先輩の為に、後輩の為に







「ねぇ赤也赤也赤也」



窓から茜色の空が見える。
学校が終わってから、今日は部活が休みだという赤也の家にお邪魔して数時間。一限の教師に言われたことを思い出した私は床でテニスの雑誌を見ている赤也の肩を叩いた。




「わっ、なんすかかさね先輩」




私は私で、赤也の本棚に入っていた漫画を拝借してベッドの上で読んでいたから、急に肩を叩かれた赤也の身体が跳ねるのが面白くてつい笑ってしまった。



「赤也って明日朝練あるんだよね。朝練の休憩中に私に電話することって出来たりしない?」
「多分出来ると思うっすけど……?」



お願いがあると手を合わせる私に、誌面から目を離した赤也がきょとんとした顔で見てくる。なんだか可愛い。



「明日の一限の授業ちゃんと出席しないと成績くれないって言われたの思い出して。でも赤也も知ってるでしょ、私の遅刻癖」
「遅刻癖っていうか寝坊癖の間違いじゃないっすか?」
「そうとも言う。けど赤也なら部活あるし、朝早いの慣れてるでしょ!つまり赤也に起こしてもらえれば私も遅刻はしない。どう、天才的?」



ブン太の真似をして言ったものの、似てないらしく微妙な顔をされる。私は仁王じゃないのでクオリティーは気にしない。
この授業の成績出ないと卒業に関わってくる。起きれない私が悪いけどそんなのはごめんだ。例え赤也と同学年になれてたとしても、もう一年同じことなんて繰り返してたまるか。



「先輩を助けると思って!赤也少年にしか頼めないんだよ」
「う、俺がかさね先輩の頼み断れないこと知っててやってないっすか」
「……起こしてくれないと嫌いになっちゃうな」




不貞腐れた振りをしてベッドに沈むと、赤也の匂いで胸がいっぱいになる。この言い方は少し分かりづらいか。なんだか不満気な赤也がやっぱり可愛いくて、どうしても揶揄ってしまいたくなる。



「その言い方、なんだか先輩、部長みたいで怖いっす」
「……嫌いになっちゃう」
「嫌いになるって、かさね先輩俺のことどうとも思ってなかったんじゃないっすか」




おや。と思った頃には遅くて、ベッドに寝そべっていた私は、気付けば覆いかぶさられるようにして赤也に抱きしめられていた。
うーんやりすぎた、いい加減私も素直にならないと。



「ごめん、赤也、分かりづらいね。私でもこの言い方どうかと思った。でもね、私赤也のこと何とも思ってないわけじゃないよ。」



空いている手で赤也の背中に手を回す。



「嫌いになっちゃうって、元々赤也のことを好いてないと言えないよ」
「え」




赤也に半年前の今日告白されて、返事をするのが恥ずかしかったり素直になれなかったりでずっと誤魔化してしまった。
よく半年も待ってくれたと思う。私だったら発狂しそう。



「どれだけ俺が待ったって思ってるんすか」
「うん、赤也に甘えすぎてた」
「ほんとっすよ。半年分の埋め合わせほしいっす」



少し泣きそうな顔の赤也が落ちてくる。
背に回したままの私の腕に、ふわふわな後ろ毛が触れて擽ったかった。
レモンの味ってこんなだったっけ。誰が言い始めたんだそんなこと。




「あー、ヤバイっす。まだ足りない」
「私そろそろ帰らないと夕飯……」
「酷なこと言うっすね」



私の上から退いた赤也が手を差し出して起こしてくれる。ラケットを握るためにある、大きな手に私の手はすっぽりと隠れてしまった。



「半年分って言ったじゃないすか。ちゃーんと起こしてあげるんで、泊まってってください。後輩のお願いっす」




試合中の赤也は、悪魔と呼ばれることがあることを思いだした。不敵な笑みでそう言われてしまっては、私も敵わない。




「先輩顔真っ赤っすよ」
「赤也に言われたくないんだけどな」
「めちゃくちゃ恥ずかしいっす」
「うは、自分で言っておいて」









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