ハニー



相澤先生にベタ惚れちゃん。