※現在の仁王のテニス歴捏造してます


広いフロアに流れる流行りの音楽。
それをかき消すようにボールが投げられる音、ボールがレーンを転がる音、そして、ピンが倒れていく軽快な音が心地よく響く。

倒れた本数を目で確認して、頭上のモニターに表示される点数にガッツポーズをした。


「やった。仁王の点数超した」
「どうせ次で抜かしちゃる」


話は昨日の夜へと遡る。
仁王と一緒に出かける日程を決めたは良いものの、それ以降のスケジュールを組めてはいなかった。流石に前日になっても決まって居ないのはまずいとトークアプリで連絡を取った。


『明日なんだけど、横浜あたりでご飯行こうかなって思ってるのね』
『仁王って何が好き??』


丁度この時間はバイトも終わって駅に向かってる時間帯だろうから、送って数秒後に既読がついた。ちなみに私は用事があった為休みである。


『焼肉』
『いいね! 最近行ってないや』
『露草は何か無いんか』


お礼だって言ってるのに。わざわざ私のことも気にかけてくれるなんて良い奴だ。
特段と買いに行きたいものも今は無いし、何かあったかなぁと一通り考えてからスマホのキーボードを叩いた。


『焼肉食べる前に体動かしたい』
『例えば』
『ボウリングとか?』
『採用』


そんなこんなで今。
6本だけ倒れたピンを見送って仁王がこちらに帰って来る。ベンチに座ってペットボトルの水を飲んでから、そういえばと口を開いた。


「なんでボウリングなんじゃ。得意なのかと思ったら別にそうでもなかろ」
「深い意味はないけど……。お店の近くにもあるし道具とか要らないし手軽だよなって」


早く投げろと言わんばかりに、視界の端でモニターが私の名前を点滅させている。
ちょっとくらい待ってよ。いま仁王と話してるんだから。


「運動するならテニスかと思った」
「やだよめちゃくちゃ強いじゃん仁王! 私が不利」
「教えちゃるよ」
「ほんと?じゃあ次回ね」



残りの回数もこなして、結局勝負は僅差で仁王が勝って終わった。
お互いに、特段ボーリングが得意って訳でも無かったのでこんなものだろう。

残り僅かの水を飲み干してから身体を軽く解す。ほどよく丁度いい運動だった。
シューズを返しに行ってくれた仁王が、自分と私。2つのスニーカーを持って戻ってきたのでお礼を言って受け取る。なんか恥ずかしいかも。私も行けばよかったな。


「靴小さいの」
「そりゃあ仁王のと比べたら小さいでしょうよ。普通だよ普通」
「そーかそーか。ま、焼肉行くかの」
「わぁいお肉」




耳に入るのはボウリングの音と流行りの音楽から一転して、肉が焼き上がる音とオシャレでシックな店内BGM。
予約していた私の名前を告げて、案内された部屋に備えてあるクローゼットに互いの荷物を入れて席に着いた。



「めっちゃお洒落。お洒落すぎて怖い。何じゃ。高いとこ?」
「そんなことないって」


以前から気になっていたお店だったのでここぞとばかりに予約させてもらった。
確かに完全個室なので畏まってしまうのはわかる。
そうこうしているうちに、頼んだ烏龍茶が来て乾杯をした。どっちも未成年なのでお酒は飲みません。



とりあえずタン塩から焼いて、ちょうどいい頃合いを見て名物のユッケ丼を食べる。
黄金に輝く黄身を目の前にして仁王の瞳もいつもよりキラキラと輝いてる気がした。



「こんなんやばい。テニス部んときも焼肉よぉ行っとったけど段違いじゃ」
「部活後行くよねぇ。もたないもん」
「露草も運動部だったんか」
「そ!」



仁王ほどでもないけどね。と心の中で付け足してから、そういえばと以前言われた一言が脳裏をよぎる。



「ね! 前に名前調べたら出るって言ってたじゃん。まじで凄い人だったね君!?」
「なんじゃ急に。新鮮じゃのその反応」



中学どころか日本の代表様であった。
大学でもたまーーにテニスやるためにサークル入ってるとは聞いてたけど、あんまりもうやってないのちょっと惜しいな。



「テニス詳しくはないからよく分かんなかったけど、凄いのはめちゃくちゃ伝わったわ」
「そんな褒められると照れる」
「本当に次回テニスやろ。てか私が見たいから」
「はいはい、次な」



こんだけスタイルよくて実力もある人間のテニス、絶対カッコイイじゃん。

それからデザートまでしっかり堪能して、予定通り私が支払いをして、2人でゆっくり駅まで歩く。
休日とはいえ、隠れ家らしい立地にあったお店だから、人通りはまばらだった。



「ご馳走さん。約束じゃったとはいえ、なんか悪かったの」
「いーの!気にしないで!
本当にあの日生きた心地しなかったんだもん。仁王はヒーローだよ」
「そんな大袈裟な」
「いえいえ、今後とも宜しくお願いします」



両手を擦り合わせて拝んでいると、謎にツボったのか仁王の笑い声が道に響いた。以外と笑い声高めで驚く。
日が沈んで少しは涼しくなったものの、梅雨の合間の晴れ日でもじっとりと空気が暑い。
羽織っていた薄手の上着が、私の足取りに合わせて翻って、なんとも言えない距離感で隣を歩く仁王の脚に当たらないかとヒヤヒヤする。




駅前ロータリーが見えてきた。もう先程とは違い、電車の音や人々の行き交う音で溢れる。エスカレーターを降りて改札へ向かえば、人口密度が外よりも増えたせいか、更に蒸し暑く感じた。



「カフェの営業期間もさぁ、あと半分じゃん」
「あーー、のこり2ヶ月か」
「最初は4ヶ月もやるのかって思ったけど楽しすぎて今は寂しさすらある」



人混みの中、仁王が先導して改札を抜ける。
その後に続いて私もパスケースを翳した。
給料面とオシャレさに惹かれて受けたとはいえ、思った以上に職場環境が良すぎた。
上司も同期も好きな人達が多くて、2ヶ月あるとはいえ今から終わりを想像してしまう。


ホームに繋がる階段を登ると、丁度よく【電車かきます】の文字が電子案内板に表示されていた。ラッキー。
オレンジと緑のラインが、風を伴って滑り込む様はスライディングのようだった。その音で消されてしまったけど、横でなにか聞こえた気がする。



「ごめん、もっかい言って」
「……寂しいの、わかる」
「あ、仁王も!?特にどのへんが?」
「いい出会いが多いことかの」
「ジュンさんとか仲良いもんね」



たまーに私らの仲を弄ってくるけど、基本的には仁王とワチャワチャしてる。多分仁王が1番仲良いのはあのひとだ。



「それもあるけど」



乗車目標のマークに、ピッタリと車両が合わさっていく。独特な電子音と共に閉ざされていた扉が左右に開いた。



「露草に会えたんが、一番大きい」



ぞろぞろと。開いた扉から人々が吐き出されて、我先にと階段を降りていくのを横目で捉えながら、私はただその声を聞いていた。



- 声を聞く