「……っ、私が、登別にお供するんですか?」

ほんとは最初の勢いでキェェェ!!(猿叫)っとどこぞの少尉のように叫びたかったけど、そんなこと愛しの鶴見中尉の前で出来るはずがない。


ここ網走からまったく近くない登別。
そこの地獄谷温泉、…要は軍の療養地に宇佐美上等兵と二階堂一等卒、そして私で行ってくれと、本日も見目麗しい鶴見中尉は私を部屋に呼んでそう告げた。

まぁ目的は菊田特務曹長たちの様子見と言ったところだろうから何も難しいことはないのだが、うん。如何せん面子が悩ましい。

引率される側の階級である、ただの一等卒の私が言えたものではないけれど。今は月島軍曹が樺太へ出ていて不在なのだ。
となると、自ずと指揮権は上等兵の彼にあり、先々を想像することがとても容易すぎた。

何事もなく平穏無事に帰れるか後でインカラマッさんに占ってもらおうと決めて、鶴見中尉にはもちろん最高に良い顔をした。











なーんて、思っていたのが数日前。
あれよあれよとしていたら、占ってもらう時間もなく連れられてきてしまったようこそ登別地獄谷。

「月島軍曹にぃッ!会いたいッ!!」

「うるさいなぁ」

バァン!と、部屋に着くなや否や畳に転がり倒れれば、コートを脱ぎながら宇佐美上等兵は邪魔そうに私の足を蹴る。
肩口に乗った入り口で落としきれなかった僅かな雪がわざと私の上にはたかれるし、じゃあうるさくさせた原因は誰なのかと問いたい。

鶴見中尉から話があったあの後、すぐ部屋戻ればなぜか当たり前のように宇佐美上等兵が人のベッドに腰かけてたり、早く準備してよと言いつつ邪魔しにきたばりに居座ったり、二階堂もいるのに私にだけ馬の手入れをさせたり、道中お腹が減ったら困るだろなんで買ってないのかなぁとお菓子持ってないことを出発してから文句つけてきたりされた。

もちろん一等卒の私は上官の命令には従うし、それが嫌なことはないのだけれど…。

いつもは月島軍曹あたりが制御してくれて、最近控えめだったから余計にだろうか?
同じ上官といえども気遣ってくれる優しさもあるし、月島軍曹は私の癒しみたいなものだった。
そしてそれが今回は望めない。

浄化されない溜め込んだ私の発狂ぶりを、荷物を置きにきた女中さんがあわあわしなが見てるのを感じるけど、そんなのいい。全然気にしない。

「うぅ…っ鶴見中尉と離れるだけでも嫌なのにぃ…っ!」

「へぇ!意見が合うね。じゃあなまえと二階堂でなんとかしてくれる?僕が一番帰りたいんだよ」

「鶴見中尉に怒られるぞぉ!宇佐美上等兵ぇ!」

キェェェ!!(猿叫) と寝転がったままカッと目を見開けば、 鯉登少尉だー! と傍らで二階堂がケラケラと笑った。

「月島ぁ…ぐすん。軍曹ぉ…」

「えー。なんでなまえは、月島軍曹に会いたいの?」

「…好きなら僕から伝えてあげるけど」

「はぁん!なぜ!なぜ居ないのですかぁ!鯉登少尉と私のお守りはあなたの役目なのにッ!!」

「今ここに鯉登少尉はいないよ!」

「彼に負けたなんてッ!私ッ認めない!!」

「うるさいんだって、さっきから」

的確に突っ込んでくる二階堂に寝転がったままわーんと悲しみの手を伸ばせば、きゃっきゃと楽しそうにその手を掴んで遊びはじめた。

「はぁ。まずはさ、部屋に菊田特務曹長がいるか確認してきてよ」

ギィっと広縁にある椅子に深く腰掛けた宇佐美上等兵は、頬杖をつきながら、ゆーらゆらと腕を揺らしてふざける私たちを見る。

「え、温泉行かないのぉ?」

「少し一人になりたいのだが」

「なにしにきてんのかなぁ?君たち」

あとちょっとくらいゆっくりしたかったなぁなんてことは言いはしないけど、ちぇーっと口を尖らせて微々たる不満を出すくらいはする。

すぐにお風呂に行けないのに落ち込んでしまったかな。
しゅんとする二階堂が可哀想だし、さっさと仕事を済ませてしまおう。

二階堂に繋いだままの手を解かせて、 私が見てくるからお風呂の支度しておいてね。 と伝えれば、笑顔で良い返事をしてくれたので私も起き上がってやっとこさコートを脱ぐ。

部屋の名前は出発前に鶴見中尉から聞いてるし、わからなければ女中さんにでも聞けば良いか。

後ろ手に 行ってきまーす。 と言い残し、菊田特務曹長の部屋へと向かった。
……のだけれど。



(こりゃお風呂だなぁ…)

辿り着いた部屋からは、声すらしないし人のいる気配もまったくない。

いい加減傷も治っているだろうに、いつまでぬるま湯に浸かっているのだろうか。

面倒くさいことは先に済ませたかったのにな。と、口には出せない悪態と、大きな溜め息を一つ吐いて、踵を返す。
たぶん宇佐美上等兵も同じこと思うんじゃないかな、なんて。



「部屋にはいなさそうでしたね」

そんなことを考えながら部屋に戻れば、案の定。
出る前と変わらず広縁の椅子に腰掛けたままの宇佐美上等兵は、先程の私と同じく、 めんどくさいなぁ。 と声を漏らして大きく溜め息をついた。

私は後になるだろうが、せっかく浸かりに行った先で出会すのも嫌だろうとこればかりは気持ちを汲む。
戻るまで待つという選択肢もなくはないが、 行くよ。 と、膝を抱えてゆらゆら待機する二階堂にそう告げるから、わざわざ合わせてやるつもりはないらしい。

そうとなれば急いで私も支度をしなくてはならないな。

待ちきれなさのあまりか先陣を切って出ていく二階堂と、いつもの様に急かす宇佐美上等兵を慌てて追った。











「月島軍曹いた方が良かった?」

お風呂遠いなぁとか女湯なんて医療従事者ぐらいしかいないんじゃないかなぁなんて、少し先を嬉々と歩く二階堂を見ながらぼけーっと考えていたら、隣を歩く宇佐美上等兵がそんなこと言い出すものだから間の抜けたあほみたいな声が出てしまった。

「え、なんでですか」

「さっき自分で言ってたじゃん」

いやまぁ、確かに会いたいとは言ったけれど。
どうしてそれをほじくり返したのかを私は聞いているわけで。

本音とはいえ、半分くらいは冗談というか鯉登少尉の猿叫ぐらいの感覚で言っていたことだったのに、見下ろすその目は怒ってる。……わけじゃないようだけれど。
機嫌はよろしくなく見える。

「…うーん、月島軍曹がいれば(私の精神面が)安心というのはありますけど…」

会いたいと思うのは事実だし、癒されるのも本当。
けれど、“居た方が良かったのか”との問いは、なんともしっくりこなくて。

ふい、と目線を右上に考えれば、灰紫色の瞳が同じタイミングで遠くへ逸らされたのがわかった。
その口からは、 僕の代わりに月島軍曹だったら良かったのにね。 と吐き捨てるように雑に言葉が紡がれる。

「? 私は宇佐美上等兵が良かったのでそうは思いませんけど…」

いつもは軽口とかちょっかいが多いのに、今日の宇佐美上等兵はなんだか変だ。

一体何にご機嫌を損ねているのだろうか。
せっかく来たばかりなのになぁと、様子見したところで察することは不可能なんだけど、とりあえず。
隣の宇佐美上等兵を見上げようとすれば、上から頭を鷲掴まれて、目が合う前にぐりんと前を向かされた。

「? 宇佐美上等兵ー?」

ここまでくると意味がわからないのもだけど、頭掴まれたまま歩くのが気まずい。というより、こいつなんかしたのかっていうすれ違う療養兵の視線が痛い。
私が教えてほしいくらいだよ。

わりとちゃんと怒ってるのかな、一応謝っておく?なんて思ってもみたけれど、置かれた手が頬へと落ちてすりすりと撫で始めたから、うん。別に大丈夫そうかな。
怒ってないならいいや。

「晩ご飯なんでしょうねぇ、宇佐美上等兵」

せっかくの宇佐美上等兵と二階堂との仕事だ。
ちゃんとしつつこんなの楽しまなきゃ損だし、と、やっと見れた宇佐美上等兵の顔ににへりと笑う。
うん。いつも通りかな。撫でていた頬をつねるのやめてください。

「罰でお前の好きなおかずもらうから」

「えぇ…?なんの罰です?」

「考えてみなよ、その鈍くてちっさい頭でさ」





間で溶かしたアイラブユー



宇→(←)夢(まだ無自覚)かな……?
瞳何色だろう?ファンブックに載るかな?