“いきなりすみません。あなたは覚えているか分かりませんが…”

なんて、面白味のない低姿勢から始まる文章。
そんな文字の羅列にかなりの時間を費やしたこの手紙だが、結果は…どうなのだろう。

誰かに試し読みして感想を聞かせてもらったわけでもないし、でもとりあえず自分なりに頑張って書いたわけだから、自信ないなんて言いたくはない。
要は気持ちが伝わってくれればいいわけだ。
まあ書いたアドレスに連絡がくれば万々歳だけど。

キュッ。

上履きが床と擦れ、放課後の人気の少ない廊下に僅かに響くが、それが聞こえてるのはきっと私だけなんだろう。

もうすぐ、もうすぐで辿り着く。
いつもあの人がお気に入りの飲み物を買いに来る自販機まで、あと少し。

うるさいくらいになる心音が指先まで届いてふるふると震える。
たかが手紙を渡すだけなのにこの緊張は我ながら情けないが、されど手紙を渡すだけ、なのだ。

がんばれ! と自分で自分を励ましたところに、チャリ、と金属の鳴る音。
そっと壁から顔を覗かせれば、自販機の前には例のあの人。
ばくん!と先程とは比べものにならないくらい心臓が鳴った。
落ち着け、落ち着け。ここで焦って失敗したら駄目だ。冷静に、まずこのうるさい心臓を落ち着かせるんだ。

静かに何度か深呼吸をし、よし、大丈夫。と自分を奮い立たせ、一歩を踏み出し彼の名前を呼ぶ。


神崎くん!
そう元気に明るく響く声。一瞬のことだが、すぐに理解出来た。

かき消された私の声の代わりに届いたのは、廊下の先から小走りで向かってくる女の子の声。
その子はもう一度、嬉しそうに彼の名を呼んだ。

どくん。嗚呼、またうるさくなってきた。さっき落ち着けた心臓が、また全身へ伝わるよう脈打つ。
なんだろう。体中がどくどくする。それに胸のあたりがきゅう…てなるし、息、出来てる感じしない。
苦しい。苦しいよ神崎くん。女の子と話す神崎くんがなんだかすごく嬉しそうなことも、女の子の方もほっぺたピンク色でとっても幸せそうなことも、 大事な話、してもいい? と聞く、女の子の話すであろうの内容も、もう全部全部、わかってる。

出来るだけきれいな状態で渡したかった手紙も、涙が落ちてシミ作っちゃったし握りしめたせいでくしゃくしゃ。
こんなんじゃ、渡せないね。ま、もうどっちにしろ駄目なんだけど。

押し殺した嗚咽の代わりに聞こえたのは、告白を承諾する神崎くんの声でした。





切って破って飲みほして、無かったことにしましょうよ
(甘酸っぱい内容のはずなのに、なんて美味しくないのかしら)