気づけば、そこに居た。


「貴女は......鬼ですね」
「に、んげん」



敷き詰められた石の上で仰向けに倒れていた私を、おかっぱより少し長い髪をした男が覗き込む様にして見ている。夜だからか肌に触れている石が冷えていてひんやりと伝わった。
どこか、心地よい声をしていた。


見た目だけなら普通に人間だと思われる格好をしているのに、どうしてこの人は直ぐに私を鬼だと認識したのだろう。



「どこ、此処」
「何故この場所いるのかわからないのですか?」
「寝てたことしか覚えてない......」



人間、こんな近くで見たのは何年振りかなぁ。あまり年月のことは考えずに生きているから直ぐには出てこないや。


普段は遠くから眺めたりするだけだし、基本関わる必要は無いから避けていた。人間のことは好きだから、喋りたいと思っていたし、今こうして話せているのが嬉しい。



「ところで、貴女は鬼であるのに人間の私を前にして襲いかかっては来ないのですね」
「私、1回も人間食べたことないよ」
「......! それは、本当ですか」



本当だ。鬼として、意識が出来たその日から1度たりとも私は人間を食べようと思ったことや、食べたいという衝動に苛まれたことがない。
あるとすれば──



「血液を舐める、位」
「なんと......」



血液を舐めれば普段よりも力は出せるし、眠る時間も少なくなる。舐めたとしてもそこから暴走することはない。


一度、山に入った子どもが迷子になって怪我をしていたのを助けた時、流れる血を舐めて止血をしたが私に何の変化も起きなかった。
すっごく美味しかったなぁという気持ちだけで、その後もきちんと薬草を塗って人里に繋がる道まで送り届けた。あの子は元気にしているだろうか。



「私、人間大好きなんだ。だからほかの鬼が食べてたりすると何でそんなことするんだろうっていつも思ってて」
「どうやら貴女は他の鬼とは違うようですね。私自身も、そう感じます」



男の手が頬に触れる。心地よい声と、温かい体温にうっとりと、瞼が閉じてしまいそう。昼間からたくさん寝ていたし、今は夜だから眠くないはずなのに。不思議だ。


少し考えるようにしたその人が、一つ息を吐いて何か確信したのだろうか。私の目をまっすぐと射抜く様に声を発した。



「私の......人間の、為になることをしませんか」







この人が、裏でどんな思いを抱えながら私に手を差し伸べたのかはわからない。騙してるのかもしれないし、本当に私を必要としていたのかもしれない。
ただその優しい声をもっと聞きたかった。色んな話をしたいと、そう思った。
何も考えず、出されるがまま手を掴んだ。



「ありがとう。私は産屋敷耀哉と言います」
「......かさね。よろしく、耀哉」







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