▽5周年記念リクエスト(なり様)※nrt連載設定※捏造有





久方ぶりだった。任務で俺たちが別れて行動するのは。
任務内容から、少し長引くかも〜と言った片割れと離れて、約数時間。
こちらの仕事は終わったが、きっと向こうはまだ終わらないだろう。

いつも二人でいるとはいえ、離れたら意志疎通なんてものはできない。だからこれは、勘でしかないが。
向こうも“それ”が働けば、きっとここへ帰ってくる。
一人の時間なんて早々ない。特別な時。
だからこそ、きっと俺はここへ来たのだろう。


いつもやつらが出入りする、見慣れたリビングのドアの前。
立ち尽くす俺は、一体どうしたいのか。

今日、アジトは全員出払っているのを知っていて、気配からあいつはここにいるのも知っていて。

どうして思ったのかなんて今じゃわからないが、仕事を終えて、一人の時間だと思ったら、ここへ戻ってきていた。
いつもの様子で、笑って出迎えるのを想像していた。のに。


(開ケル気ニナランナ…)

自分の今の姿を見てどう思われるかなんて、ここへきてやっと頭が回ったのか。
半身の消えた、およそ人と呼べるのかさえわからない自身の姿。
他人にどう思われるかなんて、自分のことなんて、今まで考えたことなかったのに。

ただの小娘を前に、その先を想像したらドアノブへ手をかけることすらできなくなった。
どんな見てくれでも受け入れてくれるだろうと思う自分と、もし万が一、恐れられてしまったらと思う自分。
そろそろ自分の面倒くささと状況に嫌気がさして溜め息をついたとき、意図せず目の前のドアがかちゃりと開いた。

「あ、やっぱりゼツさんでしたか!」

ひゅうっと、心臓があがった。
準備もなにもなく来たその瞬間に、すぐに言葉がでなかった俺に、特に驚いた様子もなく、なまえは おかえりなさい。 と笑った。

「…オ前、驚カナイノカ」

「え?」

見下げる俺を、ぱちぱちと瞬きするなまえの瞳が丸く見つめる。
俺の言っている意味がわからないのか、なまえは数秒の間を空けたが、 あっ! と口を開いた。

「えっと、驚きました!なんだか誰かが帰ってきたような気がしたんですけど、勘違いだったら恥ずかしいな〜なんて思ってドア開けたらほんとにいらっしゃったので!」

一人で嬉しくなっちゃいましたっ。 とわたわたと身ぶり手振り、照れ臭そうに笑うなまえだが、俺が言いたいのはそういうことではない。

お前は、この姿を見て、なんとも…

「? いつものゼツさん…です、よね?」

自然と口から出ていた言葉に、きょとんと首を傾げるなまえ。

どう見てもいつもの白といるときの姿ではないのに、なぜこんな言葉が出る?
忍でさえこの姿を見れば一瞬なりとも怯むだろうに。
馬鹿なのか気を遣っているのか、一瞬の考えが巡って黙る俺に、なまえはもう一度 あっ! と声を上げた。

「白ゼツさんと分かれられることにも驚きました!」

もしかしてそちらの方でしたかっ!? と、勝手に自分の話してしまったことを、恥ずかしそうに床を見つめ謝るなまえ。

それを見て、考え込んでいた自分が馬鹿らしくなったのか、安堵したのか。
自分でもよくわからず二度目の溜め息をついて、ただいまを言う代わりに、俯くなまえの頭に軽くぽんっと触れて部屋へ入る。


「あ、く、黒ゼツさんは、もうお仕事終わりですか…?」

紛らわせていない若干染まった頬のまま、ドアを閉めたなまえはキッチンへ向かう俺の後を追う。

「俺ダケノ仕事ハ終ワッタナ」

「そうでしたか。お疲れ様です」

小走りの音と、にへりと笑って見上げるなまえ。
それを横目に水を飲もうとコップを取ろうとすれば、ふわりと甘い匂いが漂うのに気がついた。

「? ナンカ作ッテンノカ?」

その匂いの元であるだろう稼働音のする方を見れば、オーブンが熱を帯びて低音を鳴らしている。

「はい!実は今りんごのパイを作っていまして、あと少しで焼き上がると思います」

両手を合わせて笑うなまえの傍には、出掛けたときに買ったと聞いたレシピ本がページを開いて置いてある。
普段ここに一人のときはこういうことをしているのかと、特に気にしたことなかったまわりを見回していれば、なまえは 黒ゼツさん。 と俺を呼んだ。

「実はといいますか、パイは出来立てが一番美味しいらしくて…。ずるっこになっちゃいますけど、先に二人で食べちゃったり…しませんか?」

せっかくの黒ゼツさんと二人きりですもんね? と、人差し指を口元に当てて 内緒です。 となまえは歯を見せて笑う。

その顔が、あまりにも──。


今まで感じたことのない気持ちで、うまく言葉で表現ができない。
会ったとき、いや、来た当初、サソリの一件で泣いてたときからだろうか。
自分の語彙力が乏しいわけではないと思う。けれど当てはまる言葉が見つからない。

泣いているときも、笑っているときも、いつもこいつといるときに思うこと。
胸の奥、木々がざわつくような、水面が静まるような、そんな感覚。
一つの目的のために千年と生きてきた自分が、知らない感情。

心地よいのだろう。そこに身を委ねたら、その気持ちをいっぱいに満たしてみたらと思うけれど。
俺を“占める”モノが、それをいつも遮ってくる。

今も。


もうすぐ焼けますよー。 と紅茶用のカップを用意するなまえが霞む。
首を、目を。熱を帯びた母の手が、冷たくひやりと絞めるような。

「? 黒ゼツさん?」

苦しい。おこらないで。ダイジョウブ。ちゃんと。

「…俺ガヤル」

自分勝手な考えが生み出した幻か、なんなのか。

答えを出さまいとするそれを振り払って、不思議そうにこちらを見るなまえを焼き上がったと鳴るオーブンの前から退かして扉を開けた。



「ではっ」

いただきます! と手を合わせるなまえに続き、軽く手を合わせる。
フォークで刺したパイは、さくりと軽い音を立てて一口サイズへと分けられると、ふわりと湯気を上げた。

なまえは自分が食べるよりも先に、俺の感想を聞きたいのだろう。
まだ口に入れてもいないのに、じぃっとこちらを凝視してくる。

添えられたアイスはパイの熱で溶かされ、広がる甘みを口の中へ届けた。

「ど、どうですか…?」

不味いわけがないのに、不安そうにこちらを見つめてくるなまえは、瞬きもせず真剣な面持ちで。
つい笑いそうになるのを堪えて、ちゃんと美味いことを伝える。

「よかったぁ…っ」

一安心といったところか。へにゃりと体の力を抜き、ゼツさんのお口に合ったのならと、やっと自分もそこから食べ始め、サクサクと軽快な音が部屋に浮かぶ。
上手に作れてよかったです。 と笑うなまえを、今この瞬間、独占できている。
片割れ含め、いつもの騒がしいやつらはいない。
二人のみで話すことなんて初めてで、気を遣ったり、してしまうのではないかと思っていた。もしかしたら、お互いに。
けれど、

「この間ゼツさんたちが買ってきてくださったりんごのおかげで、とっても美味しく作れましたね!」

そうならないのは、変わらず笑いかけてくれるのは、なまえのおかげでしかないのだろう。

満たされる。

ずっとカラカラだったと気づかされたこの“心”と呼ばれるだろう、なにかが。

わからなかった。心なんてものは、母が作らなかったと思っていたから。
知り得ぬ感情に寄りかかろうとすれば、引き戻してくるのは強い強い想い。
俺の大事なものとは?存在意義とは?
この千年は、なんのために?

渦巻く感情にまた息が出来なくなりそうで、キッチンの一瞬もあったからだろう、不思議そうだったその顔は心配そうな表情に変わり、俺の名前を呼んだなまえの声はその気持ちを含んで少し揺れていた。

「なまえ」

張り付いた母の手。その子の名前を呼ぶと、きゅっと締まったように感じる。
会いたくても会えないのに、どうしてあるように感じるのは、皮肉なものだろうか。
見えなくされる、呼べなくされる。
母以外のすべてを求めることを許せないというように。

「オ前ニハ…会イタイ人ガイルカ?」

真剣になってしまった声が伝わったのだろう。
俺が皿へフォークを置けば、なまえも握ったままのフォークを皿へかちゃりと戻す。
笑顔も心配もなくなり、先程の和やかさを、静寂が消し去った 。

「俺ニハイル。スベテヲ犠牲ニシテデモ、会イタイ人ガ」

遥か昔からのこと。世界のこと。
忍でもないこいつが知っているわけがないのに、犠牲なんて言葉、想像すらできないだろうか?

急な俺の問いかけに、なまえは言葉を発することなくこちらを見つめたままで。

「ソノタメニ俺ハ生キテキタ、ト言ッタラ?」

そう投げ掛ける俺へ、お前はなにを思う?
曇りのないその瞳は、なにを感じる?

こんな話、してはいけないと分かっている。
計画が感付かれたら。誰かに言われてしまったら?
そんな利口なやつだと思ってないのに、万が一を考えられず行動した今の自分は甘いのか?
長年の思いを誰かに知ってほしかったのか?聞いてほしかったのか?この辛さを。


「…私も、」

ツライッテ、何ガダ?

「会いたい人、いますよ」

話していて現れる、自分さえ知らない自分。
心臓の辺りに靄がかかるような気持ち悪さに吐き気すら感じれば、それを一瞬にして払い除けるのは、凛として澄んだ声。

「ゼツさんは、その人がとても大切なのですね」

真剣な顔でこちらを見据えるなまえの声が、どこかに響く。
その瞳は、真っ直ぐ俺を見ているのに、知らないその先の誰かを見ているようで。
普段のこいつからは想像できないほどのなにかが、そこにはあって。

黙って目を反らせない俺とは反対に、なまえはゆっくりと目を伏せ、静かに言葉を続けた。

「私も、大切なので。ゼツさんの気持ちわかります」

きっと。見上げて微笑むお前は今、俺と同じものを見ている。
目の前にいる奴を見ているのに、でもそこに確固存在する会いたいその人が映っていて。
その瞳は、同じものを見ているはずなのに。
どうしてだ。俺とは違う。

“母”に会いたい。
俺もお前も、同じはず、なのに。

「でも、」

つらいって、なにがだ?

「黒ゼツさんは、その人のために自分自身も犠牲にしている気がします」

先程、自分では答えられなかった、そうであってはいけないと思っていたものが、揺れる声の先から届けられた。

母がすべての自分は、それ以外になにも持ってはいない。母だけを見て、生きてきた。
ずっと、そう居続けて生きてきた。
なのに。なんで。

「大切なゼツさんが苦しいの、嫌です」

どうして、お前は俺を見れるんだ?

「笑っていてほしいです。幸せでいてほしいです。だから、私が黒ゼツさんを犠牲になんてさせません」

泣きそうで、でも力強くこちらを見つめてくるなまえに、いつもは簡単に泣くくせにどうして今は耐えるんだよなんて思った。
その姿が妙に強く、目に映った。

人に対して何かを感じたことなんてなかった。そいつらを見ることすらなかった千年間。
俺が大事なのは、唯一母一人だったから。

けれど、俺と同じだと思ったお前が、今見てくれているのは想い馳せる人でも、他の誰でもなく。俺なんだと。

「…なまえ」

それが解ったら、心臓の辺りがぎゅっと締め付けられた。
苦しいのに、心地よくて。
何かが、奥底から溢れてくるこの感覚。

「、ゼツさ──」

初めて、どうしようもなく、そう思ったから。

泣きそうななまえの頬を両手で包んで、顔を寄せた。

「あーー!!!!」

俺の名前を呼びかけた息が唇にかかった。
ナイスというのか、バッドというのか。近づいてくるのは予感していた。
タイミング絶妙に、床から生えてきたのはいろんな感情が混ざってそうな顔した片割れ。

白の方が現れたことによって自分が今なにをされそうになっていたかも抜けてぽかんとするなまえは、包まれる手の平の中で わ、おかえりなさいです白ゼツさん! と生えてる片割れに目線を落とす。

「ダメ、やだ、」

未だに触れたままの俺の両手を離そう…としてはこないが、言葉でやめて離してとあわあわしながら言ってくる。
他の奴らには実力行使ですぐキレるくせして、俺には弱いと思う。

まぁ、お前もこいつが大好きだもんな。

きっと俺より先だったお前に免じて、なんてわけじゃないが、ここから先をする勇気は今はないから。
触れているなまえの頬から、するりと手を下ろす。
独占タイムは、もうお終い。

「抜け駆けずるいよ…っ」

怒ることはしないがとりあえず迫ってくる片割れに、静かにしろと近づいてこないようその顔を手で押し返して阻んでいれば、少し下の方でふふふと可笑しそうに笑うなまえ。
鈴の鳴るような声のあと、お前は俺の名を呼んだ。

きっとその顔は、ずっとなにがあっても、忘れない気がその時したんだ。

「私はこうやって、ずうっと、ゼツさんたちと幸せに過ごしたいなぁって思います」

千年の中の、初めてのこと。
お前に出会うまで、抱いたことのない気持ち。

「アァ、俺モソウ思ウ」

ずっと、傍にいたい。





月の使者と、ある村娘の話
(最後のときまで、お前を諦めずにいられるだろうか。)



私の中の黒ゼツさんイメージソングはゴース/トルー/ル。