責任の取れないお年頃







最低でもあと4年、はやくその日が来て欲しい。私がそんなことを思いはじめたのはついさっきの出来事。事の発端でいうなれば、ちょうど1週間前へと遡る。


次の休み、丁度半年記念だねって話をした。日吉君もそれには気づいていたみたいで、誘おうとしていたって言ってくれた。それがすごく嬉しくて、当日まで私は毎日毎日カウントダウンをするし、少しくらい嫌なことがあっても、まぁデートあるしなってすぐに立ち直れるくらいふわふわと浮足立っていた。


 そんなこんなで迎えたデート当日。
調べに調べぬいたデートコーデ。ホワイトのフレアワンピ。グレーみがかった水色のVネックカーデで締める。足が疲れないように、それでいてちょっとだけ日吉君に近づきたくて、ローヒールのショートブーツを履いた。普段学校ではできないから、する機会もあまりなくて不慣れながらに挑んだメイク。家の人に見てもらって、アイシャドウにうっすらチークと、あとはリップ。ほのかにバラみたいな香りがして、それだけでも気分が上がった。


 丁度、日吉君が好きな小説が映画上映されているらしく、主演も私の好きな俳優さんだったからそれを見ることにしていた。映画館がある大きな駅で待ち合わせをして、恥ずかしそうに手を差し出してきた日吉君に、そろそろ慣れてよって笑いながらその手を取った。
学生の味方なイタリアンでパスタを食べながら、映画について話し合う。ちょっとだけ原作と違う展開の所に、不満がありそうな顔をしつつも総合的には良かったと評価していて、小説を読んでいなかった私はその言葉に関心を抱いた。ストーリーの一要素として、一瞬だけ恋愛シーンが出てきたときは、どうしてもドキドキしてしまって、サイドヘアーが陰になってくれているのを言い訳に日吉君の顔を盗み見たのは内緒だ。
勝手に自分たちと重ねて、それまでは気にしていなかったのに、今日日吉君に会ってからはじめて、特別な日であることを意識してしまった。そんなことを考えているなんてきっと日吉君は思ってないだろう。映画にかなり集中していたし。今度原作を貸してくれるとのことなので、映画の重要箇所は忘れないようにしておかないと。



日吉君にどこか見たい店は無いのかと聞かれて、いつも友達と遊んだ時に覗く雑貨屋に付き合ってもらう。そんなこんなで、今度は日吉君が行きたいところいくよ! と提案すると、駅から離れてしまうけどいいかと聞かれた。もちろん了承して、今度は自然に差し出された手を取った。どうやら駅の裏側に小川があるらしく、丁寧に手入れされているのだとか。


途中、カフェスタンドに立ち寄って、ホットドリンクを注文すると、日吉君がご馳走してくれる。何回か来ているお気に入りの店らしい。
日吉君はほうじ茶ラテ、私はピーチミルクティーを片手に持って温まりながら遊歩する。せせらぎが程よいBGMとなって、小さな幸せを感じた。少ししてから、白を基調とした、アンティークなパーゴラベンチが姿を現す。2人並んで座って、休憩をすることにした。


途中までは人通りがあったこの道も、結構奥まで歩いて来た所為か、私たちの気配しか感じなくなっていた。隣に座る日吉君がカップを傾けながら飲む姿を見て、ほうじ茶ってそういえばのんだことないかもと呟く。大した意図は無かったのに、日吉君が「飲む?」って聞いてくるから、私はうまく返事をすることができなかった。


「え、いや、だってそれ」


潤っているはずの喉があっという間に乾いて、なんとか捻り出した声はびっくりするくらい小さかったのに日吉君は聞き取ってくれて、小さく笑う。


「もう気にするような間柄でもないだろ」
「そうなんだけど……」


スムーズに動いた日吉君の手が私にカップを差し出したのを、覚悟して受け取る。駅で会ったときの日吉君ばりに今度は私がぎこちなくなってしまった。


「ミルクティーっぽさも程よくあるから、多分飲めるだろ」



味の想像がつかなかったのでそのコメントは助かる。そういえば私が飲んでるのミルクティーだった。えぇい意識するな意識するな。
香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。甘さはありつつも私が飲んでいるミルクティーよりはさっぱりしていて飲みやすかった。程よい渋みが大人っぽい味で、飲みなれている様子の日吉君を思い出して胸が高鳴った。それにしても。



「……ねぇそんなに見ないで」
「悪い」


私が日吉君のほうじラテを飲んでいる間ずっと見つめられていて、本当に気まずかった。せっかく気にしないようにしていたのに。


「意識した」
「うん、した」
「もっと、意識していい」


日吉君は私に向けていた視線を前にずらしたかと思えば一息ついてから立ち上がった。どうしたんだろう。不思議に思って高くなってしまった彼の後頭部を見上げる。変わらずその目は前を向いていて、表情が読めない。


「もっと?」
「そう」


サラサラの髪を揺らしながらゆっくりとこちらを振り返って、再び日吉君と視線が絡んだ。
テニスコートの上でしか見たことのなかった真剣な目線に再び私は動けなくなってしまう。

「かさね」
「なぁに?」
「責任は、取る」
「何年かかると思ってるの」


見上げたまま笑う角度のついた頬に、温かい手が添えられて、私の顔に影が落ちた。


最低でも4年、長くてもっと。 早くその日が、来て欲しい。



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