落書き一つ、無い机









次の集まりは一週間後を予定しています、忘れないで下さい。という声に適当に、はーいと間延びした返事をする。急ぎの用事でもあるのか、速攻で鞄を持って教室を出る生徒や、机に集まって仲良しの子と放課後の予定を立てている生徒をぼんやり眺めながら、落書きや傷一つない、奇麗な机の上に散らばった開きっぱなしのノートとボールペンを仕舞っていく。この席の本来の持ち主らしさが出ていて、小さく笑みがこぼれた。


余談だが私の机には友達が描いた小さな猫の落書きがある。可愛くてお気に入りなのでテストまでそのままのしておくつもり。
さて如何したものか。別に部活出ても良いんだけど。出ても一時間もしないうちに部活終わるんだよな。黒板上に君臨している時計を見ていた私は、すぐそばに人の気配があることに何も気づかないでいた。


「かさね、来ていたんだな」
「うわびっくりした。そうそう。ジャン負けしちゃってさぁ」


視線を時計から声の方に移すと、ひよが不思議そうに私を見る。少し髪が湿っている気がするのは汗だろうか。もちろん私はこの教室がひよの教室なのは把握済であるし、だからこそこの席を拝借している。


「ひよこそどうしたの。忘れ物?」
「あぁ、机。見るから悪い」
「ん」


椅子を後ろに引いて机の中を見やすくしてあげる。私と机の間に半身を滑らせ中を漁るひよの後ろ髪がぼさついてるのが気になった。さては汗をタオルで拭いた時雑にやったな? 折角綺麗な髪質してるのに、勿体ない。


「あった。もう平気だ」
「ひよ、ちょっとだけ時間いい?」
「5分もしないなら。部活まだある」


 先ほどまで私が座っていた椅子にひよを座らせて、鞄から櫛を取りだす。
どうせまた部活で乱れるのはわかっていてもなんだか放っておけなかった。


「気になっちゃって。髪、触るよ」
「……っ」


 ひよが息を飲んだような気がした。今更だけど拭いているとはいえ汗かいた髪他人に触られるのって嫌かもしれない。言い出しっぺだしそこは気にしないけど、なんかごめん。
 なるべく肌や頭には触れてしまわないように、優しく一束一束を持ち上げて梳いていく。やっぱり髪質良いな。ぼさついていても下手に絡まらないのですぐに直し終わった。



「おっけー。時間取らせてごめんね」
「満足、したか」
「うん。更にかっこよくなった!」
「……そういったお世辞はいらない」
 


部活頑張って、と教室から出て行くひよを見送る。私はもう部活でなくていいや。帰ろうと荷物をとりに席まで戻ると、私の荷物が片づけられて、元の綺麗な姿を現した机上が目に留まった。



「別にお世辞じゃないんだけどなぁ……」


 ぴっかぴかの机。ちょっとだけいたずら心が芽生えてしまって、片づけたばかりのペンケースからシャーペンを一本取りだしてノックした。





翌日、登校した私を待ち伏せしていたひよが、耳を赤くしながら「俺もだ」とやけくそになりながら伝えてきた姿が愛おしくてたまらなかったのはまた別の話である。消さなきゃいけない気持ちと、恥ずかしい気持ちと、消したくない気持ちに葛藤しながら消しゴムを握るひよも、これまた別の話である。







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