「さぁて、戻るかなぁ」

仕事の合間の時間。個人的な買い物を済ませた帰り、道の傍らできゃっきゃとはしゃぐ子供の声に、自然とそちらへ目を向ける。

そこには母子だろう。母親は手になにかを持っていて、反対の手は子供と繋いでいて。
喜ぶ子供と微笑む母親の出てきた方をちらりと見やれば、そこにはこじんまりとしているが品のある面持ちの店があり、暖簾には達筆な“和菓子”の文字が。

「…いいじゃん?」

私もきゃっきゃしようかな。
この後のことを考えて今から胸踊るまま、その暖簾を分けて店へと入る。
目の前にはきっとお好きであろう。種類豊富な和菓子が美味しそうに並んでいた。











「ふんふふん♪」

腕の中でかさりと音を立てるのは、先程購入した和菓子の入った袋。
時間は午後3時を少し過ぎた、お茶にはぴったりな頃合いで。
なんて私は時間に愛された女なんだろうとの思いが上機嫌に拍車をかける。

「鶴見っ中尉とっ、お茶しましょ♪」

素晴らしいタイミング、そして鶴見中尉の好きな和菓子。
これは褒めてもらえるのでは?との妄想を膨らませ、厳格なお部屋まで浮き足だって進む。
今日はお出掛け等なさらず部屋で職務をすると聞いている。
鶴見中尉といるときが私の至福の時間だからなぁと、これからを想像してにやつく口元を必死に正して、お部屋の前で深呼吸。
控えめにノックをすれば、 入っていいぞ。 とすぐに中から一言が返る。
あぁ、お声だけでも昇天しそう。


「失礼致します…!鶴見中尉殿!よろしければ」

と。その続きを言いかけて言葉が止まる。
きっと机に向かう鶴見中尉は絵画のようなのだろうなと、その何十回目の光景を目に焼き付けようと想い馳せていたのに、実際目の前には鶴見中尉だけではなく(めんどくさい)上官の面々がお揃いで一点にこちらを見ていらっしゃって。

「で、出直しま」

す。と言いかけたところで、私が何かを持っているといち早く気づいたのだろう。
絶対にバレてはいけないと思ったけれど遅かったな。
鯉登少尉がずんずんとこちらに向かってくると引き攣る顔の私を廊下へと押し出し、そのまま中尉の部屋の扉をばたんっと閉める。

はいはいなんとなくこの先読めますよ。

私は時間に愛されてなかったのかも、なんて。
溜め息をつく暇さえくれず、鯉登少尉は私の手からその和菓子の袋をかっさらうと、自分で閉じた扉をバァン!とうるさく開け、 鶴見中尉!和菓子をお持ち致しました! と声高らかに言い放った。

「鯉登少尉。それはなまえが持ってきたものだろう?取っちゃいかん」

「キェェェ!!(猿叫 )」



と、いうことで。

「お茶を用意致しますので、お掛けになっていてください…」

膝から崩れ落ちる鯉登少尉を目の当たりに、そこから広間へと移動した。
部屋を移動する際に、 貴様タイミングを考えろ。 なんて隣でねちっこく鯉登少尉に言われたが、誰もあなたの株を上げるために買ってきたんじゃないんですけど。私が鶴見中尉と食べたくて買ってきたんですけど。と心の中で悪態ついた。

炊事場から煎れてきたお茶を、別のテーブルで用意する。
どうせ後ろからは見えないしいいや、と背を向けてむくれながらお茶を湯のみへと入れていれば、ふと隣にきた二階堂が私の顔を覗き込んできて、その頬に指を立てた。
それに空気が押し出されるのは当たり前で。
口の端からぷふっと漏れた音にケラケラと二階堂が笑うもんだから、つられて私も、もういいやと一緒になって笑ってしまった。


「手伝うか?なまえ」

なまえが笑ってるね、よかったね洋平。 なんて、ヘッドギアの耳に話しかける二階堂に癒されて機嫌も元通りになったところへ、月島軍曹が心配してくれたのか、傍へと寄っていた。

「月島軍曹!いえ、大丈夫ですので席に…っ」

いや軍曹動いてんだから宇佐美上等兵とか何してんの?と思ったが、あの人が鶴見中尉から片時も離れたいわけないな…と自分の中で瞬時に納得してしまった。
さっきも部屋を出るとき、鶴見中尉がこちらに何かを言われようとしていたのに(むしろそれでかな)、宇佐美上等兵が私の首を片腕で絞めながらその場から引き摺り出したので、結局なんだったのかわかっていない。

敵が多いのはわかってはいるけれど手強すぎるんだよなこの二人は…と、案の定鶴見中尉を見つめる上官たちの前へ、お茶を並べる。

「和菓子、鶴見中尉と私から選びますからね」

「? なにを抜かしている。階級的に貴様が一番最後だろう」

「僕つぶあんがいいので取らないでくださーい」

袋から出された様々な和菓子を自分勝手我儘上官ズは私を省いてあれやこれやと話を進める。
別にもうなんとも思ってないけど二人で食べるやつだったのに…。と最後に浅く息を吐けば、両隣に月島軍曹と二階堂が来てそんな私を横目に見下ろす。

テーブルに並べられたのは、きっちり6個の和菓子。
それを知っても敢えて言うのだから、やっぱりちょっと意地悪じゃない?

「二人で食べるつもりなら、こんなにはいらないよな」

「なまえはそういう子なんだよ。知ってるくせに」

「…月島軍曹も二階堂も、お口閉じてくださいね」

僅かに熱を持つ頬を隠す方がバレるよね。
素直になれないのもそうだけど、やっぱりちょっとバツが悪いから。
緩んでいる二人の口元とは反対に、私はきゅうっと口を噤む。

次は俺も連れてって。 と言う二階堂も、 座ろう。 と優しく背中に触れた月島軍曹も。

目の前にいる人たちが、この時間が、好きだからって。
そう思うのは悪いことじゃないでしょ?
まぁさすがに全員にバレてたら、ただただ恥ずかしいんだけどさ。
言わないだけかもしれない後の二人の優しさに免じてなんて、都合がいいけど。私は最後のやつでいいですよ。

隣にいる通訳を呼び戻す鯉登少尉の斜め横で、鶴見中尉が私を手招きした。





至福の
(耳元でこそりと言われるお礼に溶けました)