背伸びしてソニア






 二月。一年や二年は通常通りに学校生活を送る中、この季節の三年は学校がすぐに終わって暇になってしまう。私はHR終了後、友達と軽く居残りをして喋ってから、一人で図書室へと足を運んだ。勉強はあくまでもついでであって今日は主に時間つぶしに来たまでだ。


 まずは授業内で出された宿題を片づけてから、自身の勉強に取り掛かる。飽きてきたら図書室においてある雑誌で息抜きをしながら、その時間が来るまで待つ。数時間して、ようやく鳴るチャイム。待ち望んでいた放課後に安堵のため息が漏れてしまった。正直二回くらい仮眠した。


「若」
「かさね先輩?」


 図書室を出てテニス部の部室に向かう途中、丁度若と遭遇できたので呼び止める。ここだと流石に目立つので、人通りの少ない廊下まで付いて来てもらった。


「まだ残っていたんですか」
「今日は若に用があって」
「俺に」


 普通に考えたら、残るにしてもこの時間までいる三年はなかなか居ないので、若が不思議そうな目をしている。私だってできることなら早めに済ますべきなのは分かっていたけれど、昼休みの時間に三年は帰宅だったし、授業合間の休み時間だと邪魔しちゃうし、放課後まで松野がベストだっただけだ。



「そう。手出して」 



 通学カバンの中に忍ばせておいた白い箱を取りだして、差し出された手のひらの上に乗せる。ピンク色のリボンが映えて可愛らしく見えた。


「プレゼントフォーユー!」
「バレンタイン、だからですか」
「正解! いやぁ渡せてよかった。この為に居残りしてたんだ」


 受け取った箱の中身がチョコレートであると認識した若が、片手から両手へと変えて大事そうに抱える。そんなに喜ばしいか。本当に愛おしい後輩だなぁ君は。



「大事な時期なのに、わざわざありがとうございます」
「良いって良いって。自己満みたいなものだし……」



 無事に渡せた安心感からか、今更恥じらいが出てきた。若ではなく自分の手元を見てハッとする。手首に着けていた腕時計の秒針的に、まだ余裕はあるとはいえそろそろ部活に向かわせないと。名残惜しいけど部長様を遅刻させるわけにはいかない。



「先輩、このあと部活見に来られるんですか」
「んー、いいや! 若には会えたし。それに今日、皆に渡す用の義理チョコは持ってきてないんだよね。渡せないの気まずいじゃん」


 樺地たちにもよろしく伝えて。と手を振ってその場を去る。若からある程度距離が開いたのを確認すると、振りきるように階段を駆け下りた。そのまま昇降口まで一目散。自分の下駄箱前で上がった息を整えた。帰ろう、うん。ロックを解除してローファーをぺたん、と床に落とす。


「待ってください、かさね先輩。帰らないで」
「……部活、行ったんじゃ」


 油断した。完全に行ったと思った。そんな時間差で追いかけて来るなんて思わないじゃん。
背中越しに若の腕が伸びて、下駄箱の壁に手をついている。俗にいう壁ドンの体勢だった。


「あんなわかりづらい言い逃げみたいなことされて、行けるワケないじゃないですか」
「気づいちゃったかぁ」
「今日、義理持ってきてないんですよね」
「うん」
「一応聞くと友達には」
「あるけど、女の子だけだよ」



 壁につかれている若の手の甲を見ながら、ひとつひとつ答えていく。女の子だけという返事を聞いた途端、その腕は力が抜けたかのように落ちていった。


「さっき俺に下さったの、チョコですよね」
「そうだね」
「自惚れても良いんですか」
「いいよ。むしろ自信もってくれて大丈夫」



 くるりと半回転。私より一個下の癖に頭の位置が高くてすこし悔しい。上目使いでずっと見られなかった若の表情を伺えば、なんだかむず痒さと恥じらいが混ざったような、なんとも言えない可愛い顔をしていた。堪らなくなって、爪先に力を入れる。まだ穿きかえることのできていない上履きが歪んだ。綺麗な栗色を撫でまわすときちんと目が合う。



「本命しか持ってきてないよ」


 チョコの正体を告げれば、今度は思いっきり抱きしめられた。ひそひそと、「あれって日吉君じゃない?テニス部の」という声が遠くから聞こえて、ここが昇降口なのを思いだす。さっき折角人気の少ない場所選んだのに。絶対明日噂になっているんだろうな。まぁいいか。


「若、大好き」
「……俺もです。かさね先輩」




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