▽5周年記念リクエスト(莉子様)※nrt連載設定





景色に似つかわしくない舌打ちが、そよ風に連れ去られた。

僅かに痛む左腕を押さえながら辿り着いたここは、先程までいた血に濡れた場所とは違い、花咲き水溢れる、動物さえ警戒を忘れているような場所だった。

こんな戦いとは無縁そうなところが近くにあったのかと、気にも止めない動物たちを横目に水辺にしゃがみこみ、血の染み込む袖を引きちぎる。
最後の最後、油断なんてものではなかったが一太刀を浴びてしまった。

痛みなんてものはそれほどではないが、繊維と血がくっつき始め少し動きにくい。
ちぎれた布をその場に捨て、動物たちの水呑場なのか、清んだその水で血を洗い流す。
傷なんて久しぶりに出来たなと雑魚と自分へ2回目の舌打ちをすれば、後ろから目の前の水と同じように、清んだ声が降ってくる。

「大丈夫ですか…?」

「ッ!」

気配に気づかなかったこと、新手の敵かと腰に指した刀を抜こうとすればその手は空振りに終わり、瞳は自分を見下ろす女を捉える。
急な反応に女も驚いたのか、短く悲鳴をあげるとひらりとワンピースの裾を揺らし半歩退いた。

「…何者だ、お前」

間違いなく腰に差していたはずの刀が、ない。
一瞬の焦りから出遅れた体はそのままに、しゃがんだまま女を睨む。
するとそいつは涙目ながらに、震えて言葉を紡ぐ。
それは明らかな嘘だと思った。

「私は、あの、花を摘みに来てただけ、で…」

気配なく俺の後ろに立った女がそんな理由を述べるものだから、そのまま殺してやろうと思い片腕にチャクラを走らせた。

ガチャンッ

「!」

チチッと空気を打つ音が辺りに鳴りそれに女も反応した瞬間、どこからともなく飛んできた自分の刀。
纏ったチャクラは消え、反射的にその方向を見やれば、少し離れたところで水を飲む鹿と目が合う。
どこにこの刀があったのか、どこからきたのか。考えずとも間違いなく、この鹿が放ったと向こうも目で訴えてきていた。
睨む俺を横目にそいつはすっと立ち上がると、目の前の女の元にすり寄りその顔を見上げた。

「? 彼の落とし物…?そっか、見つけてあげたの。いい子だね」

自分から女の手に触れにいったそいつに、恐怖を滲ませていた女の震えは消え、その頭をやさしく撫でる。

「でも投げちゃだめだよ。…さ、みんなとはぐれる前におかえり」

言葉を交わしていないのに意志疎通が出来てるかのように笑う女と、去り際、再びこちらをちらりと見た鹿。
数秒間目が合い、なにかを訴えると木々の奥へと消えていった。

こいつはこの女を守ったというのか?
突然消えた刀で殺せず、そして放られた刀のせいでまた殺せない。
知らぬ間に抜かれていたのだろうか。
辺りを見渡せば、他にいた動物たちもこぞって姿を消していた。

「お前は…なんなんだ?」

なにか特殊な能力なのだろうか。気配もなく近づき、この空間が奴に味方するような感覚も気にかかる。しかし、チャクラは感じない。
誰もいなくなり武器も戻った今、殺すことなんて簡単なのに殺せないのではないかと思ってしまう。なんだ?これは。

「え?私は…」

怪訝な表情をする俺へ、鹿を見送った女は不思議そうな顔で振り返ったが、すぐにその言葉を遮り俺の目の前へと膝をついた。

「手!怪我してるじゃないですか!」

落ちた視線が捉えたのは、未だ流れる赤く染まった腕。
先程洗い流してはみたものの、そうすぐに血は止まらなかったのだろう。
ぽつりぽつりと花弁を汚した。

「どうしたんですか?とりあえず処置を…!」

「いい。触るな」

滴り落ちる血へ触れようとした女の手を払い除ける。
得体の知れないやつに騒がれるのも触られるのも酷く不愉快だ。

パンッ!

一瞬怯んだかに思えた女の手が、すぐさま払った手のひらを強く叩く。
乾いた音が辺りに響き、先程までの恐々とした態度からは一変。こちらをキツい瞳で睨んだ。

「いいわけないでしょ!大人しくしててください!」

キュッと結んだ唇と眉間に寄った皺。
初対面だが似合わないと思わせるその表情はまたすぐに変わり、ハッとしたように、叩いた手に目線を落とした。

「す、すみません!強く言ってしまって…っ!手も、その、痛くなかったですか?」

黙って、変わる女の顔に流されていたら、そっと細い指先が流れる血に触れる。
傷口を辛そうに、けれどどこか慈愛のある視線で見下ろす女は、慌ただしかった口許を薄く開いた。

「私の…大切な人たちも、こんなに酷くはないですが、たまに怪我されて帰ってくるんですよ。だから、心配で…」

すみません、本当に。 と、しゅんと縮こまると、買い物の袋だろうか。応急処置用の薬や包帯などを出してくる女は、決して慣れた手付きとは言えないが傷を優しく包み込んでいく。

「…家族なのか?」

警戒心を解いたわけではなかった。
けれどなぜか、自然と口が開き会話を続ける。
どうでもいいことを、普段は聞きもしないことをどうして尋ねてしまったのか、我ながらよくわからない。
普通の、なんの利益にもならない会話なんてものを、久しぶりにしている気がする。

よく分からない雰囲気に毒されている感覚が拭えない俺の言葉に、女は視線は落としたまま、首を横に振った。

「私、家族はいないんです。両親のことも知らなくて、捨てられていた私を拾ってくれたおばあちゃんも、もういなくて…」

ちゃんとした里なんてものにいれば、滅多にお目にかからない境遇の者。
こんな忍でもない女と、自分と、あいつと。
被るところのある姿に、どんな想いからだろうか。顔が強張るのが自分でもわかって、けれどその女は俺とは正反対に、穏やかに、笑う。

「でも、そんな私に居場所をくれた、家族みたいに大切な人たちなんです」

重ねるべきでないもの、過去の自分。
巻き終わった包帯と、 帰ったら、早めに病院行ってくださいね。私治療ってレベルはできませんので…。 と、申し訳なさそうに眉を下げるその笑顔は、これから先、消えていくのだろうか。

「…礼は言っておく」

膨らむ余計な考えから目を逸らしたくて擦った傷口。
若干の痛みはあるが、医療忍術ではないのだから当たり前か。

丁寧に巻かれた白に、自分の傷を顧みるなんて、今後あったかどうかもわからない。
ぼうっと眺めたそこに、そっと指先が触れる。
合った視線の先、女は悲しげに目尻を下げた。

「あまり、無茶をされないでくださいね」

しばらく、聞かなかった声色。
心配や慈愛を含んだそれに応えることが出来ず目を反らせば、遠くの方で、誰かを呼ぶ声がした。

「あ!そうだ私行かないとっ」

慌てて立ち上がった女は声の方を向く。
傍らにあった買い物袋を手に取ると、まわりの花を舞い上げながらこちらをふわりと振り返る。

「この辺には、よく来ますか?」

「たまたま迷っただけだ」

もう来ることはない場所だと思うと同時に、誘われるままにしか辿り着けないのではないかとも思った。
どちらにしろ、二度目の理由が思い浮かばない。

すると女はふっと笑い、

「私、よくここ来てるんです。また会えるといいですね」

そのときはゆっくりお話しましょう。 と、きっとそいつの名前だろう、咲き浮く花のような笑顔を残して、呼ばれる方へと駆けて行った。

(なまえ、か…)

また会おうなんて、偶然が重なったって、そうそう起きやしない。
赴かなければ、またなんて、起きない。

迷ったのか。誘い込まれたのか。
段々と小さくなるその背中に、どこか心残りな自分がいる。
毒された感覚がまだ抜けない。
だから、考えてしまうのか。

次が、あるのなら。
そのときは?





遠くに映るなまえの、羽織った衣に、全てが止まった。





暁を纏う
(あ、名前聞くの忘れちゃったな…)
(…なんだよ、上機嫌か?うん?)
(えへへ、また連れてきてくださいね。デイダラさん)