分解できないいくつかの音







『明日は、通勤通学の時間から大雨となるでしょう』

天気予報士さんのそんなお告げを聞いた日はすぐ寝る。マイルールの1つである。翌日の朝に雨が降る日はいつもより早起きして、何本か早いバスで通学する為だ。通常通りに登校するとただでさえ人の多いバス車内に、濡れた傘というオプションが追加されて、どうしても朝から不快な思いになってしまう。バスの時間を早めれば、それを少しは回避出来るからだ。


そんなこんなで、いつもより違った空気感に包まれながらベッドから抜け出して朝食やら登校の準備をする。テレビのコーナーが時間帯によって違うから、久しぶりに別パターンの占いが見れて新鮮だった。念の為替えの靴下を鞄に忍ばせて、家族に行ってきますの挨拶をする。
まだ雨は降っていないけど、空は分厚めの黒い布団が敷かれていた。登校は傘の出番無いといいなぁ。
いつも座る席は既に埋まっていたので正反対の席に腰を下ろしてバスに揺られる。早起きのせいか欠伸が出てしまって目を閉じた。



『氷帝学園前』のアナウンスにハッとしてブザーを鳴らす。時間帯の影響か、車内には他の氷帝生はいなかったので降りたのは私だけだった。下駄箱で靴を履き替えて目指すは職員室。普段なら寄らないけど絶対教室空いてないでしょ、そう思っていたのに、どうやらもう教室の鍵は空いているらしい。
別学年の先生にそう言われたので誰が来ているのかは聞けなかった。運動部とかかなぁ。朝練前に荷物置きにきたのかな、なんて考えながら教室に向かうも、部屋の電気がついていなくて、薄暗かったので扉をスライドさせるのに少し勇気が必要だった。


「あ、れ」
「 露草さん」


教室に居たのはテニス部の忍足くんだった。窓枠に腕を乗せたまま、上半身だけでこちらを見ている。恐らく窓の外を見ていて、扉が開いた音に振り返ったのだろう。


「やっぱ運動部か。朝練?」
「そのつもりやってんけどな」
「どしたの」
「朝練の日にち1日間違うててん」
「あーーー、どんまい」


ちゃんとしてるように見えるけど、たまぁに忍足くんもヘマこく時があるよなぁ。人間だししょうがないしょうがない。会話を一旦締めて、鞄を机の横に掛けに行く。


「露草さんは。こんな早くにどないしてん」
「このあと雨予報でしょ? 私、朝から濡れるの嫌いでさ」
「ほんなら俺もそういう事にしとくわ。雨回避」


それにしても、朝なのに空が黒いせいで、電気のついていない教室は放課後のような空気をしている。


「……電気、つけないの」
「雰囲気あってええやん?嫌ならつけよか」


確かに、さっきとは体勢を変えて窓にもたれかかっている忍足くんと、この薄暗さは何だか様になっている。


「んーーまだ良いかな。ね、隣行ってもい?」


私は私で、自分の机に少しだけ体重を預けて立って話していた。忍足くんとは実は2年連続同じクラスだから、そこそこ話す方である。もっと知れるチャンスだと思った。


「ん」と小さな許可を貰えたので、私も真似するように窓に背を預けて、今日の時間割について喋ったりする。


「露草さん、1個聞いてええ?」
「なあに?」


忍足くんの上半身がまた動いて、横並びに立っていた私の顔を覗き込む。忍足くんがかけている丸眼鏡にはうっすらと私のシルエットが映っていた。


「こんなん自分で言うのもアレなんやけど」
「うん?」
「露草さん、俺の事気になったりしとる?」


青天の霹靂だった。
実際窓の奥では雷鳴が響いている。きっと隣町あたりだろう。予報は的中していていつ雨が降ってもおかしくなかった。


「あの、えっと」
「去年の三学期ぐらいから露草さん、沢山話しかけてくれるやんか」


私の顔を覗き込んでいる忍足くんにはきっと私の顔が赤い事がバレているに違いない。
目も合わせられず、上手い返事どころか相槌すらもろくに出来ていない私なんてお構い無しに忍足くんは続ける。


「せやから俺も露草さんの事ずっと気になっててん」
「、うそ」


思いもよらなかった言葉に乾ききっていた喉から絞り出すようにして声が出た。その間も忍足くんは掠れ気味のいい声を止めないでいる。


「で、どうなん」
「……その通りです」


そんなつもり無かったのに。ただちょっと、2人きりなのをいいことに忍足くんと会話したかっただけなのに。
ありえない展開に、降参するかのように私は答えた。


「ほんま?良かった。嬉しい」
「忍足くん、それを聞いてどうしたいのさ」
「そんなん勿論、俺と付き合うて下さい」


遠かったはずの雷鳴が近づいている。
まるで私の返事を急かしているようだった。


「こんな始まり方って、ある?」
「ある意味素敵やない?朝に雨が降る度思い出すで」


横並びだったはずの忍足くんが、ゆっくりと私の前に移動してきて向かいあった。最初は窓枠に置かれていたすらっとした両腕が忍足くんの肩幅を超えて扇状に広がっていく。
これは、そういう事だろう。もう笑うしかない。意を決して扇の中に飛び込んだ。


「改めて、よろしゅう」
「ちょっと強引だけどね」
「あれや、ほら、終わりよければすべてよし」
「なんか雑ー!」


暗い教室には、窓の外に共鳴するかのように、2人分の笑い声が木霊していた。




𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
Title by : Garnet



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