「やっばい!!遅刻する!」

清々しさなどとうにない、小鳥も鳴き終わったであろう時間帯。
行ってきますの声すら置き去りに、どたばたと階段を降りドアを開け勢いのまま家を飛び出せば、普段ならいる出勤前のサラリーマンや学生の面影すらない道がとても走りやすそうに私を迎えた。

「今からで間に合っ…間に、…いや、合うか!?」

いくつかの通知を未読のままに時間だけを確認してスマホをバッグへと投げ入れる。
今日は授業が1限からというか、それのみなのに寝坊をするなんて本当にツイていない。
昨日の夜立てていた、終わったらどこかへ出掛けよう(一人)計画が最悪パァになる以前に、顔面を作る時間すらとれなかったのだ。
なんとかバッグに化粧道具だけは詰め込んで、昨日のうちに服だけは決めていた自分は唯一褒められるところだと思う。

今からこの道を走っていけるだろうか。いや、普通にヒール痛めそうだから嫌といえば嫌なのだけれど。
お金はかかるけど大通りでタクシーでも拾う?などと考えていたら、隣の家から聞き慣れたエンジン音がしてきて、黒いバイクが塀から顔を覗かせる。

「! よっしゃ!いいところに!」

痛めたくないと言ったヒールのことは置いといて。
それが行ってしまわぬよう急いで目の前に立ち塞がれば、離し終わったばかりであろう片足を再び地面に戻しその人はメットの前を開けた。

「おい!あぶねーだろ!」

うん。至極真っ当なことだ。いやすまんとの気持ちもなくはないが、今の私にはそれよりも大きな思いがあるので大目に見てもらいたい。
上げたバイザーから覗く瞳でははっきりと言って区別は難しいのだけれど、この車種とくれば該当するのは兄の方で。

「浩平!?浩平だな!?どこ行く!?」

「まず朝イチの挨拶しろバーカ!」

「おはよ!」

「おう」

「それで!?」

「休みだから走りに行くだけだよ」

お前は? と続く声の前部分だけを聞き届けて、家に戻りながらのクソデカボイスで 頼む!! と言葉を残し自室へと駆け上がる。

「送ってって!」

ばすんっ、と、この間たぶん一分ロスくらいだろうか。
部屋から急いで取ってきた自分用のヘルメットを被って、有無を言わさず浩平のバイクの後ろへと跨がる。

「なんだよ、遅刻か?」

「一限からなの、やばい」

「どうせ昨日夜遅くまでゲームでもしてたんだろ」

「なんで知ってんの!?」

「ラインの返事ねぇわりに部屋の明かりついてたしゲーム開けばお前のログイン時間のってるしな」

化粧する時間もなかったのかよ。 なんて、まわりを確認してゆっくりと走り出す浩平。
ちゃんと道具は持ってきてるよ!との声は、走行音でもう届いてないかもな。
細いお腹に腕を回して浩平の背中へともたれ掛かる。
そういや最近こうやってドライブしてなくない?と、流れる景色をぼうっと見つめながらそんなことを考えていれば、浩平の体温がじんわりと届いて眠気がまた襲ってくる。
メット越しにもわかるいつもの香水を嗅いで、一瞬だけ、と思って目を閉じた。



「おら、着いたぞ」

きゅうっ、と止まった音と僅かな反動で閉じていた瞼が勝手に持ち上がる。
浩平の声に、さっき乗ったばかりだった気もするんだけどなと欠伸をひとつ溢してあったかい体から離れれば、霞んだ目に見慣れた門が映るから中途半端に伸びをして、ふう、とまたその体にもたれ掛かった。

「お前寝かけてただろ、あぶねーな」

「いやぁなんか…浩平あったかくて…」

「今日は早く寝ろよ。あと急げ」

片手でべりっと背中から引き剥がされたので仕方なく よいしょ。 とぽやぽやする頭でバイクから降りれば、 わりとギリ。 と浩平は腕時計の後に私を見る。
スマホを取り出すのが面倒でその手首を私も覗き込めば、あと5分で授業開始の時間を知らせていた。

「やっばいじゃん…」

「だから急げって」

「ん。ほんとにありがとね、浩平」

風で乱れた髪は後で直せばいいかな。
メットを取って少しだけ駆け足に門から入れば、同じくメットを取った浩平が聞こえる声で私を呼ぶ。

「終わったらここで待ってろよ」

「なにー?迎え来てくれんのー?」

「あとはライン見とけ」

顔だけ向けとくのも限界の距離の最後、ラインがなんとかって言ってたな。
このあと遊びいきたかったからお迎えどっちでもいいんだけどなーなんて思いながら、講義室へ進む道程でスマホを取り出す。
朝はちゃんと見れなかったけど、同じコマの友達から起きてるー?とか、洋平からも返事ないし寝坊か?とか、なんかいろいろときていた。
肝心の浩平からはまだ送られてこないか、と見えてきた講義室の扉の数メートル前、時間はたぶん一分を切っている。

ピコン!

(間に合った!?)

ガラッと勢いよく開けたのが前方の扉にだったこともあり、数名が反応してこちらを見る。
幸いなことにまだ始まってなかったみたいで、連絡をくれていた友人の隣に行けばギリ〜なんて茶化された。

「? なに?送ってもらったの?」

「ん?あぁ、そうそう。寝坊したから」

乱れた息を整え全体重を預けるように椅子に深く座り込めば、嵩張るように置かれたヘルメットを見て友人がその一言。
あの細くてスタイルいい人か〜朝からいいわね〜。なんて笑うけど、そんなににやにやするほど浩平のスタイルお気に入りなのだろうか?
親切心でドライブのときの写真あるけどいる? って聞いたら、 そうじゃない馬鹿なの? と急にディスられた。なんなの。

(…喉乾いたな…)

普段の何倍もの空気を行き来させ酷使した喉が主張を始める。
せめて飲み物くらい持ってくればよかったな買う時間ある?って、ほんと朝から時間気にしてばっかりだなぁ。
バッグの中から出したペンとかのついでに時間確認したくてスマホを見れば、そうだ。さっき鳴っていた通知がぴょこりとお知らせをする。

「なーににやついてんの」

「えー?にやついてないよー」

せめてけしょうのじかんだけはちょうだい。あとのどかわいた。と、ちょうど先生が来てしまったので飲み物も買えなかったし無変換になってしまったけれども送る。

このあと洋平と3人で出掛けるぞ

届いたそのメッセージに、今日一日ハッピーに過ごせる想像をして、たったの一限を終わらせた。





本日の私、白兎
(はやくお茶会にいきましょ!(喉が死ぬから))