普段の平日営業なら、うちのカフェは予約なしで入店できるのだけれど、そうはいかないのが土日祝日である。
それなりの流行は押さえたお洒落な内観だし、運営元がお店のSNSや広告にも力を入れている。客層もハッシュタグを駆使する若い子がメインターゲットだし、期間限定で出店しているのもあって、混雑回避の意味も込めて土日祝日は最初から予約者限定営業だ。

そうなると避けられないのが『予約制を知らずに来店してしまった方への対応』である。
もちろん研修のときに文言は習ったし、都内や近郊地域のカフェで予約制のカフェなんてうち以外にも沢山あるから、説明してしまえば諦めてくれる人が多いのはわかっている。
わかっているのだけど、今回ばかりはタイミングが悪かった。


「一昨日通りかかった時は予約者の確認なんてしていなかったじゃない。気になったから折角の休みにあわせて来ようと思ったのよ」
「申し訳ございません、土日祝日に関しましては御予約のお客様限定の案内とさせて頂いておりまして……」
「どこに書いてあるのそんなこと」
「お店のホームページと、店頭にある営業時間の枠横にございまして」
「もっと大きくするべきじゃない?」


それに関しては同意せざるを得ない。今まで気にしたことなかったけれど、実際こんなクレーム起きてしまっているし。
研修で習った申し訳なさそうな顔もできているとは思う、でもやっぱり納得はしてくれないらしく、時間がかかりそうだった。
納得頂くのに時間がかかる分にはいいのだけど、これでも私、いま休憩中なのである。

社員さんから休憩行っておいで、と言われタイムカードを切ってエプロンと、髪を結んでいたゴムを外して、スマホと財布だけを持ってテナント従業員が全員使える休憩室に向かうはずだった。
休憩室に向かうにはお客様も使う店の入り口から出ないといけなくて、休憩室自体に入るにも従業員だということがかわかる格好をしないといけないので、エプロンこそ外しているけど制服姿だし、首には名札がぶら下がっている。見たことがある人からすれば、普通にこのカフェの従業員だということがわかる。
だからこそ、私は捕まってしまっているのだけど……。


急に話しかけられ、「今はいれないの?」という一言に、いつもどおりの対応をしてすぐに納得してくれるだろうと踏んだのが悪かった。そもそも従業員とわかられている手前無視も
できなかったし、ここまで長引くとも思っていなかったから、代わりの対応者を呼ぶ頭もなかった。今更呼んだところで、不満を抱えているお客様に対して失礼になってしまいそうで、憚られた。


「どうしても今日はだめなの?」
「生憎本日はキャンセル枠も出ておらず……。キャンセルがあればご案内できるのですが」


誰か来てくれないかなぁ……。今私が捕まっている場所は店頭横とはいえ、中のスタッフからはあまり見えづらい所だろう。そもそも仕事してる時外の様子なんて気にしたことない。お客様のご案内ぐらいだ。
それこそあと20分もすれば、次の枠で入店するお客様の案内で他のスタッフが店頭に出てくるけれど、流石に長すぎる。
多分捕まってから10分は過ぎてるはず。さよなら私の休憩時間。


「お話中失礼致します、何かございましたでしょうか」


どうしようかと思っていたところに、全く気配もせずに現れた銀色。心臓が出そうになるくらい驚いた。さり気なく肩を寄せられ、お客様との距離を開けられている。


「にお、」
「申し訳ございません、彼女には別の仕事を頼んでおりまして。代わりに私がお伺いしてもよろしいでしょうか」
「あなたも店員さん? じゃああなたでいいわ」


私に口を開かせるつもりは無いのか、仁王はすかさずお客様と会話をしようとする。さっきまでこの方の空気だったのが一瞬で仁王の空気に変わるのがわかった。


背中に当てられた手が優しくトントン、と跳ねる。きっと「休憩行ってきんしゃい」って言われてるに違いない。その力の優しさと、気づいてくれたことに、感情がぐちゃぐちゃで泣きそうになった。

「申し訳ございません、失礼致します」と深く頭を下げて、やっと私の休憩時間は訪れた。




・ 



しっかりと後半の仕事に向けて休憩を取り、戻らなくてはいけない時間の5分前には休憩室を出た。
先程の件がすこしまだ引っかかっているので、お店の入り口付近ではコソコソとした動きになってしまったけれど許してほしい。
そういえば仁王、あの後どうしたんだろう。事務所に入って、中で作業をしていた社員さんに「戻りました」と声をかけた。


「あ、露草さん! 仁王くんから話聞いたよ。ごめんね気づけなくて」
「そんな! 私の方こそすみませんでした」
「露草さんの対応方法が一段と悪いとかでもなかったし、ちゃんと営業形態わかりやすくするよう上にも報告入れるから安心して。
それより休憩なのにつかまってたんでしょ。もう10分くらい休んでから出てくれて構わないから、そこの椅子座ってな」


掃除用具横の隙間にた立てかけてある、折りたたみ式の椅子を指差して、社員さんはキッチンへと消えていった。あの椅子折りたたみのくせして高めに作られてるんだよね。私の背だとギリギリ足が浮いてしまうんだよな、なんて思いつつも、メンタル的にも少しやられていたのでお言葉に甘えることにした。ついでだから賄いのドリンク頼んじゃお。

従業員用のオーダー機からピーチスカッシュの注文を流して決済もする。100円でお洒落で可愛いカフェドリンク飲めるなんてそうそうない。私のドリンクは1分もしないうちに厨房から現れる。運んできたのは仁王だった。



「気分転換?」
「うん、さっきはありがとうね」
「ん、15卓の食器下げるとき一瞬だけ見えての」

これから休憩に入るらしい仁王が帽子を外しながら言う。15卓、確かに一瞬だけ外に面してるところを通るから見ようと思えば見えるな……。と納得しながらストローを吸った。
喉奥に炭酸が弾けて気持ち良い。しゅわしゅわがモヤモヤを洗い流してくれる気がした。


「声かけてくれたとき、まじでヒーローかと思った」
「困っとる露草見たら助けるに決まっとるじゃろ」
「あの人どう対応したの」
「来週末分の予約最優先でお取りした。あとデザートのパンケーキ無料券。
今回が特別対応なのは向こうも了承してくれとるし、無料券は社員に予約入れるとき報告したらこういうんがあるから渡して言われただけじゃけど」


あぁ良かった。仁王と社員さんが機転を利かせてくれたおかげで穏便に済んだみたい。残っていたドリンクを一気に飲み干して気合を入れる。残り3時間頑張らないと。
炭酸に刺激された喉がすこしだけひりついて顔をしかめていると仁王に笑われた。


「もー、早く休憩いってきなよ」
「言われんでもわかっちょる」


仁王がエプロンを外すのとは反対に、私は紐を結んで帽子を被る。そろそろ次のお客様が入店される時間なので、外には何組か待っていた。
女性客も多いため、スタイルが良い仁王を見ている人もいる。わかる、あんなに整った人いたら見ちゃうよね。
二人して一緒にフロアに出てお店の出入り口へと向かう背中に声をかけた。


「仁王」
「何じゃ」
「今度お礼する」
「……ん。楽しみにしちょる」



- ヒーローかと思った