▽「月の使者と、ある村娘の話」の没(にするには惜しかったやつ)▽なのでネタはちょっと被ってる※nrt連載設定※捏造有





久方ぶりだった。任務で俺たちが別れて行動するのは。
任務内容から、少し長引くかも〜と言った片割れと離れて、約数時間。
こちらの仕事は終わったが、きっと向こうはまだ終わらないだろう。
ペインのやつも、なぜ向こうに白を行かせたのかわからないが、ある意味この時間は、今日は、好都合であった。

本当に久方ぶりの独り。深く息を吐き、血に染まった地面へ沈む。
自分の胸に詰まったこの“何か”を、今日は確認できそうだ。







千年と待った母復活の物語。
幾度となく機会を作り、幾度となく失敗をし、幾度となく、待ち焦がれた。

それが今にして、やっと、やっと終盤へ手をかけた。
すべてを手回しし、暁をつくらせ、尾獣を狩るところまできた。
自分の意思だというマダラも、片割れも、世界の誰も。真実は知らない。
お前らが生きる世界が事象が全てが、俺の、母のための物語だなんて。

事が進むにつれ募る想い。なんとしてもここで会いたい。
母のためなら、どんなことだってする。世界のすべての人間なんて、なんの、どうでもいい、母復活のための駒たち。
そう思っていた。

なのに、


「ゼツさん?」

目の前のこの女は、どうして今、ここにきて、俺の前に現れた?

一人になって好都合だったのは、この女と、自分の中にある“何か”に決着をつけられると思ったからだ。
片割れがいては話せない。今日アジトにメンバーがいないのも知っている。ふたりきり。

「お早くてびっくりしました!お仕事終わりですか?おかえりなさいっ」

「…オ前、コノ姿ヲ見テ驚カナイノカ?」

床から生えた、いつも見る片割れのいる姿ではなく、半身だけの俺とその言葉。
なまえは喜んでそうだった表情を一変、目をぱちくりさせたが、すぐに柔らかく笑うと

「驚きませんよ?だってゼツさんですから」

と言った。

でも白ゼツさんと分かれられるんだってことには驚きました! と笑顔で語るなまえに、不安だったのだろうか。ひとつ息を吐けば、体が少し軽くなった。

この姿のことを、自分自身どう思われるか、なんて。
驚かせないか、気味悪がられないか、そんなことをもしかして考えてでもいたのだろうか。
自分で解らない自分を嘲笑し体をすべて現せば、なまえは笑う俺を不思議そうに見上げた。

「イツモゴ苦労ダナ」

予想ではなく、ただ知っていた。
この時間は洗濯物を取り込んで、日の当たる窓辺で畳んでいると。
仕事のないときはほとんど、ここでお前と片割れといたからだ。

陽の光の中で微笑み返すなまえの頭をぐしゃぐしゃと撫でれば、照れ臭そうに笑いながらも大人しく撫でられる。

なにもかもを忘れさせる女だと、思った。それは俺以外もそうなのだろうが。
犯罪者を犯罪者でなくす。
こうして触れているときだけは、近くにいるときだけは、少しだけ母にことさえも頭から消える。能力とかではないのだろう。
だがそれが良いことではないのはわかっている。母がすべての俺だ。

「なまえ、」

「はいっ」

「今カラ話スコト、黙ッテ聞ケルカ?」

「? 大事なお話ですか?」

離れた手。乱れた髪を直すわけでもなく、なまえは畳まれた洗濯を膝の上に置いたままじっと俺の目を見る。

「モシモ、ノ話ダ」

今いる世界が犠牲になる、そんな話。

空気が変わるのも必然で、そのままを話すつもりなんてなかったのに、思ったより真剣な声色になってしまった俺を、なまえは見つめたまま一秒。ゆっくりと瞳を閉じた。

「…わかりました。もしも、のお話ですね」

再び俺を映す瞳は、何も変わらない。

忍の世界の話すべてなんて理解ができないのはわかっている。
他に聞かれる心配はしていない。そこからすべてがバレるとも思ってない。
こいつが誰かにこのことを話すだろうか?いいやそれはない。事の大きさもわからないはずだ。

もしも。
会いたい人のために、この世界を、お前らを犠牲にするとしたらどうする?
千年と焦がれた人。その人のために俺は今ここにいること。すべての物語はそのためであること。犠牲を、なんとも思わないこと。

最後は、その真っ直ぐな目をしたお前の顔を曇らせたくて、不必要なのについ口をついた。

夢見がちな男の話だなんて思われて結構。
もしもと打っていても世界を滅ぼす話を聞いて、なまえがどう反応するかは俺にもわからなかった。

こちらも一瞬とも反らさなかったその瞳は、なにを言っても陰りも揺らぎもしなかった。

流れるように、なまえの視線は俺の右手へと移り、伸ばされた手が優しくそれ掴んだ。


「私は、世界のみなさんが平和で幸せに暮らせるのが一番だと思ってます」

「……」

「どんな理由であれ、それを奪うことは、よくないと思います」

掴まれた手が離れないよう。
間違っていないと自分に問いかけ、俺に問いかけ、淡々と話すなまえの前にしゃがみこむ。
先程まで合っていた視線は二つとも、今は繋いだ手に落ちる。
そのあたたかさは、体温だけにはとどまらない気がする。なまえという人間そのものも、同じようにあたたかいのだろう。紡ぎだした答えが、その証明だ。

(生キル世界ガ違ウ、カ…)

肯定がほしかったわけでも、なにを望んでいたわけでもない。
なのに、その言葉に目を開けていられなくなったのは事実で。
伝わるその手さえも映せなくて、瞳を閉じる。

静かな呼吸音の後、でも、 となまえは言葉は続けた。


「なんとしても会いたい人、いますよ」

聞いたことのない凛とした声が、真っ直ぐとこちらに届く。

「誰にだって、います。私にだって」

きゅっと強く握られた手に顔をあげれば、なまえもこちらを見ていて。視線が繋ぐ、その顔は。
いつもと変わらぬ、後ろの陽の光そのもののような笑顔で。

「だから、大丈夫」


ああ、なるほど。気になっていた“何か”は案外簡単だった。

間違っていると言う人はいると思うけど、大丈夫。ゼツさんはそのままで大丈夫です。 と、穏やかに微笑むなまえは、俺の中に確かにいて。

お話は続きますか? と聞くなまえにここで区切りだと伝えれば、すくっと繋いだ手を引いて立ち上がる。

「さ、今日は一番乗りの黒ゼツさんの好きなお夕食にしましょう!なにがいいですか?」

終わりではなく区切りだと言った意図はわかっているのだろうか。その先の物語は──。

「肉ダナ」

僅かに染まる頬に触れ、その肌を柔く摘まむ。

千年間、独りで求めてきた。
暗闇の中の、一つの光。
唯一でなければいけなかったものが、そうではなくなるのをきっとあの人は許してはくれないだろうが。
でも、それでも…

「? 黒ゼツさ──」

「あー!!やっぱりここだった!!」

答えが見つかって、それが自分の中で嬉しかったのか、はたまたこれから起こることへの恐怖なのか。
口元の上がる俺を呼ぶ声に被さって、いつものうるさい声が戻ってくる。

「わ、白ゼツさん!」

なんとなく、きっと、そろそろじゃないかと思っていた。
離れたら意思疏通なんてものもできないが、長年一緒にいれば、なんとなくでわかることだってあるだろ?

片割れは床から現れるなりなんなりぷんすかしと怒って、きっとこうなることを予感して急いで帰ってきたのが見てとれて、半分面白くなってしまう。
きっと、なまえが大好きなお前は笑い事ではないんだろうが。

「黒ぉ、抜け駆けずるいよ」

でも、俺もそうなんだと認めたから。

「悪イナ、今回ハ譲レ」

なんとなく、お前もわかってくれてるんだと、思う。
むくれるその顔が、本気で怒っていないから。

「ふふ。じゃあゼツさんたち、一緒にお買い物行きませんか?」


久方ぶりの独りは、ここでお終い。
騒がしい片割れと一人に戻って、いつもの、ただあたたかいだけの日常へ。





闇夜を照らすのは