クッカと約束









引退した身でありつつも今日は3年が部活に顔を出す日らしく、後輩の育成に励む侑士を明日の予習をしながら教室で待つ。少し前までは当たり前だった、いつも通りの放課後だ。
偶にちょっと先の廊下まで歩いて、久々にテニスコートに立ち、頑張るその姿を眺めたりもした。

「終わったで。えらい待たせたなぁ」
「ううん。久しぶりの感覚で嬉しかった」
「そうなん?」


開きっぱなしだった教室のドアに、ジャージ姿の侑士が立っている。もう帰るだけだから、制服は肩に掛けているラケットバッグの中に畳まれているのだろう。最近のジャージ姿といえば体育着が専らだったので、これまた久しぶりに見る氷帝のテニス部ジャージはつい口元が緩んでしまう。色味とかがとても侑士に似合っていて私はこの姿の侑士が好きで仕方ない。


「待ってるこの時間苦じゃないんだよね。寧ろ好きだったなぁって」
「えらい可愛いこと言うやん」
「やめて照れる。……そろそろ帰る??」



予習も終わった事だしと、広げたワークを机の中に仕舞う。
私の問いかけに侑士は少し上を向いて考える素振りをしてから、ラケットバッグを漁りだした。


「これ、ここで食べて行ってもかまへん?」
「良いけど……」


そう言って取り出したのは、私が朝イチに渡したチョコレート。こじんまりとしたサイズなので袋も小さくて、背も高くしっかりとした侑士の手に収まるアンバランスさが可愛らしく見えた。




私の前の席を借りて侑士がこちら向きに座る。
水色の箱を慎重に開けていくのになんだか緊張した。箱の上に装飾されているリボンを解いてから残念そうな顔をしている。なんで解いた。


「これリボンは意味ないんやな」
「うん、ただのデザインだよ」
「惜しいなぁ。しゅるっと解く瞬間とか、ええやん?」
「えーー、わかんない」


なんて冗談を言いながら上蓋をぱかりと持ち上げる。箱の中に収まる4つの小さな粒を見て、侑士は感嘆した。
うん、お店で見た時から思っていたけどやっぱり可愛い。私が感じたトキメキが侑士にも伝わってるといいな。


「目の前で開けられるのちょっと恥ずかしいかも」
「その反応込みでバレンタインや」
「普通逆じゃない? でも何でここで開けようと思ったの」
「学校で過ごす最初で最後のバレンタインやから、ちゃんと思い出作っておきたいなぁ思って」


頂きますと私に目をやってから、一つ、四角くて1番色が濃い、ピラミッド型のチョコを口元へと運んでいく。
腑に落ちた。去年の今頃は同級生としか知らない相手だったし、夏前に付き合い始めたのもあって、今回が初めて渡すチョコレートだ。


「来年は高等部の教室かな。続いてれば」
「うわ怖いこと言う。冗談でも言わんといて」
「ごめんごめん」


私の軽口に眉尻を下げて困った顔をする。試したわけではないけど、来年も一緒にいる景色を描いてくれているのだと知って嬉しくなった。侑士はまたひとつ、口に含む。
今度はマーブル模様のものだった。


「なんか味ついとる」
「あ、それキャラメル風味だって」
「詳しいなぁ」
「侑士のこと考えながら選んだからね」


食べやすいように、いっぱい色んな種類があるものでもなく、大きなチョコレートでもなく、小粒のチョコが4つ入ったもの。
ショップのお姉さんが「くどい甘さではない」って話してくれたのを聞いて購入したんだ。
詳しくなるに決まっている。


「今年ですらこんな嬉しいと来年も楽しみやわぁ」
「ハードルあげないでよ」
「その分来月も期待してくれてかまへんよ」
「あ、春休み入ってるよね」
「うん、空けといて」


やった。ホワイトデーのお誘いだ。
こうやってさり気なく誘ってくれる所とか慣れてるなぁって悔しくなる。同級生なのに、いつも一枚上手なんだから。
きっと趣味の恋愛小説とかの影響なんだろうけど。


「ん! ぶどう?」
「せいかーい」


気づいたら3つ目を口にしていた侑士が驚いた声を出す。
紫の薔薇が乗ったカラフルな一粒は、グレープ風味のチョコだ。薔薇って氷帝っぽいなと思ってこの種類にしたのも覚えている。


「ぶどうのチョコってあんまりないよね」
「初めてかも。新鮮やった」


最後に残っていたハート型のシンプルなチョコ。4粒の中では1番甘かったはずのそれが残るとは。しっかりとぶどうの味を堪能した侑士が、それに手を伸ばした。


「大丈夫?甘くない?」
「平気。かさねのあまーい愛情の味する」
「なにそれ」

すらすらと甘ったるい台詞を言う姿に、思わず笑いが漏れてしまった。
本音も入ってるかも知れないけど、そこまで来たらウケ取りに来てるでしょ。
そういうとこ関西人なんだから。


「ハート型しとるもんな」
「じやーそういう事にしておいてあげる」
「あー美味しかった。部活後に甘いもの沁みたわ」


空になった箱。綺麗に上蓋を閉じて、大事そうに袋ごと鞄へと仕舞った。持って帰るのか。
流石に教室のゴミ箱に捨てられても困るけど。


「ご馳走様、ありがとう」
「どういたしまして。来月楽しみにしてるよ」


どこ連れて行ってくれるんだろう。なんて事を考えていたら、座っていた侑士が腕を伸ばして私の肩をグッ、と前に引き寄せる。気を抜いていた私の体はいとも簡単に、当たり前に動いた。


「……たしかに甘さ、ちょうどいいね」
「せやろ」


肩を引き寄せた張本人は、そうやって小さく笑うと静かに浮かせていた腰を下ろした。
最後に甘いの残して味わわせるなんて、偶然にも程がある。中身知らないのにやってのけるんだから、やっぱり一枚上手だなぁと顔を赤らめるしかなかった。



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