キャンディーもらった

私が丸井くんに飴をあげた日から暫く経つと、彼の手には私と同じハチミツ色のパッケージが握られていた。



「今日も飴必要かなって思ったんだけど、そんな事無かったみたいだね」
「いや。俺も自分の分は持ってるけど、笠倉が別でくれるって言うならそれも貰うぜ? レモンのあの酸味にハマった」



量が増える! と悪戯っ子みたいに笑われて、思わず吹き出してしまった。食い意地を張っているというか、食いしん坊というか。
育ち盛りで運動部でもある丸井くんの食欲(お菓子欲の方が正しいだろうか)は計り知れない。



ちなみに、私と丸井くんは、合唱を歌い終わったあとしか絡む機会が無い。
初めて会話をしたのもあの日だったし、それ以降も、自分たちの教室では席が遠いし、わざわざ近くまで行って話しかけるなんてことはしなかったからだ。それでも、その週一回を楽しみにしている私がいた。



「それより最近の笠倉、ガチガチになって合唱することなくなったよな!」
「そうかな? 歌うのはまだ苦手なんだけど、多分丸井くんに慣れたからかも」



最初は大変だった。学校一の人気を得ているテニス部レギュラーである丸井くんと、こんなに話すようになるとは入学した時の自分に言っても信じてもらえないだろう。怖いファンに何か言われるかもしれないと変に気が入ったりもしたけれど、授業中のワンシーンでしか私達は絡まないので、あまり影響は無かったから安心した。


「慣れた、って何だよぃ」
「だって丸井くん、いつもキラキラしてるから隣に立つ私から見たら眩しくって」
「お? 俺褒められてる?」
「褒めてるよー」



そう返すと、キリよくチャイムが鳴った。
丸井くんはいつも仁王くんと教室まで戻っているから、今日はここでお開きだろう。
音楽室で割り振られている机まで荷物を取りに行こうとすると、既に自分の荷物を持った仁王くんが立っていた。


「のう丸井」
「なんだよ」
「ちと真田に呼ばれとるんじゃ。一緒には教室戻れんから先行っときんしゃい」



机に行く道に仁王くんが立って、通りそびれた私は動けずにその場に留まる形となっている。別に急ぎではないから移動時間はあまり気にしなくても良いのだけれど、なんだかテニス部2人が会話している中に私が立っているというのがなんだか気まずい。
そんなことを考えていると、一瞬だけ仁王くんが私を見たような気がした。



「そうじゃのう。荷物邪魔じゃき、お前さん運んどいてくれ」
「は?」
「……え」



手に重さを感じた。
突然のことで何が起こったのか理解するのに時間がかかった。丸井くんに関しては何がしたいんだと言いたげな表情をしている。


仁王くんが私の手を取り、教科書やペンケースをそこに置いたのだ。片手で荷物を持たされた私は、訳が分からないなりにすぐ反応したお陰で仁王くんの荷物を落としはしなかったけれど……。
いや、何故私なんだろう。


「笠倉に持たせる意味がわかんねーよ」
「気まぐれじゃ。そんなに気になるなら丸井が一緒に教室までついてやればええ。どうせ場所は同じじゃしのう」



そう言って仁王くんは音楽室を後にしてしまった。
強制的にとはいえ持ってしまった以上やらなければ。急いではいないけれど流石に休み時間にも限りはあるわけで。



「うし。じゃあ行くか」
「一緒に行ってくれるの……?」
「当たり前だろぃ? てか悪いな仁王が。俺も持つぜ」



自然な動作で私から荷物を取った丸井くんに思わず息を飲んだ。ちょっと、びっくりしたというか、やっぱり丸井くんはカッコイイことを、さらっとやってしまう。



教室に着いて仁王くんの荷物から解放された丸井くんの手に、まだ渡していなかった飴を乗せる。持っているけれど、量が増えると喜んでいたあの笑顔を見るとあげたくなってしまう。



「なぁ、手貸して」
「なに……?」
「ガムは部室なんだよ。いつものお返しだと思ってくれな」
「……これ同じ味を交換しただけじゃない?」



同じように私の掌に乗ったのは、ハチミツ味の飴で。
小分けになっている袋のデザインが、私が丸井くんに渡したものとは違うのでこれは彼が自分の分を渡してくれたのだとわかる。



「笠倉も、お疲れさん」




ああ、その顔は反則だ。